映画感想「BLACK BOX DIARIES」(伊藤詩織監督)
バレエの話しかしないこのnoteでは珍しく、バレエ以外の話となります。


ジャーナリストの伊藤詩織さんが監督を務められた「BLACK BOX DIARIES」を見にT・ジョイPRINCE品川に行きました。映画を見た後にパンフレットも購入しましたが、内容がかなり濃く、文字が多く読み応えがありました。
アカデミー賞にノミネートされて日本の遅れた司法制度や性犯罪への対応が話題になったのに、1番公開されるべき日本では公開が非常に遅れた作品です。
公開に時間がかかった理由としては、ホテルの防犯カメラの映像が「裁判以外で使わない」と約束したのに使用された、捜査官や証言者であるタクシー運転手らの映像や音声が無断で使われたなど、あらゆる点が指摘されています。 この辺のプライバシーや権利については私は詳しくないので何も言えませんが、ホテルの防犯カメラの映像の使用が問題になった点は正直にいうと疑問を感じます。
酔っ払って足元がおぼつかない伊藤さんが、引きずられるように山口氏にホテルに連れ込まれている映像を見て衝撃を受けました。それと同時に性犯罪を証明するにあたり、被害者の味方になる映像と感じました。
これは私の考えではありますが、ホテルの防犯カメラの映像というものは普段一般に公開するものではありませんが、とは言えホテルはある意味パブリックな公共性のある場所だとも考えています。性被害が生じたとされる状況で、被害者に対して防犯カメラの映像という揺るぎない証拠の使用範囲を定めるというのは公共性の観点から考えると、なぜ問題になったのか理解に苦しみます。
今回の騒動を経て、事件の場所となったシェラトン都ホテルに対して私が思ったのは「このホテルは仮にもし自分が事件の被害者になったとしたら、味方になってくれなそう。カメラ映像をもらうのにも時間や費用がかかりそう。安全のために何かあったときにきちんと対応してくれる別のホテルに今後は泊まろう」と思ったことです。
私の考えですが、都ホテルがすべきは伊藤さんの映像差し止めよりも、都ホテルで不法行為を起こした山口敬之氏に「ホテルの品位を汚した」とかいう理由で賠償請求をする方が先ではないかと思います。映像については「どうぞ使用してください」というスタンスだった方が「都ホテルは安全です!何かあっても万全の体制でサポートします!警備強化します!」という主張にもなって、宿泊客も増えると思うんですが・・・。
施設側には事情もあるのでしょうが、映像の差し止めよりも、まずは被害に遭った方への配慮や、二度とこうした事態を招かない姿勢を明確にしてほしかったですし、それが結果として、ホテルの信頼回復に繋がるのではないかと思うのです。
さて映画の感想ですが、だいぶ前にBBCが制作した「Japan's Secret Shame」という伊藤さんのドキュメンタリーを見たことがあり、映画を見るまでは「BLACK BOX DIARIES」はそれの長編版かと思っていました。
しかしBBCの番組があくまでもジャーナリズムとして日本の乏しい性犯罪への対応や伊藤さんが警察で受けた「状況を再現させられる」取り調べ内容などが淡々と述べられていたのに対し、BLACK BOX DIARIESは1人の人間としての伊藤さんが一生懸命生きようとする様子を描いたものでした。
構成もだいぶ違い、BBCの番組にはニューヨークタイムスの記者も出演しており公共放送で流されるために俯瞰した視点を持つ構成でしたが、BLACK BOX DIARIESは伊藤さん自身が回したカメラや伊藤さんを写した映像を中心に彼女を1人の血の通った普通の人間として写し、最後に民事裁判で勝訴するまでの日々が綴られていました。
当時20代の伊藤さんが辛すぎて精神的に半分崩壊しつつも日本の司法制度に立ち向かっていった様子が分かり胸が押しつぶされそうでした。特に警察に事情を説明し物証があっても認められない時の電話音声などを聞くと、どれだけ不安だっただろうか、どれだけ苦しかっただろうかということをリアルに感じました。
伊藤さんは実名告発した時に大バッシングを受けましたが、他にも裁判所の前でも心無い罵倒を受けたり、盗聴器を発見したりなど、1人の女性が背負うにはあまりにも重すぎるものを感じました。 美しくて自分の力で立っているように見える伊藤さんですが、その裏では涙し、自殺未遂もするなど、その苦しみ計り知れません。巨大な権力に対峙しながらも必死に立ち向かっていく伊藤さんの姿は凛々しく見えます。
この事件の流れや映画公開までの過程をなんとなく把握している私としては現在の日本の制度に腹が立つことは多いですが、同時に救われた部分も感じました。
その最たるものが日本の警察、特に所轄の捜査官の一生懸命さや誠実さを感じたことです。警察本部は体制的な問題があるのかもしれませんが、所轄の捜査官が一生懸命捜査し、真実の解明に向き合っている音声を聞いていると、日本の安全はこのような人たちによって守られていると感じました。
他にも伊藤さんの周りでサポートをしている方々、タクシーの運転手さんや、ホテルのドアマンの方など、誠実で優しい一般市民の存在を感じられた点も良かったです。 映画自体はそんなに長くないのですが、伊藤さんが最後に民事裁判で勝訴した後の会話で「25歳だったのに30歳超えちゃったよ」と言う会話が流れます。映像に出てこない長い年月の日々にどれだけの苦しみがあったのか考えると、頭が下がります。
そして最後には民事裁判で判決が出た後の、山口敬之氏の記者会見に伊藤さんも参加していたことに驚きました。フラッシュバックを乗り越えたとはいえ絶対に辛いはずなのに、正義のために行動されたのかと思います。 山口氏は「私は犯罪を犯していない」と何度も言っていましたが、「性行為をしていない」とは少なくとも今回上演された映像で言っていませんでした。
彼が伊藤さんに同意なき性行為をしたことは民事裁判で認められましたが、残念ながら現在の日本の法律では刑事裁判というものは証拠ベースで動くことになるため、そこに同意があったかどうかという部分は非常にグレーな扱いになってしまうことが、1人の日本人として悔しいです。これがスウェーデンの性交同意法の概念が日本に存在したらまずこんな結果にはならなかっただろうと思うとさらに悔しいです。

この映画は伊藤詩織さんが監督ですが、プロデューサーはエリック・ニアリというアメリカ人男性とハナ・アクヴァリンというスウェーデン人女性です。私が行った回はその3人によるトークショーがあったのですが、これは外国人の彼らだからこそ一緒にプロデュースできた映画だと感じました。
実は伊藤さんに影響を受け、2020年にスウェーデン大使館で行われた「Yes means yes-スウェーデンの性交同意法が強制性交の定義を変えるのか」というイベントに参加したことがあります。その際にスウェーデンでは性行為に対しては「Yes」が必要で、Yes以外は同意とみなされず、No(不同意)とされるということを学びました。
性交同意法の凄いなと思ったところが、「Yesの同意を確認しない性行為はレイプ」とした部分です。よく加害者が言う「被害者がNoと言わなかったから大丈夫だと思った」という理論は認められず、Yesと自発的に参加しなければ、それはNoとなり、処罰の対象ともなるわけです。
日本記者クラブ:https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/35585/report
映画に話が戻りますが、今回のプロデューサーの1人がハナさんというスウェーデン人女性と聞いて、なぜ彼女たちがここまでの困難を伴いながらもこの映画を制作したかと言うことが、スウェーデンの性交同意法などとつながって腑に落ちました。
伊藤さんは日本では権力者を相手に戦っている為、味方も多いですが、残念ながら敵も非常に多いです。しかし性交同意法を持つスウェーデン人のハナさんの感覚では「同意なき性行為はレイプ」と言う考えが当たり前のようにあり、1人の人間として見過ごせないし、世に訴えて苦しんでいる人たちを救いたいという気持ちもあったのではないでしょうか。
日本では伊藤さんに対する信じられないようなバッシングがいまだに起きていますが、性犯罪対策の先進国であるスウェーデンだけでなく、世界中でこの映画が上演されていると言うことはそれだけ日本の遅れた性犯罪対策や状況が悪い意味で注目を浴びてしまっているのだと思います。どうかスウェーデンのこの性交同意法の概念は今すぐ日本に広まってほしいですし、早く施行されてほしいです。
最後に私がこの映画を見て1番感じたことは、実は映画本来の趣旨とは若干それます。私が1番強く思ったことは「若者よ、英語を学べ」です。
この映画に出てくる会話はほぼ日本語ですが、プロデューサーたちが外国人で、最初に海外で公開されたように、英語での公開を前提としています。伊藤さんの主張が支持され、ここまで話題になって世間に影響を与えた理由の一つは、彼女が日本語だけでなく英語という武器も持っていたからだと思います。
残念ながら今の日本では大きな権力に立ち向かうということは非常に困難です。しかし英語という武器があれば何かあった時に自分の主張を世界に発信したり、日本とは異なる文化や思考を持つ層と繋がることが出来ます。伊藤さんが潰されなかったのも彼女が英語という強い武器を持っていたことは大きな理由だと思います。「英語は身を救う」と感じましたし、特にこれからを担っていく若者にはぜひもっと英語を学んでいってほしいと感じました。
