寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第6回 バルカン前篇〜ザクレブからモスタルへ(3)
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(3)果物を公園で食べ、足のむくまま街歩き
朝7時。目覚めた直後、いくつの自分がどこにいるのかわからない。
旅先の朝、起き抜けにしばしば起きる見当識障害に似た状態。学校を休んで近くの海岸で昼寝をし気づいた時にどこにいるかわからなかった中学生時代から、60代の実年齢まで記憶の階段をたどり直し、今ここザクレブに追いつく。
カーテンをあけると、階下に野菜や果物を売る露店が見えた。客が引きも切らないから良い店に違いない。
身支度を整え、ドブロユトゥロ(おはようございます)ドブロユトゥロ、と口のなかで繰り返しながら下に降り、言葉が揮発してしまう前に感じのよい店主にドブロユトゥロ!と呼びかけると、笑顔でハロー、と返ってきた。
リンゴ2、プラムひと山、ザクロを選ぶと全部で3.7ユーロ。エコ袋を掲げてみせるとリンゴをひとつおまけしてくれた。いいの? ありがとう! 店主の表情に人の良さと親切心を感じ、目を見交わす瞬間が旅の醍醐味だ。
スキップしたくなる気分のまま目の前の公園に向かい、小径沿いのベンチで朝食代わりにリンゴをかじり、ザクロを割って食べた。うンまっ!

2日続けておまけしてくれた

通勤時間なのだろう、老若男女が森の小径を一様に鉄道駅やバスターミナル方向に向かう。
急ぎ足といえばそうなのだけど、だれもかれもこわばった能面顔で脇目もふらずに歩く東京のラッシュアワーの景色とはまるで違う。ビジネススーツ率は低く、思い思いのジャケットかコート姿。同僚らしき人と連れ立つ人あり、ベンチで新聞を読む人あり。人が暮らす街だなーと思う。
果物の残りを部屋に置きに戻り、ゆっくり準備して再び街へ。
なぁに、どこに行かなきゃってわけじゃない。
ザクレブ中心地の見どころは、マリナの部屋からトラムで4駅、歩いても行けるイェラチッチ総督広場の周囲1キロ平米内にほぼ収まっている。
彼女の話によれば、2020年の大地震で壊れたり傷んだ建物や道路の修復が一斉に始まったそうで、聖母被昇天大聖堂や聖マルコ教会などザクレブを代表する歴史的建築物は工事のため閉館中。
残念といえばそうだけど、名所旧跡をあわただしく移動する理由が“堂々と”なくなったことに安堵。知らない街を、街の人に混じって足と心の向くまま歩くことが楽しいのだから。
昨日買ったトラムの一日券をポケットにつっこみ、目の前の乗り場からイェラチッチ総督広場方面行き6番のトラムに乗った。
トラム後方のドアから乗り、チケットをどうすべきかモタモタしていると、すぐ横に立った女性が前方を指さしてくれる。先頭車両のそのまた先頭部分に移動し、それらしきマシンの前に立つと、周囲の人の目が一斉に私の挙動に集まるのを感じた。おもに旅行者しか使わない一日券を処理するのはこの機器だけみたい。複数の目に促されて無事チェックイン。
手のひらに書いてきたフヴァーラ(ありがとう)を誰に向かってということもなく、もごもご口走ると、いいんやで、というように何人かが頷いてくれた。

美しい建物群の中央に総督像
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【著者プロフィール】
寺田和代(てらだ・かずよ)
立命館大学卒業後、会社員を経てフリーライター・エディター。
女性誌、文芸誌、総合誌などの取材・執筆、単行本の企画・制作に携わる一方、2000年に社会福祉士資格を取得し、高齢者介護の分野でも取材活動を続ける。
単著に、長年の欧州ひとり旅の経験を元に中高熟年女性が安全・リーズナブル・自分らしく海外ひとり旅を楽しむガイドブック『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり旅』『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり歩き』(ともにKADOKAWA)ほか、最新刊『きらいな母を看取れますか? 関係がわるい母娘の最終章』(主婦の友社)

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