問題が起きた後の方が、関係が深くなることはあるのか。
はじめに
クレーム対応の研究領域には、
「問題発生前よりも、対応後の方が顧客との関係性が強くなることがある」
という興味深い考え方があります。
Service Recovery Paradox(サービス・リカバリー・パラドックス)。
サービスに問題が起きたにもかかわらず、その後の対応によって、問題が起きなかった場合以上の満足や関係性が生まれる——そんな現象を指す言葉です。
Service Recovery Paradoxという概念
この「パラドックス」という名称自体は、1992年に Michael McCollough と Sundar Bharadwaj によって提示されました。
また、その少し前の1990年には、Christopher Hart、James Heskett、W. Earl Sasser Jr. の3氏が、Harvard Business Review に「The Profitable Art of Service Recovery」を発表しています。
サービスリカバリーを語る上での古典とも言える論考です。
ただ、ここで重要なのは、この概念が単純な成功法則ではないという点です。
後年の研究では、
「優れた対応をしても、問題が起きなかった場合の満足度を超えなかった」
という結果も複数報告されています。
つまり、
問題対応後の方が関係が深くなることは確かにある。
しかし、
何がその分かれ目を生むのかは、まだ完全には解明されていない。
私が強く関心を持っているのは、まさにこの点です。
私の現場仮説:「ストーリーを共有する」ということ
ホテルでデューティーマネージャーとしてクレーム対応にあたっていた頃、実際に、クレームを頂いた後の方が関係が深まり、その後も顧客になってくださった方々が一定数いらっしゃいました。
ただ、その当時の私は、Service Recovery Paradox という言葉を知りませんでした。
それでも現場で繰り返し起きていたその現象を、私は自分なりにこう捉えていました。
関係を深めていたのは、「信頼に基づいたストーリーの共有」だったのではないか。
信用は、解決の前提条件である
前回、私は、
「信用は解決の前提条件である」
という話を書きました。
信用がなければ、そもそも解決の土俵にすら上がれない。
私は今もそう考えています。
そして、その土俵に上がった上で——
回復の質を分けていたものは、信頼の上に積み上がる「ストーリーの共有」だったように思うのです。
通常の滞在では生まれない接点
お客様にとって、不快な経験そのものは決して望ましいものではありません。
しかし、その後に寄り添い、向き合う過程の中で、お互いをより深く知ることがある。
お客様がどんな仕事に従事され、どんなキャリアを歩まれてきた方なのか。
ご満足いただき、私との接点が生まれない通常の滞在では、知りえない情報があります。
同じように、お客様もまた、私がどんなキャリアを経てその役割に従事しているのかを知る機会は、通常はありません。
クレーム対応という局面では、
単なる問題対応だけではなく、
人と人との接点が生まれていた。
信頼が立った土俵の上で、一つのストーリーを共にしていた。
私には、そんな風に見えていました。
回復の質を分けるものは何なのか
もちろん、すべてのクレームが関係深化につながるわけではありません。
むしろ、対応次第では、信頼は大きく損なわれます。
信用が立たなければ、「ストーリーを共にする」手前で終わってしまう。
だからこそ私は、
問題発生前よりも強い信頼へと導けるかどうか。
回復の質を分けるものは何なのか。
この問いに強い関心を持っています。
そして現時点での私の現場仮説は、
それを分けるものの一つが、
「信頼に基づいたストーリーの共有」
なのではないか、ということです。
次回以降は、この視点を「個人の信用」「組織ブランド」「WXP」との関係から、さらに考えてみたいと思います。
