見出し画像

物語の欠片 緋色の山篇 17

-レン-

 すべての謎は解かれ、パキラのおかげで事件は綺麗に片付いたかと思われたのに、カリンの一言でまた部屋は新たな謎に包まれてしまった。
 ツバキが族長になるはずだった、とはどういうことだろう。
 しかし、先程までアキレアの影で気配を消していたようだったツバキが、今カリンと対峙している姿を見ると、確かにまるで別人のような雰囲気を纏っていた。
 「まだ闇が浄化される前、私がネリネと出会ったばかりの頃のことです。化身の仲間たちみんなで、アヒの村を訪れたことがありました。」
 カリンの話は意外な展開で始まった。勿論その時のことはレンも憶えている。カリンはまだアグィーラの城に居た。城以外の場所で化身の仲間と待ち合わせをするのは初めてだった。妙に気持ちが浮ついたことまで記憶が蘇ってくる。とはいえそれからまだ五年程度しか経ってはいない。随分内容の濃い五年間ではあったが。
 「最初にアヒの族長様にご挨拶に伺った際、族長様たちが化身の候補であった時代のことを話してくださいましたが、その時族長様は仰ったのです。『前回私が化身の候補として差し出されたのも、巫女を差し出したくなかったからだ。』と。」
 「そういえばそんなこと言ってたわね。でもカリン、よくそんなことまで憶えてるわ。世間話だったじゃない。…というかもしかしてそれがツバキ様なの?」
 ネリネの合いの手にカリンは頷く。
 「そう。本来はアヒ族からは火鎮めの巫女が代表として出る筈だった。今回のネリネみたいにね。でもその時は、大切な巫女を差し出したくないという意見の方が多かった。だから代わりに族長様…その時はまだ族長様ではなかったけれど…つまり、アキレア様が代わりに火の化身の候補としてアグィーラへ行かれた。」
 「なるほど。」
 「結局貴石はまだ育っていなかったから森には入ることができず、化身の候補たちはそのまま解散となってアキレア様はアヒにお戻りになったのだけれど、その後、族長交代の時期となった。アヒの族長は村人の投票で決まる。当然のように、火の化身となって知名度の高かったアキレア様が票を集め、族長を務めることになった。本来ならばそれもツバキ様であるはずだったのではないかと思うのです。」
 「それはきっと、そうでしょうね。」
 ネリネはそう言ってツバキの方を振り返った。ツバキはうっすらと微笑を浮かべて話を聞いていたが、ちらりとネリネに視線をやってからカリンに視線を戻し、口を開いた。
 「カリン殿はとても記憶力が良いのね。そして、あらゆる情報を正しく繋げるのがお上手。その通りよ。ひとつだけアキレアの名誉のために言っておくけれど、私がアキレアと祝言を挙げたのはそのことが決まるより前。…ああ、でもそれもきっとお分かりだったわね。火鎮めの巫女が成人と同時に祝言を挙げる話はネリネから聞いていらっしゃるでしょうから。」
 「はい。存じ上げておりました。けれど、それをツバキ様から伺えて嬉しく思います。」
 「アキレアは昔からずっと変わっていないの。情けないくらいにいい人で、放っておいたら利用される。でも、それすらも構わないと思う人だった。私はアキレアを利用するつもりはさらさらなくて、こんないい人は居ないと思って一緒になったのよ。でもそのせいで、アキレアは一番苦手な、駆け引きが必要な仕事に就く羽目になった。私にできることは火鎮めの巫女を早々に引退して族長補佐を務めることくらいだった。」
 それはきっと族長補佐という名の族長だったのだろう。アキレアとツバキ、実は裏では真逆の関係だったのだ。表舞台に出る際は仕方がないからアキレアが出ていたが、実際の意思決定は裏でツバキがやっていた。そうしてアヒの自治は守られてきたのだ。
 「そう言うなツバキ。私だって申し訳なく思っていた。お前がどれほど火鎮めの舞を愛しておったか私は知っている。巫女を辞めるのはつらかっただろう。」
 「ツバキ様、申し訳ありません。私、何も知らなくて。それなのに舞を見たいなどとお願いを…。」
 「いいのよネリネ。貴女の言うとおり、貴女は何も知らなかった。私も、何も知られたくなかった。…そう思っていた。でもね、知られてしまえばそれはそれで気楽なものね。今日、このことを話すことができてとても良かったわ。カリン殿、御礼を言います。有難う。」
 礼を言われたカリンは複雑な表情を浮かべていた。真相を暴いてしまったことに対して迷いがあるのだろう。ツバキの顔は確かに清々しい表情ではあった。しかしツバキはこれまでも完璧に族長補佐を演じてきたのだ。これが演技ではないと何故言い切れるだろう。黙って頭を下げたカリンを優しく見つめたまま、ツバキは言葉を続けた。
 「良かったら、私の舞を見てから帰らない?久しぶりに舞いたくなりました。」
 アキレアがおお、と声を上げ、ネリネは素直に喜びの歓声を上げた。カリンも笑顔で頷き、礼を言った。

 舞殿に足を踏み入れるのは久しぶりだった。フエゴ火山が噴火した時以来だ。あの時のネリネの舞も真に迫っていてとても美しかったのを憶えている。人ではなく火の精霊のようだった。
 そのネリネもやや緊張した面持ちで舞台に上がっていた。折角だから一緒に舞いましょうとツバキに誘われたのだった。
 ツバキが鈴のついた槍を舞台に突き、ひとつ大きな音を立てた。それが始まりの合図だ。ふたりは、以前レンが見たことがあるのとは違う舞を舞った。
 以前ネリネが舞ったのは足を激しく打ち鳴らす、どちらかと言えば力強い舞だったが、今二人が舞っているのは流れるような動きの優美な舞だった。緊張していたネリネも舞が始まると表情が変わる。二人の動きはぴったりと息が合っていた。やはり二人とも人ではないように見える。
 青き炎と赤き焔の精霊が舞っている。時に光の尾を引きながらくるくると回る。部屋に、眩い光が満ちる。心の底から力が湧き上がってくるようだった。レンは妙な高揚感を感じていた。
 二人の舞が終わってもまだしばらく部屋の中に光が満ちているように感じた。舞い終えた二人は舞台を降り、控室に引っ込んでいる。着替えを終えたら出てくるだろう。観客席の面々はその間、各々舞の余韻に浸っているようだった。
 「なあ、ツバキよ。」
 さっぱりした顔で控室から出てきたツバキに、アキレアが真っ先に声をかけた。
 「はい。」
 「私は族長を続けることにする。」
 「そうですか。」
 「お前も舞を続けたらどうだ。」
 「うふふ。あなたがおひとりで族長を続けられるのならば。」
 「完全にひとりは困る。でも、お前が舞を続けられるくらいには頑張ろうと思う。久しぶりにお前の舞を見たらな、なんだかそう思ったのだ。」
 「いつまで続くかしら。」
 「続くまで続ける。」
 「期待しています。」
 そのやり取りを見ながら、ネリネとカリンは楽しそうに笑っていた。この分ならネリネが族長にされなくて済みそうだ。予定外の効果。いや、もしかしてツバキはそれを見越していたのかもしれない。

 「アヒの族長、良かったな。」
 アキレア夫妻に挨拶をし、ネリネとアヒの村の入口で別れた後、ホオズキが言った。レンはそうだね、と応える。
 「ホオズキさん、コキオさん、おつかれさま。ありがとう。あとは無事にマカニへ帰って族長に報告をすれば今回の任務は完了だ。」
 「いや、俺もいい経験になった。なあ、コキオ。」
 「え?ああ、そうだな。うん。ちょっと色々と圧倒された。」
 「ははは。いいことだ。お前はまだ若い。どんどん圧倒されろよ。」
 「レンは俺より若い。レンとカリンはいつもこんなことをやっているのか?」
 「コキオさん、それ言う?僕は今回見てもらった通り、いつもカリンに振り回されているだけだよ。あ、最近はカリンだけじゃなくて族長とかパキラ様とか、まあ色々。」
 「振り回しているつもりはないのだけれど…。」
 「知ってる。」
 さて、と言ってレンは三人の顔を順番に見る。
 カリンに振り回されてばかりいるものの、この任務としてのリーダーは自分だ。無事にマカニへ戻って報告するまでが任務。まだ終わってはいない。
 意識をマカニへ向ける。おそらくまだ大雪は続いているだろう。エルビエント上空の大気は不安定だ。レンは空を見上げた。
 今日のフエゴの空は晴れ渡っている。風は向かい風だが、アグィーラへまではそう困難はないように思えた。アキレアの館へ行く前に全員仮眠をとった。状態は万全だ。
 「マカニへ還ろう。飛ぶよ。」
 「了解。」
 三人が返事をするのを聞いて、レンは真っ先に翼を動かす。カリンは慣れた仕草でレンの肩に手をかけた。レンはその感触を感じながらそのまま一気に空まで舞い上がった。
 すかさず二人が後に続く。マカニへの帰還なので、二人を先に行かせてレンは後方を飛ぶ。上空の風も穏やかだった。遠くにアグィーラ城の城郭が。その向こうにうっすらとアルカンの森が見えた。その向こうがエルビエントだ。進路は一路北。今のところ迂回が必要そうな雨雲は見当たらない。
 三つの翼は一直線に北を目指して飛んで行った。


-----
『緋色の山篇 1』へ

『緋色の山篇 18』へつづく


カリンたちが初めてアヒの村を訪れた時のお話▼
※でも勿論これを書いた時にはこんな話になるとは思ってもいなかった。


この記事が参加している募集