【ショートショート】迎え火オペラ
「もう一度。そんな声が客席の奥まで届くと思いますか?隣のお宅にだって聴こえやしませんよ。ほら、もう一度」
声楽家として名を馳せた祖母。そんな祖母のスパルタな教えの甲斐もあり、私はオペラ歌手としてなんとかやっている。
祖母に対する思いは複雑だ。若い頃は恨みもしたし、反発もした。祖母から距離を置いたこともある。
だが、オペラ歌手として大勢の前で声を響かせたとき、心から祖母に感謝した。その思いを伝えよう伝えようと思っているうちに、あれよあれよと時は過ぎた。
そして、祖母が死んだ。
半年が経ち、初盆を迎える。
「うわ、なんか飛んでったぞ。こりゃばあさんも迷って帰ってこれないかもな」
父が迎え火をなんとか点けようと、玄関先で苦闘している。祖母の初盆は、記録的な台風が直撃していた。
「あっ……ダメだこりゃ」
父の手元のおがらは、雨に濡れぐっしょりと湿っていた。
私は父の脇をすり抜けると、玄関先に立った。痛いほどの雨が全身に打ちつける。びょうびょうと吹く風に負けぬよう、私は歌い出した。
私の歌を誰よりも聴いてくれた祖母に届くように。
迷わず帰ってこれるように。
「風邪をひきますよ」
突如耳元で懐かしい声がした。振り返るといつも通りの祖母が立っていた。足もある。
「おばあちゃん……」
「プロならば体を大事にしなさい。しかしまあ、いい声で天国まで良く聴こえましたよ。上手になったわね。しかし、どうしてそんなに下を向いて歌っていたの?」
「いや、おばあちゃんは下にいるかと思って」
「……なめんじゃないわよ」
嵐の中、ふたりで笑った。父が玄関で気絶しているのを見て、また笑った。
「ほら、早く入りなさい。ちゃんと拭いたら、もう一度」
私の歌を、祖母が目を閉じて聴く。
深い皺に埋もれてよくわからないけれど、笑っている気がした。
祖母が帰る日、空は晴天。
私は歌う。青空に向けて。
祖母のためのアリアを。
終
今回はストレートにお題に向き合ってみました(思いつかなかっただけ)。
うちでは迎え火や精霊馬(キュウリやナスのやつ)はやったことがありませんでした。古き良き日本の風習、ゆず湯や菖蒲湯など、ほんとにやらない家でした。きっとそういう家は、増えているんでしょうね。
でも、ちゃんと玄関先で迎え火を焚いて、その火を子どもたちがぴょんぴょんと飛び越えている(なぜかはわかりません)のを去年見ました。
都内でもちゃんとそういう風習が残っていることに、なんだか嬉しくなりました。今年はうちでもやってみようかな。
田原にかさまの毎週ショートショート【迎え火オペラ】に参加させて頂きました。長くなってしまいすみません🙇
前回のお題【人魚裁判所】はこちら
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