見出し画像

Netscapeはなぜ消えた?――Firefoxとして蘇った「ブラウザの王者」とMicrosoftとのブラウザ戦争

1990年代にインターネットを使っていた人なら、
青い空のような背景に大きな「N」が描かれたロゴを
覚えているかもしれない。

Netscape Navigator(ネットスケープ・ナビゲーター)。

まだGoogleもFacebookもYouTubeも存在していなかった頃、多くの人にとって「インターネットを見る」という行為は、Netscapeを立ち上げることとほとんど同じ意味だった。

今でこそ、私たちはChrome、Safari、Edge、Firefoxなどの
ブラウザを何気なく使っている。
しかし1990年代半ばには、一つの会社が世界のブラウザ市場を
圧倒していた。
それが、
Netscape Communications(ネットスケープ・コミュニケーションズ)
である。

一時は世界のブラウザ市場で70%を超えるほどのシェアを握り、
インターネット時代を象徴する企業となった。
ところが、そのNetscapeは数年後、Microsoftとの壮絶な「ブラウザ戦争」に敗れ、歴史の表舞台から姿を消していく。
では、Netscapeは完全に死んでしまったのだろうか。

実は、そうではない。
私たちが現在使っているブラウザの一つ、
Mozilla Firefox
には、Netscapeが残した技術と思想が今も受け継がれている。
Netscapeは企業としては敗れた。

しかしその灰の中から、別のブラウザが生まれた。
その最初の名前が、なんとも象徴的だった。
Phoenix――不死鳥。
これは、インターネット史上でも珍しい「敗者の復活」の物語である。


インターネットに「ゴールドラッシュ」が始まった1994年

物語は1994年から始まる。
中心人物の一人が、当時まだ20代だったマーク・アンドリーセン
(Marc Andreessen)である。

彼はイリノイ大学の研究機関NCSAで、初期のグラフィカルWebブラウザとして大きな注目を集めた「Mosaic」の開発に携わっていた。

当時のインターネットは、現在とはまったく違う世界だった。
一般家庭にインターネットが普及し始めたばかりで、「ウェブサイトを見る」ということ自体がまだ新しい体験だった。

そこに可能性を感じたのが、Silicon Graphicsの創業者としてすでに成功していた起業家、ジム・クラーク(Jim Clark)である。
クラークとアンドリーセンらは1994年、Mosaic Communicationsを設立。
後に社名を、
Netscape Communications Corporation
へ変更する。

そして1994年12月、同社は後に伝説となるブラウザ、
Netscape Navigator 1.0
を正式に世に送り出した。
今から見れば、ウェブブラウザなど「無料で最初から入っているもの」という感覚だろう。

しかし当時は違った。
ブラウザは、未知の世界だったインターネットへ入っていくための扉だった。
そしてNetscapeは、その扉を握ったのである。


「インターネットを見る=Netscape」だった時代

Netscape Navigatorは瞬く間に広がった。
1995年、1996年とバージョンアップを重ね、ブラウザ市場で圧倒的な存在になっていく。

1996年頃には、その市場シェアは70%を超えていたとされる。
現在に置き換えて考えてみれば、そのすごさが分かる。

Chromeしか知らない世代には想像しにくいかもしれないが、当時のNetscapeは単なる「数あるブラウザの一つ」ではなかった。

ブラウザそのものの代名詞に近かった。

会社も一躍スター企業となる。
1995年に行われたNetscapeの株式公開は大きな注目を集め、
「インターネット企業には巨大な価値がある」ということを
世界に強烈に印象づけた。

後にYahoo!、Amazon、eBayなどが登場し、
1990年代末には空前のドットコム・ブームが起こる。

そう考えると、Netscapeはその熱狂のかなり早い段階で、
「これからのビジネスの中心はインターネットになる」
という未来を投資家に見せた企業の一つだったと言える。
ある意味、Googleが登場するよりずっと前に、インターネット企業が世界を変えるという夢を体現した会社だった。


実は、現在のWebにもNetscapeのDNAが残っている

Netscapeのすごさは、単にブラウザをヒットさせたことだけではない。
現在のウェブを支えている重要な技術のいくつかが、Netscapeから生まれたり、同社によって広く実装されたりした。

代表的なものが、
JavaScript
である。

JavaScriptは1995年、Netscapeで働いていた
ブレンダン・アイクによって開発された。
現在Webサイトを開けば、画面が動き、メニューが変化し、動画が再生され、ショッピングカートが更新される。
現代のウェブサービスの多くは、JavaScriptなしには考えにくい。

そしてもう一つが、
Cookie(クッキー)
である。

CookieのおかげでWebサイトは、以前訪れた人をある程度認識したり、
ログイン状態や買い物かごの情報を維持したりできる。
さらにNetscapeは、インターネット上の通信を暗号化するためのSSLの開発にも重要な役割を果たした。

現在、ネットショッピングやオンラインバンキングでクレジットカード番号や個人情報を送信できるのは、その後発展した暗号化技術があるからだ。

つまりNetscapeという会社は消えてしまったが、
Netscapeが生み出したものは、私たちが今日使うWebの中に普通に残っている。
これは企業史として考えると、かなり面白い。
会社の寿命と、その会社が生み出したアイデアの寿命は、
必ずしも同じではないのだ。


そこへMicrosoftがやってきた

絶好調だったNetscapeの前に、一人の巨大なライバルが立ちはだかる。

Microsoft。

そして、そのMicrosoftを率いていたのがビル・ゲイツである。
Microsoftは当初、インターネットの急速な拡大への対応で出遅れていた。
しかし、そこは当時すでにPC業界を支配していたMicrosoftである。
本気になってからが恐ろしかった。

Microsoftは自社ブラウザ、
Internet Explorer(IE)
を急速に強化していく。

そしてNetscapeにとって致命的だったのが、WindowsとInternet Explorerを深く結びつける戦略だった。
当時、世界中の多くのPCにはWindowsが入っていた。
そのWindowsを買えば、Internet Explorerも使える。

ユーザーからすれば、
「すでにブラウザが入っているのに、
なぜわざわざ別のブラウザを探してインストールするのか?」
という話になる。

ここにNetscapeとMicrosoftの決定的な違いがあった。
Netscapeにとってブラウザは商品だった。

一方、
Microsoftにとってブラウザは、Windowsを守るための武器だった。
Netscapeはブラウザで利益を上げなければならない。

Microsoftは必ずしもInternet Explorer単体で利益を上げる必要がない。
これは、かなり厳しい戦いである。
町のパン屋がパンを売って生活しているところへ、巨大スーパーが、
「パンは無料で配ります。その代わり、うちで他の買い物をしてください」
と言って乗り込んできたようなものだ。
パン屋としてはたまったものではない。


優れた製品でも「プラットフォーム」には勝てない

このブラウザ戦争は、現在のビジネスにも通じる重要な教訓を残している。

それは、
「優れた製品を作れば必ず勝てるわけではない」
ということだ。

Netscape Navigatorが突然、使い物にならない
ソフトになったわけではない。
むしろ技術的には先進的な部分も多かった。
しかしMicrosoftには、
Windows
という圧倒的なプラットフォームがあった。
ユーザーが新しいパソコンを買う。
Windowsが入っている。
Internet Explorerも入っている。
クリックすればインターネットが見られる。

そうなると、多くの一般ユーザーにとっては十分だった。
この構図は、現在のIT業界でも繰り返し見ることができる。
検索、スマートフォン、クラウド、動画配信、オンラインショッピング。
巨大なプラットフォームを所有する企業は、一つの製品だけで戦う企業よりはるかに強い。

Netscape対Microsoftは、その典型的な初期事例だった。
1997年から1998年にかけてInternet Explorerは急速にシェアを伸ばし、Netscapeは追い詰められていく。

かつて70%以上のシェアを持っていた王者が、
わずか数年で劣勢に立たされた。
インターネット業界の時間は、恐ろしく速かった。


敗北寸前のNetscapeが選んだ「技術を公開する」という賭け

そして1998年。
Netscapeは驚くべき決断を下す。
自社ブラウザのソースコードを公開し、
オープンソースとして世界中の開発者に開放する
ことにしたのである。

通常、企業にとってソフトウェアのソースコードは企業秘密そのものだ。
料理店にたとえれば、秘伝のレシピを店の前に貼り出し、
「誰でもこれを使って、もっとおいしい料理を作ってください」
と言うようなものである。

しかし、追い詰められたNetscapeには、それだけ大胆な一手が必要だった。

こうして始まったのが、
Mozillaプロジェクト
である。

「Mozilla」という名前自体、
実はNetscapeの初期から内部で使われていた名称に由来する。
そこには「Mosaic」と「Godzilla」を掛け合わせたような遊び心もあったと言われている。

だが、ソースコードを公開すれば、翌日から世界中の天才プログラマーが集まって素晴らしいブラウザを作ってくれる――というほど現実は甘くなかった。

Netscapeの既存コードは長年の機能追加によって複雑になっており、
改良は簡単ではなかった。
そこで開発チームは、ブラウザの中核となる描画部分を
大幅に作り直していく。

こうして生まれたのが、
Gecko(ゲッコー)
と呼ばれるレイアウトエンジンだった。

レイアウトエンジンとは、簡単に言えばWebページの設計情報を読み取り、私たちが見る画面へ変換する「ブラウザの心臓部」である。
Netscapeは会社として追い詰められていた。
しかし、その内部では次の時代のブラウザの心臓が作られ始めていた。


AOLに買収されるNetscape

同じ1998年、Netscapeにはもう一つ大きな出来事が起きる。
当時インターネット接続サービスの巨人だった、
AOL(America Online)
による買収である。

1990年代にアメリカで暮らしていた人なら、
AOLという名前に懐かしさを感じるかもしれない。

郵便受けを開けるとAOLの無料体験用CD-ROM。
雑誌を買ってもAOLのCD-ROM。
店に行ってもAOL。

「アメリカ全土にAOLのCD-ROMが何枚あったのだろう」と思うほど、
至る所で配られていた。

https://note.com/unchikujournal/n/ne036832d0454


そんなAOLがNetscapeを傘下に収めた。
一見すれば、巨大企業による救済にも見える。
しかしNetscape Navigatorが再びブラウザ市場の
王座へ戻ることはなかった。

Internet Explorerの勢いは止まらず、Netscapeブランドの
存在感は徐々に薄れていく。
普通の企業物語なら、ここで終わりだろう。
「Microsoftに敗れたNetscapeはAOLに買収され、その後消滅した。」
これだけなら、よくある敗者の歴史である。
しかしNetscapeの物語は、ここから妙に面白くなる。



Mozillaは大きくなりすぎた

オープンソースとなったMozillaの開発は続いた。
そして2002年、「Mozilla 1.0」が登場する。
ただ、このMozillaは現在のFirefoxのような単純なブラウザではなかった。
ブラウザだけでなく、
メール、
ニュースグループ、
HTML編集など、
いろいろな機能を一つに詰め込んだ巨大なソフトウェアだった。

いわば、
「全部入り」
である。

何でもできる。
しかし何でもできるソフトは、往々にして重くなる。
そこで一部の開発者たちが考えた。
「もっと軽くて、速くて、単純なブラウザを作れないだろうか?」
中心になったのが、デイブ・ハイアットブレイク・ロスらだった。
彼らが目指したのは、Mozilla Suiteから余計なものを取り除いた、
Webを見ることに特化した軽快なブラウザ
だった。

2002年、その実験的なブラウザが公開される。
名前は、
Phoenix(フェニックス)。
不死鳥である。
偶然にしては出来すぎた名前だ。

Microsoftに敗れ、企業として消えようとしていたNetscape。
その技術の灰の中から、新しいブラウザが生まれようとしている。
まさにPhoenixだった。


ところが「Phoenix」という名前が使えない

ところが、ブラウザそのものとは別のところで問題が起きる。
名前である。
Phoenixという名称は、すでにPhoenix Technologiesと
いう企業が使っていた。
そのため、ブラウザ側は名前を変更することになった。
新しい名前は、
Firebird(ファイヤーバード)。
火の鳥である。
PhoenixからFirebird。
「まあ似たようなものだからいいか」と思ったのかどうかは分からない。
ところが、ここでも問題が起こる。

すでに「Firebird」という名前のオープンソース・データベースプロジェクトが存在していたのである。
当然ながら、そのコミュニティからは、
「こちらはすでにFirebirdなんですけど」
という反発が起きた。

ブラウザ戦争でMicrosoftと戦う前に、
まず商品名との戦いが終わらない。
開発者たちも頭を抱えたに違いない。

そして2004年2月。
ようやく新しい名称が決定する。
それが、
Firefox
だった。

Firefoxはレッサーパンダを指す言葉としても知られているが、
ロゴには地球を包み込む炎の狐が描かれた。
Phoenixでもない。
Firebirdでもない。
三度目にしてようやく、この名前が定着する。


MozillaもAOLから独立する

この間、Netscapeを取り巻く環境も大きく変わっていた。
2003年、AOLはNetscape部門を縮小し、Mozillaプロジェクトへの直接的な支援も終了していく。

そこで設立されたのが、
Mozilla Foundation
だった。
営利企業Netscapeの内部から始まったMozillaは、ここで非営利組織を中心とした独立したプロジェクトとして歩き始める。
この出来事は非常に象徴的だ。
Netscapeという会社に依存していた技術が、
会社がなくなっても生き続けられる仕組みへ変わったからである。
製品を所有する会社ではなく、
コミュニティが育てるソフトウェア。
それはMicrosoftとはまったく違うモデルだった。


2004年11月9日、Firefox 1.0登場

そして2004年11月9日。
Mozilla Firefox 1.0
が正式に公開された。
当時、Internet Explorerは圧倒的な市場シェアを持っていた。

1990年代後半のブラウザ戦争に勝利した後、
IEは事実上の標準となっていた。
だが、王者になったことで別の問題も起きていた。
ブラウザの進化が以前ほど速くなくなり、
セキュリティ上の問題もたびたび指摘されていた。

そこへFirefoxが登場した。
タブブラウジング。
ポップアップ広告のブロック。
拡張機能。
比較的軽快な動作。

そして何より、
「Internet Explorer以外にも選択肢がある」
ということそのものが新鮮だった。

Firefoxは急速に支持を集め、正式リリースから
約1年で累計ダウンロード数は1億回を突破した。
もちろん、かつてのNetscapeのように世界のブラウザ市場を
70%以上支配したわけではない。

しかし、一度はInternet Explorer一色に近づいたブラウザ市場に、
再び強力な競争相手が現れた。
何より皮肉なのは、その挑戦者のルーツをたどっていけば、
Microsoftが一度倒したはずのNetscapeへ戻っていく
ということである。


Netscapeは死に、Firefoxが生まれた

一方、本家Netscapeのブラウザはその後もAOLの下で
細々と開発が続けられた。
しかし市場で存在感を取り戻すことはなかった。
そして2008年3月、Netscapeブランドのブラウザに対する
公式サポートは終了した。

1994年のNetscape Navigator 1.0登場から約13年。
インターネット黎明期を代表したブランドは、
ついにブラウザ市場から姿を消した。

しかし、この時点ですでにFirefoxが存在していた。
だからNetscapeの最期は、普通の企業の消滅とは少し違う。

身体はなくなったが、
DNAはすでに別の場所へ移されていた。
そんな終わり方だったのである。


Microsoftの勝利は、本当に「完全勝利」だったのか

ここで改めて1990年代のブラウザ戦争を振り返ってみたい。
市場シェアだけを見れば、
Microsoftの圧勝
である。

Netscape Navigatorは消滅し、Internet Explorerは
長い間ブラウザ市場の王者になった。

しかし歴史をもう少し長い目で見ると、話は複雑になる。
Netscapeが始めたMozillaプロジェクトからFirefoxが生まれた。
Firefoxの登場によってブラウザ市場には再び競争が起こった。
その後Google Chromeも登場し、ブラウザは再び急速に進化していく。

そして皮肉なことに、かつてNetscapeを追い落としたInternet Explorer自身も、最終的には歴史の舞台から姿を消した。
現在Microsoftが提供しているのは、
Microsoft Edge
である。

つまり1990年代に「永遠の勝者」に見えたInternet Explorerも、
永遠ではなかった。
IT業界で永遠に続く王朝など、ほとんど存在しないのかもしれない。


「会社がなくなる」ことと「失敗」は同じではない

Netscapeの歴史で私が最も面白いと思うのは、この点である。
私たちは企業を見るとき、つい勝ち負けで考える。

Googleは成功。
Kodakは失敗。
Appleは成功。
BlackBerryは失敗。
Microsoftは勝者。
Netscapeは敗者。

しかし現実は、それほど単純ではない。
Netscapeという会社は確かに消えた。
Netscape Navigatorという製品も消えた。

だが、
JavaScriptは残った。
Cookieは残った。
SSLから発展した安全な通信技術も残った。
Mozillaは残った。
Geckoは残った。

そしてFirefoxは今も存在している。
企業としての寿命は短かったかもしれない。
しかし、インターネット史に残した影響は驚くほど長い。


企業は死んでも、アイデアは死なない

Netscapeの物語を見ていると、
企業というものについて少し考えさせられる。

会社名とは何なのだろう。
ロゴなのか。
製品なのか。
建物なのか。
株主なのか。
社員なのか。

もし会社そのものが消えても、その会社で働いていた人たちが別の場所へ移り、そこで新しいものを作れば、その企業の思想は完全に消えたと言えるのだろうか。

Netscapeの場合、それは明らかに「ノー」だろう。
Microsoftとのブラウザ戦争には負けた。
AOLに買収された。
Netscapeブランドも消えた。

それでも、最後の最後にソースコードを外の世界へ放ったことによって、
その技術は会社の寿命から解放された。

Netscapeという企業の中に閉じ込められていれば、
会社と一緒に消えていたかもしれない。

しかしオープンソースになったことで、
会社が死んでも、コードは生き続けることができた。
そしてそのコードと思想を受け継いだ人たちが、新しいブラウザを作った。

最初につけられた名前は、
Phoenix。
灰の中から蘇る不死鳥。

結果的にその名称は商標問題で使えなくなった。
しかしNetscapeからFirefoxへ至る歴史を振り返れば、
これほどこのプロジェクトを正確に表した名前もなかったように思える。

Netscape Navigatorは歴史の中へ消えた。
けれどNetscapeそのものは、本当に消えたのだろうか。
Firefoxを開き、Webページが表示されるのを見るとき、その遥か奥には1990年代、まだ誰もインターネットの未来を完全には想像できなかった時代にブラウザを作っていた人々の仕事がつながっている。

企業は死ぬ。
製品も消える。
ブランドも忘れられる。

しかし、
優れたアイデアまで同時に死ぬとは限らない。
Netscape Navigatorというブラウザは歴史の中へ消えた。

しかし、その灰の中から生まれたFirefoxには、
今もNetscapeが夢見た「誰にも独占されないWeb」のDNAが生きている。


#Netscape #Firefox #Microsoft #ブラウザ #インターネット #インターネット黎明期 #企業史 #テクノロジー #IT #ビジネス


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー