愛犬の介護で張りつめていた心がほどけ、もう一度「今」を見つけた話
「もっと何かできることはないだろうか」
「このままで本当にいいのかな」
大切な愛犬やまとの介護が始まった時、
そんな思いで心がいっぱいになりました。
少しでも元気でいてほしい。
少しでも安心して、
穏やかに過ごしてほしい。
その願いが強ければ強いほど、
私の心は張りつめ、
「もっと何かできること」
を探し続けていました。
それと同じ頃、
私は母の介護もしていました。
家事と介護、
最低限の予定をこなすだけで一日が終わり、
自分がやりたいことや、
自分の人生、
未来のための準備は何も進みません。
先が見えない焦り。
時間だけが過ぎていくような感覚。
気持ちに余裕がなくなり、
時には苛立ってしまうこともありました。
そして、一番つらかったのは、
大切なやまとに対してさえ、
「どうして鳴くの……」
そんな気持ちになる自分がいたことでした。
そんな毎日が、
あることをきっかけに
少しずつ変わっていきます。
今日は、
その体験を書いてみようと思います。
やまとが14歳半を過ぎた頃から、
少しずつ今までとは違う様子が
見られるようになりました。
15歳を過ぎる頃には、
老化によるさまざまな変化が
はっきり現れました。
鳴くことや吠えることが急に増え、
夜中に大きな声で
鳴き続けることもありました。
けいれんを起こしたり、
呼吸が荒くなったり、
性格も以前とは少し変わっていきました。
獣医師さんからは、
脳機能の変化が影響している可能性が
高いと言われました。
詳しい検査ができる病院は、
車で一時間以上かかります。
その頃のやまとの状態では負担が大きく、
症状に合わせたお薬で
様子を見ることにしました。
体の変化もたくさんありました。
排せつは介助が必要になり、
お座りも難しくなり、
白内障も進んでいました。
そして何より、
不安そうな表情で鳴き続ける姿が、
本当につらかったのです。
私は、少しでも
穏やかに過ごしてほしい一心で、
環境を整えたり、
介助グッズを探したり、
手作りしたり、
一日の多くの時間を
やまとに使っていました。
少しでも様子が変わると、
不安になって落ち着かない…。
老犬との接し方を本で学び直したり、
いろいろな情報を探したりもしました。
介護グッズやサプリメントも、
「少しでも楽になるなら」
と思い、たくさん試しました。
もちろん、
試してみないと分からないこともあります。
より良い方法を探すことは、
決して悪いことではありません。
それだけ大切で、
幸せを願う存在だったからです。
でも今振り返ると、あの頃の私は、
「もっと何かできること」
を探すことに一生懸命で、
目の前のやまとを
ゆっくり見つめる心の余裕を、
失っていたのかもしれません。
どれだけ情報を集めても、
不安はなくなりませんでした。
心は、ずっと張りつめたままでした。
そんな時、
私はレイキヒーラーさんに、
やまとと私自身への遠隔レイキを
お願いしました。
私自身もレイキヒーラーであり、
レイキマスターです。
でも、
その頃は必死になり過ぎていて、
自分ではフラットな気持ちで
レイキができないと感じていました。
そのため、
あえて別のヒーラーさんにお願いしました。
5日間続けてレイキを受ける中で、
やまとは以前より穏やかに過ごせる時間が
増えていきました。
そして私自身も、心が少し楽になり、
落ち着いて今の状況を
見られるようになりました。
その体験をきっかけに、
私は毎日、自分とやまとに
レイキを続けるようになりました。
時間も決めず、
難しい手順にもこだわらず、
気づいた時にそっと手を当てる。
そんな気軽な形で続けていきました。
すると、
ほとんど一日中鳴き続けていたやまとが、
ハウスの中でスヤスヤ眠る時間が、
少しずつ増えていきました。
そして、それ以上に変わったのは、
私自身でした。
日々変化するやまとの状態に、
気持ちが振り回されることが少なくなり、
落ち着いた穏やかな気持ちで
向き合えるようになったのです。
本来の自分のペースを
思い出したような感覚でした。
介護は相変わらず大変でした。
母の介護も続いていました。
自分の仕事や、
やりたいことに時間を使えない毎日も
変わりません。
でも、
心だけは変わっていました。
いつしか私は、
「今はこれでいいんだ」
そう自然に思えるようになっていました。
今、一番大切なのは、
やまとと一緒に過ごすこと。
その時間そのものが、
私にとって何より大切と
思えるようになりました。
レイキをしながら、
ただやまとのそばにいる時間がありました。
手を当てていると、
最初は不安そうだった表情が少しやわらぎ、
気持ちよさそうに眠ってくれます。
私もその隣で、何も考えず、
ただやまとの寝息を聞いていました。
特別なことをしているわけではありません。
ただ、一緒にいる。
ただ、手を当てる。
ただ、その時間を過ごす。
そんな穏やかな時間が、
少しずつ私の心もゆるめてくれました。
若い頃のやまととは、
もちろんたくさんの思い出があります。
でも、
当時の私はフルタイムで看護師として働き、
時間外勤務も多く、
毎日があっという間に過ぎていきました。
散歩やごはん、お手入れなど、
必要なお世話はしていても、
何もせず、ただ一緒にいる時間は、
今思うとあまり多くなかったように思います。
だから介護が始まり、
一日の大半を
やまとと過ごすようになってからは、
「今しかない」
そんな気持ちで
毎日を過ごすようになりました。
やまとの様子を見ながらレイキをして、
眠っている寝息を聞きながら、
私も静かにその隣で過ごす。
あの時間は、
介護をしていたというより、
それまで持てなかった時間を、
少しずつ取り戻していたようにも
感じています。
そして私は、
「今こうして、
やまとと十分に関われる時間を
与えてもらっているのだ」
そんなふうに思うようになりました。
やまとの介護を通して、
自分の内側と向き合う機会をもらい、
人生の中で学ぶべきことも
教えてもらっているような気がしていました。
だから、
他のことが何も進まなくてもいい。
今は、この時間を大切に過ごそう。
そんなふうに、
自然と思えるようになったのです。
そして不思議なことに、
心が落ち着き、
「今」を楽しめるようになった頃から、
現実にも少しずつ変化が現れ始めました。
プライベートサロンの仕事は、
ほとんどできていない状況でしたが、
思いもよらない方面から
収入をいただく機会が増え、
その頃はお金のことで焦る必要も
ありませんでした。
偶然だったのかもしれません。
でも私には、
安心した心だからこそ
出会えた流れのように感じています。
そのお話は、また別の記事で、
ゆっくり綴りたいと思います。
あの頃の私は、
未来ばかりを見ていました。
病気が進まないように。
少しでも長く生きられるように。
もっと良い方法があるんじゃないか。
そんなことばかり考えていました。
でも、心に少し余裕が戻った時、
私が本当に過ごしたかったのは、
「いつか」ではなく、
目の前にある「今日」でした。
「今しかない」
あの頃、
やまとが教えてくれたその時間は、
今でも私の心の中で静かに生き続けています。
もし今、
大切な存在のことで
心がいっぱいになっている人がいるならば、
少しだけ、自分の心も
休ませてあげてほしいなと思います。
方法はなんでもいいのです。
私のように、
瞑想やレイキやアロマが心地いい人も
いるかもしれないし、
好きなことがあるなら
その時間をもってみたり。
可能な場合には、
心地よくなれる場所に行ってみたり。
ただ静かに目を閉じて、
呼吸に意識を向けるだけでも
十分だと思います。
心が安心すると、問題だけではなく、
「大切な存在そのもの」
や、何気ない幸せ、
一緒に過ごせる今日という時間も、
少しずつ見えてくるかもしれません。
私は、やまとの時間の中で、
そのことを教えてもらいました。
長文、最後まで読んでくださり、
ありがとうございます。
