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年間1000冊読んだ私が、いま人に渡したい本のリスト

年間1000冊読んだ私が、いま人に渡したい本のリスト

2017年、1,022冊。

2018年、997冊。

2019年、365冊。

冊数が落ちた。

なぜ落ちたかは、いちばん最後に書くけど。

みんなにもっとたくさん本を読んでほしい。と思ってこの文章を書きました。

誰もあなたの頭の中まで盗めないでしょう。だから読書します。

この記事は、2020年に書いた「読書を年間1000冊するとどうなるのか?」という記事の、書き直しです。6年経ちました。書いた本人の目の状態も変わりました。だから書き直します。中身は落としません。むしろ、6年ぶんの答え合わせを足します。元記事へのリンクは、いちばん最後に置いておきます。

そしてもうひとつ。今回は、読んだ中から、いま人に渡したいものを出します。

人に薦められる本のリストが、私の中では2018年で止まっています。止まったまま置いておくのが、もったいなくなりました。

だから、リストを先に出します。読み方の話は、そのあとで。

では。



1 では、何を読めばいいのか

その前に、ひとつだけ宿題を片づけさせてください。

2020年の記事の最後に、私はこう書き残していました。

プルーストとイカの話とか書きたかったんだけど、ノウハウの話で終わってしまった、と。

6年放置しました。回収します。

メアリアン・ウルフ『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』

人間の脳には、読むための回路なんて最初から用意されていません。文字は新しすぎる。だから人は、もともと別のことに使っていた回路を組み替えて、読むという行為を後から獲得した。

読書というのは、脳の改造なんです。

脳が、変わる。

だったら、その脳を作った本を出すのが、いちばん正直だろうと思いました。

リストは4本あります。

書名にリンクを張っておきました。Amazonアソシエイトのリンクです。無名人インタビューはAmazonのアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。買っていただけたら、この活動のたしになります。もちろん、図書館でぜんぜんかまいません。私がそうでした。

リスト1 無名人インタビューを作った7冊

これは、ちょっと特別な7冊です。「無名人インタビュー」という私の活動が、どこから来たのかという話。

学生時代に読んだ『小倉百人一首』『日本霊異記』が実はインタビューの大本にはあります。いろいろな人の人生、感情のあるものの記録。

『神話の力』『小説の技法』『エンデのメモ箱』からは、人というものをどうやってテキストの中に封じこめるのか、といったことを学びました。

『死神とのインタヴュー』『箱男』は、その人をどうやって表現するかの実践のひとつで、参考にしていました。

振り返ってみると、「無名人インタビュー」というものが自分の中でいかに小説であるのか、ということがよくわかるセレクトになりました。

1 『小倉百人一首』

2 『日本霊異記』上中下(講談社学術文庫)

3 ジョーゼフ・キャンベル/ビル・モイヤーズ『神話の力』(早川書房/飛田茂雄訳)

4 ミラン・クンデラ『小説の技法』

5 ミヒャエル・エンデ『エンデのメモ箱』(岩波現代文庫)

6 ノサック『短篇集 死神とのインタヴュー』(岩波文庫/神品芳夫訳)

7 安部公房『箱男』(新潮文庫)

リスト2 小説と、小説みたいなもの

夏目漱石『夢十夜』

岩波文庫の『夢十夜 他二篇』で。夢の話を十個並べただけの本です。ただ並べただけ。それだけで100年もつ。

安部公房『箱男』(新潮文庫)

リスト1にも入れた本です。段ボール箱をかぶって街を歩く男の話。人を書くというのは、その人の顔を書くことじゃない、と教えてくれる本。

ノサック『短篇集 死神とのインタヴュー』(岩波文庫/神品芳夫訳)

これもリスト1と重複します。1987年の本なので、新刊で買うのはもう難しいかもしれません。図書館か、古書で。

収録作に「童話の本」というのがあります。本棚に手を伸ばして、あるはずの本を取ろうとして、ない。あの場面のためだけに、私はこの本を人に薦めています。

同じ本に「滅亡」という作品も入っています。ノサックは郊外からハンブルクが焼けるのを見た人で、その数か月後にこれを書いた。焼けたあとの街と、そこに残った人たちを、淡々と書いた記録です。

ペーター・ハントケ『幸せではないが、もういい』

母親の自殺のあとに書かれた本。タイトルだけで、もう。

筒井康隆『最後の伝令』(新潮文庫)

1996年、273頁。電子版もあります。表題作は、肝硬変末期の男の体内で、情報細胞が最後の旅に出る話。臓器を都市に見立てています。全14篇。

星新一

1冊は選べません。著者ごと薦めます。あの短さで、あの射程。

太宰治「新樹の言葉」「八十八夜」

新潮文庫の『新樹の言葉』を1冊買ってください。表題作と「八十八夜」が両方入ってます。全15篇で781円(税込)。太宰が地獄から立ち直ろうとしていた時期の短篇集です。

芥川龍之介『侏儒の言葉』

岩波文庫の『侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な』で。

「批評学」の節を読んでください。メフィストフェレスが博士に化けて、大学の講壇に立つ。そこで教えるのが、批評のやり方です。作品の些細なところだけを認めて、全体を貶める。半肯定論法。

匂いはたしかにある、が、それだけだ。そういう褒め方をすれば、褒めながら殺せる。

インターネットに出てくる、あの言い方のことです。100年前に全部書かれてる。

なお私は、『歯車』も『河童』も、そんなに好きではありません。

J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』(新潮文庫)

短篇9本。何が起きたのか説明されないまま終わる、あの感じ。

リスト3 詩、写真集、人文書

田村隆一

詩人です。1冊を選ぶのではなく、選集やまとめで読んでいました。詩は、そういう読み方でいい。

荒木経惟『センチメンタルな旅』

私が写真集というものを本気で見るようになったのは、この一冊からです。

橋口譲二『17歳』

17歳の若者のポートレートと、本人の言葉。新装版が産業編集センターから出ています。A4変型の上製、200頁。

これは、無名人インタビューに通じるところがあります。というか、私がやりたかったのはこれです。人の顔と、その人の言葉を、そのまま並べる。

メアリアン・ウルフ『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』

この章の頭で宿題を回収したやつです。文字を読むという行為が、人間にとってどれだけ新しくて、どれだけ無理のある発明なのかがわかります。

ダニエル・L・エヴェレット『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』

言語学者が、自分の理論のほうを疑いはじめる本。人の話を聞く仕事をしている人は、これ読んだほうがいい。

ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラック・スワン』

起きないと思っていたことが起きる。それだけの話を、一冊かけて叩き込んでくる。

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

なぜこうなったのか、を大きい単位で考える練習。

澁澤龍彦『黒魔術の手帖』(河出文庫)

読んでも何の役にも立ちません。役に立たない本を読む時間があることが、豊かさです。

アルフォンソ・リンギス『何も共有していない者たちの共同体』(洛北出版/野谷啓二訳)

2006年。四六判284頁、本体2,600円。

本の紹介文に、こういう問いが置かれています。

私たちと何も共有するもののない――人種的つながりも、言語も、宗教も、経済的な利害関係もない――人びとの死が、私たちと関係しているのではないか?

無名人インタビューをやっている理由を、他人に説明できないとき、私はこの一文を出します。

『小倉百人一首』

リスト1にも入れました。よく読んでました。千年前の他人の、失恋と加齢と後悔が、三十一文字で並んでる。あれ、インタビュー集ですよ。

リスト4 2018年に選んだビジネス書12冊

これは但し書きが要ります。

2018年、私は会社員をしていました。当時の会社で情報システム部門を任されていて、2月にITパスポートを取りました。そして翌2019年の2月に、その会社を辞めています。だから、その会社での最後の年です。

そのときの私が「ビジネス視点で読んだほうがいい」と選んだ12冊。だから2026年の最新リストではありません。8年前の私の選書です。それでも出します。古びてないから。

読書猿『アイデア大全 創造力とブレイクスルーを生み出す42のツール』

ジェームス・W・ヤング『アイデアのつくり方』

チップ・ハース/ダン・ハース『アイデアのちから』

ロビン・ウィリアムズ『ノンデザイナーズ・デザインブック』

P・F・ドラッカー『経営者の条件』

デール・カーネギー『カーネギー 心を動かす話し方』

細谷功『アナロジー思考』

ロッシェル・カップ『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』

ウッディー・ウェイド『シナリオ・プランニング 未来を描き、創造する』

三谷宏治『経営戦略全史』

出口治明『「働き方」の教科書』

ジョン・ガートナー『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』

この中から1冊だけ挙げろと言われたら、『アイデアのちから』です。

なぜあの話は伝わって、この話は伝わらないのか。それだけを扱った本。私はいまでも、記事を書くときにこの本の枠組みを使っています。

リストは以上です。

ここからは、読み方の話になります。


2 年間1000冊の読書をするとどうなるのか

2-1 知識が増える

まずひとつめ。単純に、知識が増えます。

で、これが単純な足し算では増えないんですよ。読めば読むほど、爆発的に増えます。

情報というものには、ひとつの情報にさらに情報が紐づいていくという特性があります。1+1が2になる増え方をしない。

たとえば、カレーです。

スパイスの本と、料理の科学の本と、世界史の本。この3冊を読んだあとで、昨日の晩ごはんのカレーをツリーで書くと、こうなります。

─カレー
 └ターメリック(黄色い色をつけるスパイス)……スパイスの本
  └ウコン(ターメリックの和名)
   └二日酔いに効くという触れこみで売っている、あのドリンク
 └コリアンダー(甘くさわやかな香りのスパイス。種のほう)……スパイスの本
  └パクチー(同じ植物。葉を食べるときはこう呼ぶ)
  └香菜(シャンツァイ)(同じ植物。中国語での呼び名)
 └胡椒……世界史の本
  └ヨーロッパが船を出した理由のひとつ
   └大航海時代
    └植民地
 └玉ねぎ……料理の科学の本
  └炒めると茶色くなる
   └メイラード反応
    └パンの焼き色も、肉の焼き目も、同じ反応

3冊が、カレー1皿の上で合流しました。

1冊ずつ読んでいたら、スパイスの話、世界史の話、料理の科学の話、で終わっていました。それが同じ皿の上で出会うと、こうなる。

これが、足し算ではない、ということです。

情報というのは互いに紐づきあって、ネットワークを作るんですね。しかも、外へ外へ伸びていく。

そして「メイラード反応」から始めても、カレーに辿りつけます。どの本から入っても、いずれ同じ網に合流する。いろんなキーワードを入口にして、いろんなルートを辿って、情報を取得していく。

そしてここからが重要なところ。

「 └ 」

この部分も、情報です。

「コリアンダー」も「パクチー」も、それぞれデータです。でも『コリアンダーとパクチーは同じ植物だ』というのも、情報なんです。

これがないと、2つがばらばらになる。

パクチーが苦手だからコリアンダーも無理だと思っていた人が、あれは同じ植物の種のほうで、香りはまったく別ものだと知る。ウコンのドリンクを飲んでいる人が、それはカレーで食べているものと同じだと知る。

そこで初めて、2つが1つになります。

AとBの関係を示す情報。ここがいちばん効きます。

読書に寄せた例でいきましょう。

「インスタ映え消費についてどう思いますか」と聞かれたとします。私の頭の中では、こういう構造が立ち上がっています。

─インスタ映え消費
 └消費行動 『消費社会の神話と構造』で、人は他人と差異化するために消費するって言ってたな
 └資本主義 『恋愛と贅沢と資本主義』で、贅沢への欲求のほうが資本主義を生んだって言ってたな
 └実体験 誰々の友達がインスタグラマーやってたな

ひとつのキーワードを、3つの視点から見ています。

もし「へえ、初めて知った」で終わった場合はこうです。

─インスタ映え消費
 └[    ]

そのキーワードとリンクするものが、自分の中に何もなかった。あるいは、紐づけようとならなかった。スイッチが入らない、ニューロンが発火しない、みたいな。

抽象化します。

─あるキーワード
 └読書で覚えた知識Aからの視点
 └読書で覚えた知識Bからの視点
 └読書で覚えた知識Cからの視点

勘のいい人はもう気づいてますね。これはさらに、視点に対する視点を作ります。

─あるキーワード
 └知識Aからの視点
  └「キーワードと知識Aの関係」を知識Bの視点から見る
   └「キーワードと知識Aの関係を知識Bから見たもの」を知識Cの視点から見る

これが、読めば読むほど知識が増えるということのモデルです。

さっきの「インスタ映え消費についてどう思いますか」に戻りましょう。

『消費社会の神話と構造』から言えば、差異化を図ろうとする消費社会に慣れきった人たちの、基本行動ですよね、という回答。

『恋愛と贅沢と資本主義』から言えば、きらびやかな贅沢をしたいという欲求のほうが資本主義を生んだ、という本ですから、映えることで消費が加速するのは順序どおりですよね、という回答。

実体験から言えば、あー、友達の友達がインスタグラマーで、映えさせまくってますよ、流行ってるんですねえ、という回答。

この中から、その場に最適そうなものを選んで答えます。

実際に全パターンを頭の中で列挙するわけではありません。将棋の棋士みたいに、なんとなくこれかな、というセンスで選ぶ。

そしてそのセンスというのも、情報です。この場でこう言えばいい、という蓄積があって、それと照らし合わせて選んでいる。

まとめます。

読書すると、知識は増える。しかも足し算では増えない。読めば読むほど爆発的に増える。

10冊読んでいる人が11冊目を読むと、その11冊目は過去の10冊とリンクが張られます。ネットワークができる。もちろん全部を記憶できるわけではないし、関連のない本ならリンクはできません。でも、ある知識とある知識は自然に結びついていきます。

私はずっと「べき乗で増える」と言ってきました。正確には、指数関数的に増える、です。数学の人に怒られる前に直しておきます。

英語の勉強で、ある時期から急に伸びるあれと同じ理屈です。頭の中に英語の情報ネットワークができてきて、ある日なんとなく分かってくる。

とにかく数を読め、というのはそういうことです。

2-2 個性、自分が作られる

ふたつめ。読書すると、自分ができます。

読書する人はよく「作者との対話」と言います。この対話が、自分というもの、自分らしさを作ってくれる。

ちょっと横道にそれます。この自己形成は、要約サイトの図解からは得にくいです。情報は得られます。でも読書という行為そのものがすっぽ抜けているので、自分は作られない。

AIに要約させても同じです。むしろ、もっと速くて、もっとすっぽ抜ける。

これは要約の悪口ではないです。情報だけ欲しいなら効率がいい。私も使います。

ただ、見知らぬ他人とのコミュニケーションを省いて情報だけ得ても、自分にはならない。コンビニの無人レジで買うのと、市場で見ず知らずの生産者と話しながら、値札のないりんごの値段を決めて買うのとでは、違います。

ここで、カフカの手紙の話をします。1904年1月27日、友人のオスカー・ポラックに宛てたものです。

こんな感じのことを言ってます。

読んで愉快になるだけの本なら、読まなくていい。愉快でいたいなら、本なんかなくたって愉快でいられるし、どうしても愉快な本が要るなら自分で書けばいい。必要なのは、そういう本じゃない。ひどい不運みたいに自分を打ちのめしてくる本だ。自分自身よりも愛していた人が死んだときみたいな。誰もいない森に置き去りにされたと感じるような。そういう本だけを読むべきだ。

そのうえで、こう書いています。

僕たちは、僕たちを咬んだり刺したりする本だけを読むべきだと思う。
どんな本でも、僕たちの内の凍った海を砕く斧でなければならない。

訳は私です。手元に訳書がないので、原文から起こしました。

自分の考え方がぶっこわれるような読書がしたい。壊れたら、また組み立て直さないといけない。

そこに、自分を作りだす源泉が生まれます。

もうすこし詰めます。

「作者との対話」とは、作者独自の文体の癖につきあいながら、伝えようとしていることを読み取ること。必要なら別のことを調べること。

「自分が作られる」とは、その作者の考えについて、自分がどう考えるかを考えること。

「自分」とは、つまり、ある考え方の集積です。

ここで、2-1のカレーに戻ります。

自分が選び取った本、いまいる環境、触れている媒体によって、得られる情報は変わります。

さっきの、これ。

「 └ 」

変わるのは「└」の中身ではありません。コリアンダーとパクチーが同じ植物だということは、誰にとっても同じです。

変わるのは、どこに「└」を張れるか、です。

カレーからメイラード反応へ伸ばす人がいる。植民地のほうへ伸ばす人がいる。二日酔いのドリンクで止まる人がいる。

その偏りが、その人です。

情報と情報の紐づけ方は人によって違う。その紐づけ方から生まれるネットワークのゆらぎが、自分らしさになっていくのだろうと思っています。

自分らしさというのは、育った環境でかなりの部分が決まります。でも、自分の頭で考えることで、自分を作り出すこともできる。

自分の頭で考えるというのは、一人で悶々とすることではないです。考えたことを人に話し、意見を受け入れたり修正したりしながら、えんえんと考え続けることです。

体力がいります。分からないことを分からないまま抱えて、ことあるごとに取り出して考える。これはほんとうに体力を使う。

それと、自分の意見を言ったときに、頭ごなしに否定されたり、あざ笑われたりしない場所が要ります。心理的な安全。それを確保するのは、けっこう難しい。

人間には、共感する、空気を読む、察するという、強力な武器があります。社会的生物としての。でも自分の頭で考えるときは、いったんこの武装を外す必要がある。

たとえば、何かの事件が起きて、タイムラインが一色になる日があります。あの日に、流れてくる意見をいったん全部せきとめて、事実だけを自分で拾い集めて、自分の解釈を作る。

できます。できるはずです。やっている人は、少ないですが。

誰も味方ではない中で、事実と自分の知識だけで、自分なりの解釈を作っていく。

人の意見に流されない、自分の考えを持つというのは、こういうことです。斜に構える必要も、少数派である必要もない。たまたま誰かと同じかもしれないし、誰とも合わないかもしれない。答えは出ません。出たと思っても、また考え続けなければならない。

そういう、不安定な動的状態にしか「自分」はない、と私は考えています。

人間の個性とは、不安げでもろい幻想の薔薇です。人工の。だから美しい。

2-3 物事に動じなくなる

みっつめ。これは前の2つが合わさって出てくるものです。そして、比較的、実用的です。

まず「知識が増える」ことによる動じなさ。

さっき挙げた『消費社会の神話と構造』は50年以上前の本、『恋愛と贅沢と資本主義』は100年以上前の本です。「インスタ映え」はここ数年の言葉ですが、本質は新しくない。

人が自分をよりよく見せたいと思って行動すること。美しくありたいと思うこと。どっちも、珍しくない。

新しいメディアで、新しい手法でやっている、という意味では驚きます。でも行動原理には驚かない。

知っていることが多くなるので、動じなくなります。人が殺し合ったり、憎み合ったり、助け合ったりすることにも動じない。歴史の上で繰り返されてきたからです。

感動がなくなるわけではありません。近づけば悲劇、遠ざかれば喜劇。チャップリンの言葉です。ロングショットのカメラが常に一台ついてまわるようになるだけで、寄りのカメラがなくなるわけではないんです。

次に「自分ができる」ことによる動じなさ。こっちは分かりやすいかもしれません。

自分は自分、他人は他人、と思うようになります。

アイドルに、自分のかわりにがんばってほしいと思わなくなる。子どもに自分の夢を託さなくなる(私は子どもがいないので、これは想像です)。

中島みゆきの「二隻の舟」という歌が、まさにその世界観です。一隻ずつの舟が、同じ海を、ひとつにならないまま進んでいく。

同じ歌を歌っていても、別々の人間です。

こう書くと、さみしいでしょうか。書いていて私もさみしくなりました。でも事実です。あなたと私は別の人間です。相手に自分の期待を投げかけるのは、やめましょう。

では読書は人間味を失わせるか。

瞬間的には、そうです。目の前で脈打っている人間を、書物の知識の砂に埋めがち。コールタールをかけるみたいに、情報のタグで相手をまみれにしがち。

でも、いったん埋めて、埋まったあとに、生身が立ちあがってきます。私には心臓あるぞ、って顔をして。最初はどうしてもステレオタイプで判断してしまう。そのあとで、人間性が血しぶきをあげながら立ちのぼってくる。

最後にひとつ注意を。

一知半解は無知にも劣る。

知ったような顔をしてはいけない。知るほどに、知らないことは増えます。

ソクラテスは「文字を書くな」と言ったそうです。理由は、書き留めてしまうと人は覚えなくなり、知恵があると思い込むようになるから。

その言葉を、弟子が書き留めて、本にした。

おかげで、いま残っている。

SNSでもそうですね。利口な投稿をリポストしたからといって、あなたが利口なわけではない。


3 どうして年間1000冊の読書をしたのか

ここでちょっと余談を。

どうしてただの会社員が、年間1000冊なんてことをしたのか。

実際にやったのは30代後半の2年間だけです。

1000という数字を達成するのは、きついです。学者さんは年間どれくらい読んでいるんでしょうかね。

私は小中高と、飛び抜けた読書家ではありませんでした。ライトノベル、グイン・サーガ、星新一、筒井康隆、芥川龍之介、太宰治。熱心に読んではいましたが、ほんとうに読んでいた人には遠く及ばない。学校の図書室の棚を端から端まで読むようなタイプ、文学全集を全部読むようなタイプ。ああいう人たちのことです。

20代半ばくらいから、年間100冊を目標にしていました。でも、まあ、だからどうしたと思って、目標を上げました。300、500と。500を目指したときに、これ1000もいけるんじゃないかと思ったら、行けた。

それだけの話です。ちょっとずつ目標を上げていっただけ。

ちょっとリッチな語彙が欲しい、一般教養が欲しい、くらいなら年間100冊で満たせると思います。ビジネス書や実用書だけだと難しいかもしれないので、1割くらいエッセイや小説を混ぜるといいです。


4 年間1000冊の読書のやり方

ここからは具体的な話です。細かいことを、ぽんぽん並べていきます。

a 計画を立てる

時間の使い方から決めろ、です。

1000冊読むには、月に83.3冊。週に約20冊。1日2〜3冊。

まずこの配分を設計してください。

仮に1日の自由時間が120分だとします。新書1冊を30分から1時間で読めるなら、残りを絵本や写真集、薄めの詩集、句集で埋めてください。

目標は1000冊読むことです。大学の教科書クラスを1000冊、ではないです。絵本だって1000冊読めば、頭の中に十分なネットワークができます。絵本を1000冊読んだ人間が、ニュースを見て一人前の意見を言えるようになる。私はそう思っています。

・自由時間120分
 +新書 30分
 +絵本A 10分
 +絵本B 10分
 +絵本C 10分
 +詩集 30分
 +写真集 30分
 =120分

実際には飲みに誘われたり、連絡が来たりして、机上のプランどおりにはいきません。でも1日5冊読める日があれば、翌日を減らせるし、手ごわい本と対決する時間も作れます。

目標は、何を、ではなくて、1000という冊数です。

目的、目標、指標に整理すると、こうなります。

目的 知識を増やす、自分を作る、物事に動じなくなる
目標 1000冊読む
指標 月83.3冊、週約20冊、1日2〜3冊

ただし、1000冊に挑む場合、日常のスキマ時間は全部読書、土日は図書館にひきこもり、という生活になります。そこは事前に覚悟してください。

b 図書館のそばに住む

1000冊読んだとき、自分で買った本は数冊しかありませんでした。

全部自費だと、めちゃくちゃかかります。1冊100円でも10万円。全部新刊で1000円超えなら100万円です。経費で落ちる人やお金持ちなら別ですが、そうでないなら図書館に行くしかない。あるいは図書館みたいに蔵書している友達を作る。

私は会社、図書館、自宅がすべて10分圏内でした。というか、たまたまそういう配置だった。会社帰りに借り、出社時に返す。この体制がないと難しいです。

そして図書館はWebから予約ができます。借りたい本をWebで予約しておくと、カウンターで図書館員さんが用意して渡してくれる。

ここ、重要です。図書館で10冊探すのは、かなり時間のかかる作業です。時間に余裕があれば楽しい作業なんですが、目標は1000冊読むことなので。

それから、現場でいちばん重要なのはバッグです。

想像してください。10冊以上の本を受け取って、持ち運ばなければならない状況を。小学生がランドセルを背負って重そうにしているあれです。図書館に不満があるとすれば、電子ではなく紙の本を物理的に移動させなければならないところですね。

私は、好きな人からもらったキャンバス地のエコバッグを使っていました。その人はもう結婚していたので、使うたびに思い出して、すこしさみしくなりました。

本を運ぶというのは、こういうことです。肩に食い込む重さと、そこにくっついてくる思い出。中世ヨーロッパの学生は、どうしていたんでしょうかね。

c 本の選び方

一般的には、ここがいちばん重要かもしれません。

本を読むというのは、ある角度から見れば、読まなくていい本をどう避けるか、という話です。避け方はdの読み方のところで書きます。

ただし、1000冊に挑んでいるあいだは話が別です。とにかくまず、本を入手してください。読むべきかどうかの選考会に時間を使うより、読むほうを優先する。避けるのは、手に取ったあとでいい。

私の選び方は3通りです。

c1 新着図書から選ぶ

私の住む自治体では、新着図書検索ができました。誰でもできるとは限らないのが申し訳ないですが。

これを2週間おきにやって、その2週間で入荷した本から気になったタイトルをどんどん予約していきました。多いときで1回に約50冊。2週間に1回なので、月に約100冊。

この作業だけで30分くらいかかります。2週間で入荷するのは自治体全域で約1000冊。そこから選び出すのは時間がかかる。だから、さっさと選んでいっちゃいましょう。

「初めての遺言」「初めてのセキュリティ」みたいなタイトルが並んでいる。あ、ぜんぜん知らない。はい、クリック。

c2 カテゴリー、分類、キーワードから選ぶ

たとえば私が「街づくり」「地政学」「交渉学」に興味を持ったとします。このあたりは検索して、一度に10から20冊くらい、類書をまとめて狩ります。

借りる、というより、狩る。そのほうが正確です。

情報はお互いに繋がってネットワークを作るので、関連した本を一度に読むほうが、相互補完してくれて理解しやすい。

Aという本では分からなかった用語が、Bという本では分かる。よくあります。Bの説明が上手だったのかもしれないし、類書を読むうちに理解に必要な周辺情報がネットワーク化されていたのかもしれない。

ビジネス系なら「行動経済学」あたりで検索すると大量に出てきます。どれだけ違う本に同じことが書かれているか、気づくきっかけになります。

c3 図書館内をふらつく

余裕があれば、図書館の中をうろつきます。

図書館をうろつくこと自体が、贅沢な趣味ですね。分類番号ごとの書棚を、社会科学から文学へ移動していく。ふらふら歩く。

本の中には、たくさんの情報が書かれています。情報というと足りないでしょうか。誰かが考えたことを、たくさんの時間を使って書いたもの。それが本です。

一冊一冊に、情熱や嫉妬や、何かを原動力にして書かれた文章が収められている。図書館は、それがずらりと並べられた非日常の空間です。本屋さんでも大丈夫です。

私はITの仕事をしてきたので、そういう長い執筆時間をどう削減するか、を考えてしまう人間です。でも、長い時間をかけて書くという作業に込められた思想、思考、想念の存在には、恐れをなします。

人の思考を、人の行動が規定しています。手を動かす人は、手の動きに基づいた思考をする。エクセルばかり使う人は、エクセルの表に収まるように情報を整理する。パワーポイントを使う人は、どうスライドに配置するかを考えがち。

話が逸れました。

1000冊という数字にたじろいで、味気なさを感じたときは、書棚のあいだをすりぬける散歩をするといいです。気になった本を2冊でも3冊でも手に取って、ぱらぱらめくって、気になったら借りればいい。嫌なら戻せばいい。気ままでいいです。

2章で1000冊の効能を書きました。あれは本当です。ただ、1000という数字のほうは方便です。千というマジックな数字を掲げて、呪術的に自分を鼓舞するための。

ほんとうのところ、読書は愉しみで、深い快楽で、ほぼ生きる意味と同義なのだという、耽溺のほうを思い出してください。

ひとつ言えるのは、1000冊という無茶の向こうにあるのは、読書の快楽のブーストだということです。

読むことで人生はより気持ちよくなります。快楽は教養に比例します。

ひとつのことを知ったとき、あなたの頭の中はいくつもの情報、情景、情緒をひきつれてきます。通勤通学でよくある出来事、電車で学生が老人に席をゆずったみたいなエピソードを目の前にしても、平安時代のことと結びつけて考えるかもしれないし、学生服と着物の歴史に思いを馳せるかもしれない。

頭の中でイメージが、格言や映像や記憶がないまぜになって、プリズムの中で光が乱反射するように、合わせ鏡の中で思考が飛び跳ね転げまわるに任せて、きっと我を忘れる。

忘我のひとときが、何度となく訪れます。

図書館の中をふらつくのは、おすすめです。

d 読み方

本を読むために書いた文章なのに、読み方がずいぶん後回しになりました。読み方はそんなに重要じゃないのかもしれません。

年間1000冊のときの読み方で必要だったのは、読まないという選択肢を入れたことです。

なんだ読まないんじゃん、と思うかもしれません。でも、読まなくてもいいと思った本を、読まなくてもいいよなと思いながら一言一句読むのは、難しいです。

正確に言うなら、「1000冊読んだ」の中身はこうです。

1000冊の目次と中身をパラ見して、300冊くらいは拾い読みして、そのうち100冊はわりと読んで、中でも10冊はかなりしっかり読んだ。

d1 読まない

読むべきかどうかは、わりとすぐ決められるようになります。

読まないパターンは3つ。過去に読んだものの焼き直し。読む価値がない。足がかりがなくて難しすぎる。

焼き直しは、読めば読むほど分かります。

読む価値がない、は、いい本に出会うたびに感度が上がります。

難しすぎる、は、その分野の入口になる本を先に1冊はさめば解決することが多いです。だから、知らない分野だから読まない、ということではありません。知らない分野は、むしろどんどん借りてください。

もちろん自分の感覚は無敵ではないので、当たり外れはあります。でも、この本は外れかもとおそるおそる読み進めるより、ばつんと止めたほうがいいです。

あとで友人に良書だと教えられたり、書評で取り上げられていたりしたら、そのときに読み返せばいい。

その本への信頼を失った状態で読んで、何も分からないまま終わる。そっちのほうこそ避けるべきです。

ショーペンハウアーの言い方を借りれば、良い読書の近道は、悪書を読まないことです。

d2 読み合わせ

1000冊に挑むとき、多くの人が初めて直面するのが、1日に複数の本を読まなければならないという事態です。

何冊か並行して読むことはあるかもしれません。でも、その日のうちに数冊を読み終える必要があるというのは、職業的読者くらいのものです。

門外漢がそれに挑むとき、その日のノルマを全部、大家や巨匠の意欲作や集大成で構成するのは避けたほうがいいです。ビッグタイトルは数時間では読めません。1週間かけて読む、にしましょう。

献立で書くと、こうなります。

・ステーキ コンラート・ローレンツ『攻撃』
・ご飯 小林カツ代の料理エッセイ
・みそ汁 ナツメ社のマーケティング本
・サラダ 梅佳代の写真集

1000冊を目指さないなら、これを1週間かけて読んでもいいですね。

d3 メモしない

読書中にキーワードをメモったほうが理解できる。これは確かにそうです。私も学生のころから、1000冊をやるまでの20年近く、その読み方でした。

が、時間がかかります。だから1000冊のときはやらない。

かわりに、写真を撮りました。

写真にしておけばいつでも見返せる。でもそれは理解ではないですよね。そのとおりです。

いまは、写真を撮ってAIに投げています。速い。でも、速いだけで、理解ではないところは変わっていません。

では内容を深く理解する方法は何かというと、類書をさらに読む、です。情報のネットワークのところで書いたやつです。

もうひとつ、定着には他人への説明が効きます。この本が楽しかった、こういう風に楽しかった、と他人に説明する。やってみてください。

読んでいるあいだだけ分かった気になっても、仕方がないです。さっと説明できなかったら、説明しながら本を拾い読みしてあげてください。どこを読めばいいか分からなかったら、まあ仕方ない、重要だと思ったページ数くらいはメモっておきましょう。

手元に本がなければ、また借りるか、また今度説明する機会を作る。そうやって抜け漏れを点検して、整備していく。そのうち、自分なりの定着のさせ方が見えてきます。

正直、手書きやデジタルのメモから写真に切りかえるのは、不安でした。すっからかんで読書が終わっちゃうんじゃないの、と。

でも大丈夫です。わりと残ります。

あ、メモを残しちゃいけないわけじゃないですからね。取りたいときは存分にどうぞ。


5 それでも年間1000冊は無理だという方へ

ここまで、1000冊読書の意味と方法を書いてきました。

で、これを読んで実践してくれる人は、どれくらいでしょうか。1割いないと思います。

「人は好きな人からしか学ばない」という言葉があります。私を好きでなければ、試そうとしないだろうなと思います。

でも、それでもいいです。他の人の読書のすすめを読んで、読書してもらえたらそれでいい。私がきっかけである必要はない。

ちなみに「人は好きな人からしか学ばない」はゲーテの言葉です。私はこれをマンガで知りました。

マンガでもぜんぜん構いません。

文学だけとか、ミステリだけとか、ビジネス書だけとか、そんなんじゃなくていい。詩でも写真集でもいい。料理のレシピ本やインテリアのルックブックをぱらぱらめくるだけでいい。画集でも。

田村隆一や最果タヒの詩を、植田正治の写真を、眺めるだけでいいのです。

繰り返しますが、量が質を作ります。1000という数字に乗っかったぶんだけ、進みます。


6 知識を知恵に変えるには

補足です。

情報や知識だけ増えても、使えない頭でっかちになるのでは。この疑問について、考えてみます。

情報の分野に、DIKWモデルというものがあります。

data データ
information 情報
knowledge 知識
wisdom 知恵

2-1のカレーに、もう一度戻ります。あれで埋めます。

データ コリアンダー。パクチー。
情報 コリアンダーとパクチーは同じ植物だ。
知識 ひとつの実体が、文脈によって別の名前で呼ばれることがある。
知恵 まったく別の分野で初めて見たものにも、同じ型を当てて予測できる。

データは点。情報は点と点を結んだ線。知識は、線と線を比較して抽象化した理解。知恵は、その知識を他の分野に適用したものです。

知恵の例を出します。

ファーストガンダムの総監督は富野由悠季さんです。そしてガンダムの楽曲の作詞クレジットには「井荻麟」という名前がよく出てきます。

これ、同じ人です。ペンネームです。

ついでに言うと、当時のクレジットは「富野喜幸」でした。同じ人に、名前が3つある。

スパイスの本で覚えた型を、アニメのクレジットに当てられた人は、これを初めて聞いても驚きません。ああ、コリアンダーとパクチーと同じ話か、で終わる。未知のパターンではないので。

さらに言えば、何かを見たときに、これはもしかしたら別名があるかもしれない、という前提で考えられるようになります。

じゃあどうやってデータを知識に、知識を知恵にするのか。

すみません、私にもまだ分かりません。

ただ、これも「ああ、あのパターンと同じか」という日常的な感覚と同じなのかなと思っています。用例を知れば知るほど、情報を詰め込めば詰め込むほど、情報は知識にバージョンアップするし、知識は知恵に変わっていく。

たぶん、そういうことです。


7 ここまで読んでくれた方へ

長い文章におつきあいいただき、ありがとうございました。ここからは後書きです。

冒頭の数字の話をします。

2017年に1,022冊読んで、2018年に997冊読んで、2019年に365冊まで落ちた。

あの理由です。

2019年の5月でした。目のことがわかったのが。40歳。

緑内障です。視神経がだんだん傷んで、視野が欠けていく病気です。欠けた視野は戻りません。治療というのは、進行を止めることです。目薬で眼圧は下げていて、当時は目が疲れやすいくらいでした。

もうひとつ、左目だけ白内障でした。白内障はふつう、もっと歳をとってから出るものらしいのですが、私は当時40歳でした。

家系としては、たぶん白内障家系です。ただ、こんなに早く出たのは、目を酷使しすぎたからかなあ、と思っています。年に1000冊読んでいた人間ですからね。

読めなくなりました。

2019年が365冊で止まったのは、これです。2年前の3分の1です。

そして2020年の7月に、左目の手術をしました。白濁を取り除いて、人工レンズを入れる。

手術直後に書いたのが、2020年版のこの後書きです。視界はクリアになった。でも眼鏡の度が合っていない、と。右目の悪い視力に合わせた人工レンズを左目に入れたので、もともと持っていた眼鏡では合わない。手術から間もないので、状況が落ち着くまで1か月くらい、眼鏡を作るのを待っている、と。

そして、こう書きました。

以前と同じようには本を読めないのだと思うと、今までのことを整理したくなり、書きました、と。

この文章は、私が本を読まないことによって何を失うかの、自分に対する解説書です、と。

で、2026年です。

いまの目の話を書きます。

もともとが超近眼です。0.06とか0.05とか、そういう数字。

そこに、2020年の手術で人工レンズが入りました。人工レンズは、ピントを動かせません。左目は、焦点距離の調整ができない目になりました。

つまり、手術でガチャ目になったということです。左右がそろわない。

その左目は、そのうえで視力が落ちていっています。単純に、落ちていく。疲れやすい。眼鏡も、また合わなくなってきました。

右目。手術のときは正常でした。それが去年、こちらにも白内障が出ました。進んで、白く曇っています。

緑内障は、どんどん悪くなっています。

つまり、こうです。

右目は、曇って見えない。

左目は、眼鏡が合わない。

そしてそもそも、超近眼。

ご飯屋さんのメニューは、顔を近づけないと読めません。

読書も、同じ状況です。

本は、いまでも月に5、6冊は図書館から借りています。借りるようにしている、と言ったほうが正確かもしれません。

ただ、読み方が変わりました。

さっと読む。そのあと、AIを使って、その本について調べ物をする。

本を読んでいるというより、本を借りることをトリガーにして、ものを調べている。そういう状態です。

2-2で私は、AIに要約させても自分は作られない、と書きました。

いま私がやっているのは、それです。

だから、正直に書きます。

私の人生から、読書は、いまのところ消えています。

2020年の私は「以前と同じようには読めない」と書きました。その先です。同じようには読めない、ではなくて、消えた。

右目は、手術をすればかなり改善されると思います。私の場合は、という話です。2020年に左目でやりました。だから、どういうものかは知っています。

でも、していません。

こわいからです。

改善されると分かっていて、それでも恐怖心のほうが勝つ。それが、いまの私です。

あのとき私は、失ったものを数えていました。

幸い、過去にまとめて読書しておいて良かったと思います。反面、これからはあまり読書から情報を供給できないんだなとも思う。一方で、老化を、加齢というものを早いうちに体感できて良かったとも思っています。

もっと本の文字を大きくしてくれないか、とか。もっとディスプレイの文字を大きくしてくれないか、とか。

とまれ、その時その場所でしかできないことは変わっていきます。わがままを言っても仕方がない。まあ気楽に、苦しゅうない。

生き延びるための力はいくつかあると思われますが、そのひとつに「どんな悪環境でも楽しみを見い出すことができる人間は、どこでも生き延びられる」というものがあります。

これはどこかで読んだ話ですが、捕虜収容所の地面で、蟻が這いまわる様子に夢中になれる人間は、生き残る力が強いのだそうです。どんなものにも生きがいを発見できるから。

ただ、それで得た生に価値などあるか?


この記事の元になった、2020年の記事です。6年前の私は、こう書いていました。

同じ年に、もう1本書いています。こちらは短いです。



さて。ここからは告知です。急に声の高さが変わりますが、ご容赦ください。

年間1000冊、読書術、多読。そのあたりで検索して、ここにたどり着いた方へ。

量は効きます。ほんとうに効きます。ただ、読めるうちに読んでください。私は40歳で緑内障と白内障がわかりました。緑内障のほうは、自覚症状がないまま進みます。違和感がなくても、一度、眼科で診てもらってください。

リスト1に、無名人インタビューを作った7冊、というのを置きました。あれを見てもらうと分かるとおり、私はあれを小説のつもりでやっています。

本を読むというのは他人と対話することだと、私はこの記事に書きました。

同じでした。

本の中の人と、目の前の人と。

どっちも、私の知らない誰かです。

そして私のメインの活動は、無名人インタビューという無料のインタビュープロジェクトです。もし、ご興味があれば、人生を残すこのプロジェクトにご参加ください。本の話がなくてもいいですよ!



私のお仕事は、コーチングです!

自分の人生から物語を見出し、コミュニケーションしながらそれを個人だけではなく身の回りの世界にまで浸透させていくのを得意としています。

今回の記事を読んで、私の価値観や考え方に興味を持っていただけたなら、ぜひご利用いただけたらと思います。

「なんじゃそりゃ?」「興味あるかも」の方!

詳しくは、こちらの記事をお読みくださいませ。



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