「楽しくもなかった」休んだ日のことを、その子はそう話した|不登校・行き渋りの朝に、僕が聞かない2つのこと
「楽しくもなかった」
休んだ日のことを、その子はそう話してくれました。
僕が運営しているフリースクールでの話です。
学校じゃありません。
僕のところでも、「今日は休みたい」という子がいます。
担当して4年目になる、今でも。
そして僕は、それでいいと思っています。
フリースクールなのに?
そう思いましたよね(笑)。
はじめまして。
沖縄でフリースクールを運営している、うっし〜です。
16年間、650を超える家族の不登校に関わってきました。
この記事では、休んでいたその子が久しぶりに来た朝、僕が何を言って、何を言わないのかをお話しします。
もし今、
「今日休ませたら、明日も休むんじゃないか」
「このまま不登校になったらどうしよう」
そう思いながら、毎朝わが子の顔を見ているのなら。
読み終わるころには、明日の朝の一言が、少しだけ軽くなっているはずです。
「勉強、ついていけなくなりませんか?」
「今日、学校を休みたい」
子どもがそう言ったとき、親御さんの頭には、心配が次々に浮かびます。
休み癖がついたら?
進学は?
中でも、僕が本当によく聞くのが、
「勉強、ついていけなくなりませんか?」
という言葉です。
16年、何度この言葉を聞いてきたか、もう数えられません。
僕は、それを責めようとは思いません。
大切なわが子だから、困ってほしくない。
できることなら、傷ついてほしくない。
その心配は、愛情そのものですよね。
だから僕は、こういうとき「2S問題」の話をします。
学校の授業は、基本的に
みんなが同じSpeed(速さ)で、同じStyle(学び方)
で進みます。
でも、理解する速さも、しっくりくる学び方も、本当は一人ひとり違います。
だから、
「学校を休んだ=勉強についていけなくなる」
とは限りません。
むしろ考えたいのは、
この子に合う速さと、この子に合う学び方があるか。
休んだ日数を数えることより、
僕はそちらのほうがずっと大事だと思っています。
この話をすると、多くの親御さんが「なるほど」とうなずいてくれます。
「楽しくもなかった」
話を、4年目のあの子に戻しますね。
休んだ日のことを、僕から聞いたわけではありません。
本人の口から、ふっと出てきた言葉です。
「考えちゃって、何も手に付かなかったし、楽しくもなかった」
この言葉を、僕はずっと覚えています。
休むって、外から見ると「楽をしている」ように見えることがあります。
学校へ行かず、家にいる。
布団にもぐっている。
スマホを見ている。
ゲームをしている。
ゴロゴロしている。
でも、その子にとっては、
楽しくもない一日だった。
「休んじゃったなぁ」
そんなことを考えながら、自分の中で何度も何度も対話していたんだと思います。
外から見たら、何もしていない。
何も感じていないように見えるかもしれない。
でも、何も考えていないわけじゃない。
むしろ、考えすぎるくらい考えている子もいます。
大人が答えを出してあげなくても、子どもは子どもなりに、自分のことを考えています。
久しぶりに来た朝、僕が言うこと
じゃあ、その子が久しぶりにフリースクールに来た朝。
僕は何て言うと思いますか?
「よっ! お疲れ」
「おはよう」
……それだけです。
いつもと一緒(笑)。
「どうしてた?」
とは聞きません。
休む、休まないは、本人が決めたことだから。
それに、「どうしてた?」と聞いた瞬間、休んでいた時間が、
「説明しなければならない出来事」
になってしまうことがあります。
あの子はもう十分、自分の中で考えてきた。
だったら、戻ってきた朝くらい、
いつもの朝でいい。
僕はそう思っています。
家の朝は「言うこと1つ、聞かないこと2つ」
これ、家庭でも使えると思います。
言うことは、一つだけ。
「おはよう」
いつもと同じ温度で。
休んだ翌朝も。
何日かぶりに起きてきた朝も。
久しぶりに学校へ行きそうな朝も。
「おはよう」。
そして、僕なら聞かないことが二つあります。
一つめは、
「どうしてた?」
二つめは、
「今日、行く? 行かない?」
二つめまで?
と思うかもしれません。
でも、そもそも毎朝、大人が決めさせなくてもいいと思うんです。
行きたきゃ、行く(笑)。
もちろん、そんなに単純じゃない日もあります。
行きたいけれど、身体が動かない日もある。
行きたいのか行きたくないのか、自分でもわからない日だってある。
だからこそ、
毎朝「行く? 行かない?」と答えを求めなくてもいい。
大人の仕事は、毎朝その子に結論を出させることではないと思うんです。
「でも、学校への欠席連絡は?」
ここで引っかかる親御さんも多いですよね。
「本人に聞かなかったら、いつ学校に連絡すればいいの?」
答えはシンプルです。
家を出る時間が過ぎたら、親から連絡すればいい。
たとえば、
「今日はお休みします。しばらく様子を見ますので、よろしくお願いします」
これくらいでいい。
「しばらく様子を見ます」と一言伝えておくことで、毎朝細かく説明しなくて済む場合もあります。
僕が見ている範囲では、今はこうした対応で問題にならない学校も多くなりました。
学校がまず知りたいのは、子どもが無事かどうか。
先生たちも、気にかけてくれています。
だから、欠席連絡を「責められるための連絡」にしなくていい。
子どもは無事です、と伝える連絡でいい。
もちろん、学校によって連絡方法や時間、必要な手続きは違います。
そこだけは、それぞれの学校と確認してくださいね。
「休ませる」がゴールじゃない
ここは、とても大事なので書いておきたいです。
僕が言いたいのは、
「子どもが休みたいと言ったら、とにかく休ませればいい」
ということではありません。
休ませることをゴールにしたいわけでもない。
僕が大事にしたいのは、
自分で選べることです。
休みたい日は、休める。
行きたい日は、行ける。
途中まで行って「今日は無理だ」と思ったら、戻ることもできる。
休んだあとに「やっぱり行こうかな」と思ったら、また行ける。
昨日と今日で選択が変わってもいい。
人間って、本来そういうものじゃないでしょうか。
行きたい日に、行ける場所があるか
だから、休むことを認めるだけでは、僕は半分だと思っています。
もう半分は、
「行きたい」と思った日に、行ける場所があること。
行きたいのに、行ける場所がない。
戻りたいのに、
「今まで何してたの?」
「明日からちゃんと来られる?」
「もう休まない?」
そんな説明や約束を求められる。
それは、かなりキツいだろうなぁと思うんです。
だから僕は、
休みたい日は休めばいいと思っている。
同時に、
「行こうかな」
と思った日に来られるように、ここを開けておく。
どっちも手放しません。
選び直せる場所
最近、僕は思います。
戻れる場所というのは、建物のことだけじゃないんですよね。
学校。
フリースクール。
家。
もちろん、それも場所です。
でも本当に必要なのは、
「もう一度、自分で選び直しても大丈夫」と思える場所
なんじゃないでしょうか。
昨日休んだからといって、今日も休まなければならないわけじゃない。
昨日行ったからといって、今日も行かなければならないわけでもない。
その日の自分を見ながら、また選べる。
そして選び直して戻ってきたときに、
「なんで?」
ではなく、
「おはよう」
と迎えてもらえる。
4年目のあの子を、いつもと同じ「おはよう」で迎えるのも、きっとそのためです。
最後に
「休みたい」
そう言ったわが子を前に、
あなたはきっと、たくさん迷ってきたと思います。
迷うのは、大切に思っているから。
それだけで、もう十分です。
明日の朝は、
「おはよう」
まずは、それだけ。
聞かなくていい。
急がなくていい。
休みたい日は、休める。
行きたい日は、行ける。
そして、どちらを選んでも、また選び直せる。
僕がつくりたいのは、
「休んでもいい場所」だけじゃありません。
自分で選び直して、いつでも戻ってこられる場所です。
だから僕は、
今日もここを開けて待っています。
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▶︎「やってみたら?」と言うほど、子どもはやらなくなる https://note.com/ushimanabi/n/nbe184a792fe4
「うちの子、今どこにいるんだろう」と迷ったら
休むか、行くか。その前に知っておきたいのは、わが子と自分が今どのあたりにいるかです。
段階によって、今日やっていいことと、まだやらないほうがいいことが変わります。
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