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「やってみたら?」と言うほど、子どもはやらなくなる

不登校の子が、やる前に降りている理由

フリースクールを始めて間もないころ、僕はひとつ、大きな勘違いをしていました。

やらない子には、誘えばいいと思っていたんです。

僕は沖縄で、不登校の子と保護者の支援を16年続けています。関わったご家庭は650を超えました。今は児童館で子どもたちと過ごしながら、フリースクールと、子ども向けのAIスクールを運営しています。

その16年で、いちばん最初に叩き込まれた教訓が、この記事の話です。ある日の、ボード遊びの場面で起きました。

読み終わるころには、「うちの子、何にも興味を示さない」という悩みが、たぶん別の形に見えています。そして、今日の夕方から試せることが一つ増えているはずです。

1.その日、部屋の隅で起きていたこと

ひとりの男の子が、リップスティックを持ってきました。

前後に小さなタイヤがついていて、体をひねりながら進む、あのボードです。

彼は、はっきり言って下手でした。すぐバランスを崩すし、まっすぐ進まない。それでも彼は、何でもとりあえずやってみる子でした。転んでも、へらへらしながらまた乗る。

その様子を、少し離れたところから見ている子がいました。

アイスホッケーを本格的にやっている、運動神経のいい子です。体の使い方も、バランス感覚も、明らかに彼のほうが上でした。

だから僕は、軽い気持ちで声をかけました。

「やってみたら?」

彼は、やりませんでした。

もう一度誘っても、やらない。かたくなに、動かない。

正直、そのときの僕は「まあ、気分じゃないんだろう」くらいに思っていました。

まったく分かっていませんでした。

2.できないのではなく、見せたくなかった

あとから考えれば、答えは単純でした。

彼がやらなかったのは、運動が苦手だからではありません。むしろ逆です。

自分のほうが運動神経がいいはずだ、という自覚があった。だからこそ、うまく乗れない姿を見せられなかった。

考えてみてください。もし彼が乗って、下手だったら。すぐ転んで、まっすぐ進めなかったら。

その場にいる全員の頭の中で、順位が入れ替わります。「アイスホッケーやってるのに、あの子より下手なんだ」

そんなことは、誰も口には出しません。でも彼は、それが起きることを正確に予測していました。

だから、乗らない。

これ、計算としては完全に正しいんです。

やらなければ、負けません。

その場にいた誰も、彼を評価していませんでした。テストでもないし、点数もつかない。それでも彼は、自分で評価の場をつくって、自分で降りていた。

僕はこのとき、はじめて理解しました。

子どもは、大人が思っているよりずっと早い段階で、やる前に自分で自分を判定している。

3.「やってみたら?」は、評価の予告に聞こえている

ここが、この記事のいちばん大事なところです。

僕が善意で言った「やってみたら?」は、彼にはどう届いていたか。

「これから、君がうまくできるかどうか、見ているよ」

そう聞こえていたはずです。

だって、誘った人は必ず見るからです。誘っておいて見ない人はいません。しかも、うまくいったら「おお、やるじゃん」と言うでしょう。それはつまり、うまくいかなかったら、その言葉はもらえないということです。

だから、誘えば誘うほど、その子にとってその場は「評価される場」になっていきます。

「やってみたら?」 「大丈夫、失敗してもいいから」 「誰も気にしないよ」

全部、逆効果です。優しく言えば言うほど、**「これは、そういう場面なんだ」**という枠が強化されます。

親御さんが家で消耗しているのは、たいていここです。

言葉を変えても、トーンを変えても、タイミングを変えても、動かない。当然です。言葉の中身の問題ではないからです。

4.僕がやったのは、励ますことではありませんでした

では、そのとき何が起きたか。

僕がしたことは、たったひとつです。

自分でやってみせました。

もちろん、初めてです。ボードに足を乗せた瞬間、すってんころりん。子どもたちの前で、思いきり転びました。かっこ悪いなんてものじゃない。

そのあと──

さっきまで頑として動かなかった、あの運動神経のいい子が、やってみていたんです。

僕は何も言っていません。

「ほら、大人だって転ぶよ」も言っていない。「だから大丈夫だよ」も言っていない。何か言っていたら、たぶん台無しでした。

効いたのは、言葉ではなく証拠のほうです。

この場所では、下手な姿をさらしても、何も起きないらしい。

その証拠が一度立った。それだけです。

そして、この証拠を出せるのは、その場でいちばん立場が上の大人だけです。子ども同士では成立しません。下手な子が転んでいるのは、彼にとって「証拠」にならなかった。むしろ危険信号でした。

大人が転んで、はじめて場のルールが変わります。

5.なぜ、やる前に降りるようになるのか

こういう自己判定は、生まれつきではありません。育ちます。

そして、何が育てているかというと──成績表ではないんです。

小学校低学年の通知表は、そんなに厳しくありません。3段階で、所見中心。あれで萎縮する子は、そう多くない。

効いているのは、1日に何十回も走る、記録に残らない評価のほうです。

  • 手を挙げて、当てられる子と、当てられない子

  • 丸つけの列に、早く並べる子と、まだ解いている子

  • 「終わった人から座っていいよ」の、座る順番

  • 音読で、みんなの前で読まされる時間

  • 給食を食べ終わるのが、いつも最後になること

  • 図工の作品が、教室の後ろにずらりと並べられたとき

どれも成績には残りません。先生が誰かを責めたわけでもない。

でも子どもは、教室の中の自分の位置を、毎日更新しています。

そして、これを何年も続けた子の中に、こういう結論にたどり着く子が出てきます。

「言われたことだけ、きちんとやろう。それ以外は、手を出さない」

これがいちばん損をしない戦略だからです。合理的なんです。

ただし、**全員がこうなるわけではありません。**この環境でも平気で手を挙げ続ける子はいるし、比べられることが燃料になる子もいます。

問題は、降りた子が騒がないことです。

指示には従うし、真面目に見えるし、迷惑もかけない。教室では、むしろ「いい子」として通ります。だから誰も止めません。気づかれないまま、何年も進みます。

そして念のため書きますが、先生が悪いという話ではありません。

30人以上を一人で見て、時間内に進めて、全員の理解を確認する。この条件で「評価をゼロにする」のは、構造的に無理です。仕組みがそうなっている、というだけの話です。

だから、犯人探しをしても、うちの子の明日は変わりません。

変えられるのは、家に一つだけ例外を置くことです。

6.ただし、「いつから降りているか」で打ち手が変わります

家でできることを書く前に、一つだけ。

ここまで読んで「うちの子もそうかもしれない」と思われた方は、たぶん次にこう考えたはずです。

いつから、そうなっていたんだろう。

これは、とても大事な問いです。なぜなら、降りてからの時間の長さによって、今日やっていいことが変わるからです。

降りたばかりの子なら、大人が一度転んでみせるだけで、わりとすぐ足が動きます。

でも、何年もかけて降り切った子に同じことをすると、**「うちの親、何かの本でも読んだのかな」で終わります。**むしろ警戒される。この段階でまず必要なのは、誘うことでも、転んでみせることでもなく、評価が完全にゼロの時間をつくることのほうです。

同じ行動が、時期によって効いたり、逆に働いたりする。

不登校がややこしいのは、ここです。良かれと思ってやったことが裏目に出るのは、方法が間違っていたからではなく、順番が合っていなかったからであることが、本当に多い。

そしてもう一つ、大事なことがあります。

順番を決めるのに必要なのは、子どもの状態だけではありません。親であるあなたが、今どこにいるかです。

650の家族を見てきて分かったのは、親の側にもはっきりした段階があるということでした。戸惑っている時期、焦って怒ってしまう時期、自分を責め続ける時期、力が尽きる時期。そして、そこを抜けたあとの時期。

同じ「親が下手をやってみせる」でも、力が尽きている時期の人がやると、続きません。続かないと、今度は「私はダメだ」が増えるだけです。それは避けたい。

なので、次に書く3つも、全部を一度にやらないでください。今の位置に合うものを、一つだけです。

7.家で今日からできる、3つのこと

① 親が、下手なことをやってみせる

いちばん効きます。声かけの何倍も効きます。

子どもが得意なゲームを、ボロ負けするまでやる。子どもが弾いている曲を、つっかえながら弾いてみる。やったことのないことを、その場で始めてみる。

**うまくやろうとしないでください。**下手なところを見せることが目的です。

そして、転んだあとに何も言わないこと。「ほらね」も「難しいね」も要りません。**黙って、もう一回やってください。**それが証拠になります。

②「すごいね」を、少し減らす

これは意外に思われるかもしれません。

でも、褒めるのも評価です。

「すごいね」「上手だね」と言われた子は、次にこう考えます。「じゃあ、すごくなかったら?」

上手さを褒めると、上手/下手の軸がその場に立ちます。立った軸は、次に自分が下手だったとき、そのまま自分に返ってきます。

代わりに、やったこと自体に反応してください。

「お、それやってるんだ」 「へえ、そうやるんだ」

評価ではなく、ただの関心です。地味ですが、これは軸を立てません。

③「見てないよ」の時間をつくる

やる前に降りる子にとって、いちばん怖いのは見られることです。

だったら、見なければいい。

同じ部屋にいて、親は別のことをしている。話しかけない。様子もうかがわない。**本当に見ない。**ちらちら見るのがいちばん良くありません。あれは伝わります。

見られていない場所でだけ、人は下手なことができます。子どもも同じです。

8.AIは、下手なところを見られない相手です

僕は、子どもの学びにAIを使っています。子ども向けのAIスクールも運営しています。

ただ、正直に書きます。

**あの日の彼を動かしたのは、AIではありません。**大人が目の前で転んだことです。あれはAIには代われません。

AIが強いのは、別のところです。

AIの前では、下手なところを誰にも見られません。

何回間違えても、ため息をつかれない。「さっき言ったよね」と言われない。「そんなことも分からないの」と言われない。そして、他の子と比べられない。

やる前に降りるクセがついた子にとって、これは大きい。人前に出す前に、一人で何回でも試せる場所ができるからです。

だから僕は、親御さんにこう伝えています。

「一人で伴走しなくていいですよ」

伴走をやめてくださいという意味ではありません。やめていいのは、全部を一人で背負うことのほうです。

見られずに練習する部分はAIに任せて、親御さんは①の「一緒に下手をやる役」に力を残してください。そこがいちばん効くのだから、そこに残す。

なお、渡し方にはルールがあります。何も決めずに持たせるのは、器材の点検をせずに海に入れるのと同じで、僕は反対です。ここは長くなるので、別の記事に譲ります。

おわりに

僕はあの日、「やってみたら?」という言葉が、いかに無力かを知りました。

そして、大人が黙って転ぶことが、いかに強いかも知りました。

うちの子は何にも興味を示さない、と感じている方へ。

興味がないのではないと思います。

下手な自分を見せられる場所が、まだ一つもないだけです。

一つでいいんです。全部の場面でなくていい。毎日でなくていい。

「ここでは、下手でも何も起きない」

それが分かった子から、順番に、足を乗せはじめます。

僕はあの日、それを見ました。

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この記事は、がんばる前から降りている子の話でした。

もうひとつ、一度がんばったあとで折れた子の話も書いています。テストでいい点を取ろうと自分から勉強を始めて、たった一言で全部たたんでしまった男の子の話です。

お子さんがどちらのタイプかで、打ち手が変わります。

▶︎ 「なんだこの点数は?」その一言で、彼は勉強をやめた https://note.com/ushimanabi/n/n2af634a4c489


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本文に書いたとおり、不登校は段階によって「やっていいこと」と「まだやらないほうがいいこと」が変わります。順番を間違えると、良かれと思った行動が逆に働きます。

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  • 本文中のエピソードは筆者が現場で関わった実話をもとに、個人が特定されないよう加工しています

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