自費出版企画の気になるところと反論について考える<95>目指せ1000部



※noteクリエイターサポートプログラムに採用されないと何も起こらない、私の文章ははや<95>ですよ。

この応募用の記事を書いてはや9カ月は経っているのですね。

きちんとnoteの審査する方々に伝えるために、
私の全身全霊を尽くして、
「休む」と「書く」のバランスのとれた日々を過ごしていきたいです。

明日の体調が心配ですが、時には気合も必要です。

noteクリエイターサポートプログラムにむけての文章の続きです。


まず、審査側の気持ちに立って、
私たちがどう見えるか一緒に考えていきましょう。
やはり、どう見えるかは考えておきたいところです。

気になるところと反論

気になるところ
創作大賞がある今、自費出版をしようとする私たちに100万円を出す決断ができるのか?というところ

反論
※そもそも、短詩が出版につながると想定しているのか?
(俵万智さんのサラダ記念日すら、「出版をしない」と決断した出版社もあるぐらい、短詩部門の売り上げは見込めないと考えられています)

世界平和のために、
「言葉でみんなで認め合うため」の、日本の芸術の一つである、
俳句という分野を借りた活動です。

noteのミッション

だれもが創作をはじめ、続けられるようにする。

「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする。」
に共鳴した活動です。

「自費出版」でないと出来ない自由度で私たちは動き続ける予定です。
noteという街に来て良かったと思ってもらうために、
「noteの参加者の数十人(20~30人)に100万円を配る」イメージで採用していただけないか、という提案です。
広がりを持たせる工夫は(うつ病の中で)全力でします。

今後、noteという街を選ぶ人が増えるかもしれません。


気になるところ

まず

出版企画で100万円が欲しい!と活動するにおいて、
2025年に4回目を迎える、
創作大賞との関連を抜きに考えてはいけないと思っています。

この、
#創作大賞2024 中間選考結果を発表します!
中間選考結果において、

#オールカテゴリ部門

オールカテゴリ部門の中間選考14作品のうち1つには、
短歌連作が採用されていることを、私は知っています。

むしろ私自身、一参加者として、アンテナを高く立てていて
良く知っている方じゃないでしょうか。
(ほめてください。もっとホメてくれ(ふるふる))

だから、私一人なら、
俳句連作でオールカテゴリ部門に参加すればいいのだと思います。
うつ病でなければ、もしかしたら考えていたかもしれません。
今は力がたりませ・・・あれ、出来なくはない気がしてきました(今note上に出している句をかき集めたら30~50句はありそうな気がしてきました、でも、やっぱりしんどいです。)

少し脱線してしまいました。

ただ、短詩部門、相対的に「弱い」。この事実も知っておいてください。

俵万智さんのウィキペディアから。

前述の通り角川短歌賞受賞者で月刊カドカワの企画で注目を浴びていた俵の初歌集ということで角川書店からの出版になるはずだったが、角川書店社長の角川春樹自身が俳人であり、歌集、句集など短詩型文学の書籍は売れないものであると考えていたため、出版には反対したといういきさつがある。結局河出書房から出版されたこの『サラダ記念日』はミリオンセラーとなり、みすみすそのチャンスを逸した格好になった角川は後に「人生最大の失敗だった」と振り返っている。

角川書店社長の角川春樹自身が俳人であり、歌集、句集など短詩型文学の書籍は売れないものであると考えていたため、出版には反対したといういきさつがある。

むしろ、社長自身が俳人であるという、
短詩系文学のジャンルを知っている方であったからこそ、
角川短歌賞受賞者の初歌集すら、出版に反対したという事実があります。

だから、創作大賞オールジャンルで戦うには、少し分野として不利だと私は考えています。実際最終結果の入選(25作品)に短歌連作は入っておりません。

俵万智さん自身の言葉で補強するようにお言葉を借ります。サラダ記念日と短歌のことについて語っています。


――『サラダ記念日』は、どういったきっかけで出版することになったのですか? いろんなパターンがあるかもしれないんですけど、まず私自身は学生の頃に短歌の先生に出会って、20歳くらいから歌をコツコツ作り始めていて、それで短歌の雑誌の新人賞に応募してみたんですね。それが受賞して、活字になって、それがまた出版社の人の目にとまるという幸運があって、今までのもの(作品)を歌集にしませんか?というような形で出版されました。でも、それはすごくラッキーなことで、歌集っていうのは大抵自費出版して、200~300冊を読んでほしい人にお届けするっていうのが多くの形なのでね。商業出版で歌集を出してもらえるっていうのは、本当に本当にラッキーなことだったなと思います。

歌集っていうのは大抵自費出版して、200~300冊を読んでほしい人にお届けするっていうのが多くの形

そうなんです。
ここで短歌と俳句という分野の違いはありますが、
句集、歌集はなかなか世の中に届いていないんです。
大抵が自費出版の世界なんです。

だから、みんなを主役にして、従来の句集とは違うアプローチをする。
これをきちんと言っておかないといけないと思います。

今回の私たちの企画は「noteに集まった」「主にnoteによって俳句に出会った方々」を主役にしたいんです。


私自身、「うつ病について発信する人」としてnoteに来たら、
俳句大会が始まっていました。
いろんな人が、日本全国から、老若男女集まっていました。
俳句と言えば私のうつ病になる前からの趣味でしたので一肌も二肌も脱ぎ、


こんなに美しい作品たちがそろいました。

たぶん、noteがなければ俳句に出会ってなかった人たちも半分ぐらいいます。

noteによって俳句に出会った人たちが、
noteのサポートによって句集デビュー
したら、
ニュースバリューはありませんか?
ニュースバリューなんて言わなくても、嬉しい人が何十人いるだろう。
ただそれが私の数年がかりのモチベーションです。

うつ病のさなか、句集になることを願い続けて、100万円を願い続けた。
正直な話、うつ病になっていいことはほとんどないです。うつ病俳人が代表のみんなの句集、これもnote的に宣伝になるなら使ってもいいと思います。


・俳句を知らない人も・少しだけ興味がある人も楽しめる句集を作りたい「句集の入門書」

・世界一スキを集める俳句集

・俳句を知ると世界が平和に

・歳時記に採用される

・2020年代前半の、全国いろいろな立場の人の参加した俳句・句集を100年先に残す

こんな目標を掲げました。

転生システムと分身システム

ここからは参加者を考えている人向けのテクニカルな問題になりますが、
本日までの私の頭の中を書き記しておきます。

この場所がnoteであるからこその問題があります。
noteに来た人は2種類に分かれると私自身思っています。

1、
noteに自分の活動をするために来て、アピールに前向きな人たち

2、
たまたまnoteに来て、noteアカウント=本人になると困る人たち

1の自分の活動をアピールしたい人にとっては、noteの名前で参加して、そのまま句集に採用されても差し支えないのだろうな、と思います。
それぞれの本業音楽や画家、小説などの活動中に、句集に参加していることをPRできる人たちだと思います。

2のたまたまnoteに来て、みんなで俳句大会をひとしきり楽しんで、
なんか分からないけれど参加者の一人がものすごい情熱で「句集にしたい」と言い続ける句集企画があって、笑

本当は句集が出来たら宝物みたいにして、
友達にもこんな句集に俳句が載ったよ、と本当は言いたいけれど、
note上には隠れ家的に参加しているので、あまり知られたくない。

そうです。そんな人のために、
転生システムと分身システムです。

転生=自分のnoteの名前ではなく、違う名前で句集企画に参加。

分身。noteの参加者としての名前とは別に、
知らない顔して二人目の名前としてが参加。

そうすることで、
宝物みたいに出来た句集が、友達にも配れるものになるかな。と思っています。
(想定 友達に配るときは二人目の名前で配る、一人目の本アカウントは別の人のフリが出来る)

ここがnoteであるからこそ、こんなシステムを思いつきました。
(二年以上一つの企画を考え続けると、こんなことも思いつきます)

転生したい人!分身したい人!
俳句のクオリティ確保のために新作の各季節3句ずつ、
12句を作っていてください!

※第二期noteクリエイターサポートプログラムが発表されてからでももちろんいいです。これがないと私の数年には何も起こりません!笑

あとは、note上に俳句を発表している人、何十人といると思いますが、
「みんなの俳句大会に参加して、交流もしようしている人」を優先します。

私が時々チェックしている俳句界の出来事ですが、
結社的なものの参加は永年的にどこも募集していますし、
ネットプリントも、誰でも参加できるアンロソジーも、アンテナを立てていたらここ数年でいくつもありました。

だから、私はそう言ったところに行く人ではなく、
noteの街で「みんなと交流」して、「みんなで楽しく俳句をしている人」を優先します

「みん俳企画参加2回以上」と主に言っているのはそのためです。
気まぐれで何らかの理由で要件が緩和されているかもしれませんが、
ただ単に句集に載りたい人ではなくて、
みんなの句をみんなで愛でながら愛しながら句集に載りたい人を優先する予定です。


1000部を目指すし自由に動く

数字に関しては、
1000部というのがキリがいいなぁと思ってきました。

第一歌集の初版発行部数
光森 裕樹  2010年3月6日

発行数が500冊の歌集が多いですが、初版発行8,000冊の『サラダ記念日』(俵万智)など、1,500冊以上の発行部数を誇る歌集が存在しているため、全体平均は608冊となっています。ただし、アンケート内に500冊では少なかったという記述もみられることもあり(川野里子)、現代では600冊の発行でも、少ないことはあっても多すぎることはなさそうです。

おそらく個人の方が2010年にまとめられたデータですが、

前述の俵万智さんの、歌集っていうのは大抵自費出版して、200~300冊を読んでほしい人にお届けするっていうのが多くの形 という言葉を参考にしても、

1000部あれば、歌集や句集部門で言えば、
ある一定の成果を出した
と言えるのではないでしょうか。

noteも1000万人って言っていますから、
そんな街から1000部の句集が出来たら、
なんか見栄えもいいですよね。(直感)

各々の参加者に必要な人には段ボール一箱二箱くばり、
それぞれが好きな方に配る、何かその方のメインの活動、音楽活動の時に売るなど、自由度はたくさんあると思います。

文学フリマにも参加したいですよね。

また、海外の漫画喫茶に送る、日本語学校に送るなど、学校に送るなど、
夢は広がっています。

「七夕や愛のかたちを1000部ほど」

愛のかたちを1000部ほど

というのが7・5になっていることに気付いたので、
願いを込める「七夕」という季語に託しながら、
本文章をしめようと思います。

また、余力があるときに応募文章に混ぜたほうが良いと思ってきたら混ぜ込んでいきますね。

愛を込めて。

久しぶりに長文を書いた気がします。

ネットプリント、
手元を見ると17まであったので
多分出してなかったので出しておきます。

編集したのは2025年3月
・・・今よりもヘロヘロだったのであまり覚えておりません。


この記事の内容が反映されています。


久しぶりに集中したから、上手にこの高ぶりを抜きたいです。


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