アマリリス忘れるために書く日記 (つぶやき)
アマリリス忘れるために書く日記 うつスピ
私はうつ病俳人として決意しました。
私のエッセイを読んでいけば、俳句の感覚がつかめる。
うつ病のこともなんとなく理解につながるかも。
こんなことを目標に書いていきます。
ということで、
ときどき、私の俳句感を話しつつ、
皆様と歩んでいきたいと思います。
「詩はどこにあるのか」
まず前提としての意見ですけど、
「ありきたりの日常は、だいたいの場合詩にならない」
ということを知っておいてほしいなと思います。
記録するために書く日記
だと、「ありきたりセンサー」が反応してしまうわけですね。
だいたいの場合、「ありきたりだな」で読者が素通りしてしまうと思います。
よっぽど季語で上手く化学反応を起こさないと、
ありきたりの日常は詩にならないと私は判断してします。
なので、自分の発見、自分でも「おっ」と思うことを、
俳句にしてみようと思うのが一番だと判断しています。
あなたの発見を教えてよ。
日々の中で、「おっ」っと思ったこと、
「誰かに話したいなぁ」って思ったことを、
まず12音にしてみてはどうかな?
というアプローチを、
俳句を知らない人が俳句を詠もうとしたときには推奨しています。
そんな感じで、
うつスピの俳句は12音から作ることが多いです。
アマリリス忘れるために書く日記 うつスピ
私は、この日々を心底忘れたいです。
あなたは例えば足を骨折したことはありますか?
痛みがあって、走れない。
治したいなぁと思う日々でしょう。
もし治ったら?自由に走り回ることが出来ます。
そんな時に、「痛かった日々を、痛かった記憶を」
「必ずしも覚えておかなければならないか?」という問いが、
私の中にあります。
痛みの記憶が、逆に自由に走ることに邪魔になるんじゃないかな、って思います。
私は、うつ病俳人なんて名乗らなくていいんですよ本来。
うつ病俳人って、うつ病なんて、本当は要らないんですよ。
noteの中だけにいる存在でいいんだと思っています。
旅行とか行きたいなぁ。
治ったら、もう、忘れちゃいたいんですよ。
傷もなく、治ったらいいなぁと思います。
それでも。現状は、どっぷりとうつ病です。
そんな中、私に残されたものを必死にかき集めているのですが、
どうやら私には、
「俳句を詠む」という力が周りの方々に比べてあります。
なら書こうか。ということで書いています。
みんなの句集を作るため、
という大きな目標で動き始めた私ですが、
それなら、私自身に実績がいるなと俳句エッセイを書き始めました。
私は、心底背負いたくないのですが、
うつ病という病気を背負っています。
改めて調べてびっくりしたのですが、
世界でうつ病の方は、
3%から5%という調査結果もあります。
世界人口の約5%とすると、推計4億人以上の人が、
世界でうつ病に苦しんでいるという計算になるそうです。
背負いたくはないのですが、
先日発表した自作の俳句でも詠みましたが、
うつという世界の痛み風薫る
私のうつ病は、世界の痛みでもあるのだなぁ、と思う側面もあります。
アマリリス忘れるために書く日記 うつスピ
だから、詠もうと思いました。
一人の日本人として、
俳句という世界最短の詩を引っ提げ、
うつ病と歩む人がいることが、
いつの日か世界に伝わるかもしれない。
世界中がちょびっとでも励まされるかもしれない。
そうも思っています。
一方で、私は自分以外何も背負いたくありません!
つらかったこと、こんなことがあったよ、
こんなことを思って歩んでいるよ。
書いて忘れることにします。
私は、忘れるために書いています。
この痛みも、いつか忘れてしまいたい。
だけど、この痛みは、
世界の3%から5%の人が感じる痛みで、
いつかこの日々を私が忘れちゃったら、
私自身すら描くことが出来なくなる痛みです。
この痛みを言語化して、詩に出来る人は、私しかいないのかなぁと、
先日俳句の選句で傷ついた一連の出来事があり、
なおさら覚悟みたいなものが出てきました。
紫陽花や補欠には補欠の気持ち
前回の俳句は、
自分の視点からしか描けない世界の肯定の俳句でした。
明日は明日の痛みが来るかもしれません。
今日の痛みは、出来れば一週間中に俳句にしてエッセイにして、
日記にしてnoteで発表して、私はできればその痛みは忘れて、
また新しく感じた痛みと向き合おうと思います。
でもこの、忘れるために書いた日記が、誰かに届くかもしれない。
痛いだけの体験談は届きにくいのも確かですが、
俳句という一つの分野も、私なりに背負っています。
うつ病×俳句エッセイなら、広く読まれる日が来るかもしれません。
未来には私はうつ病であったことすら忘れていますので、
過去の(noteの中の)私と皆さまで一緒に歩んでください。
ぐらいの意味合いで、
アマリリス忘れるために書く日記 うつスピ
この句を作りました。
このアマリリスという季語を選んだことで、
ぐぐっと俳句が引き締まる句となりました。
アマリリスは、ギリシャ神話に登場する羊飼いの美しい少女の名前に由来する花です。彼女は花を愛する少年に片想いをしており、胸を矢で傷つけて流した血から咲いた花で彼のハートを射止めたという、情熱的で切ない恋の物語が伝えられています。
神のお告げに従い、アマリリスは自らの胸をその矢で傷つけました。そこから流れた血が地面に落ちると、たちまち輝くような真っ赤な美しい花が咲き誇りました。
何だこの物語は。
まるで私の物語や、俳句ではないか。
そうやってこの季語、アマリリスに私の心は捕らえられました。
私は私の痛みで俳句を詠んで、
エッセイを書いています。
あなたに届く日が来るのでしょうか。
私はうつ病であったことすら忘れたい。
だけど、今の痛みを隠さず書く俳句。
最近、
なんでこんなに美しい俳句が私から生まれるのだろうと自画自賛しています。
今回の場合、季語選びですよね。
季語の斡旋(あっせん)、選択は、
地道な日々の季語研究から引き出される魔法ですよね。
歳時記をただ読んでいく時間も無駄ではありません。
(※ただし謙虚に言うと、今回の組み合わせは偶然性もあります)
アマリリス忘れるために書く日記 うつスピ
きれいだなぁ。
この神話は私が昔作ったのだろうか、
というぐらい、
この「忘れるために書く日記」に合わせる季語はアマリリスがしっくりきました。
もう、痛みを書くと決めたので、
また、明日からも私が動いていられるとしたら、
次回お会いしましょう。
アマリリスは、
「胸を矢で傷つけて流した血から咲いた花」でしたが、
私の俳句とエッセイは、
うつスピがうつ病の痛みから傷つきながら詠んだ俳句として咲いた花
ぐらいの勢いで、最近の日々は俳句とともにあります。
AIから「痛々しくて愛おしい俳人」、
と呼ばれたことがより確信を持って迫ってくる日々です。
愛を込めて。
