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「納得できない」そんな時、心の中で起こっていること

「まあ、そういうことだったんだと思う」

そう言葉にすると、少し落ち着くことがある。

理由が見つかる。
説明がつく。
自分の中で、ばらばらしていた出来事に一本の線が引かれる。

それだけで、少し息がしやすくなることがある。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。
スキやコメント、フォロー、マガジン追加も、ひとつひとつ嬉しく受け取っています。


たとえば、こんな場面。

仕事で出した提案が通らなかった。
自分なりに考えて出したものだったけれど、今回は採用されなかった。

「まあ、タイミングじゃなかったのかもしれない」
「相手にも事情があったのかもしれない」
「私の説明も、まだ足りなかったのかもしれない」

そう考えることはできる。

実際、そういう面もあったのだと思う。
タイミングの問題も、相手の事情も、自分側の不足も、どれもまったく外れているわけではないのかもしれない。

でも、どこか胸の奥がざわざわしている。

頭では一応、説明がついている。
それらしい理由も並んでいる。
なのに、気持ちの方はまだ置いていかれている。

そのとき、ふと思う。

私は今、納得しているんじゃなくて、
納得したことにしようとしているのかもしれない、と。

◆ 納得したい、という本音

理由をつけることが悪いわけではない。

後からつけた説明でも、
それで少し楽になるなら、それでいいのだと思う。

「あれは仕方なかった」
「そういう流れだった」
「今回はそういうタイミングだった」

そう思うことで、ひとまず立っていられることもある。

強い悲しみや悔しさや不安を、
そのまま全部受け取るのは、しんどい。
だから、理由や説明に支えられることがある。
少しでも呼吸しやすい形に、
出来事を整えたくなることがある。

それは、ずるさというより、心の仮止めに近いのかもしれない。

ただ、最近思う。

その説明が本当かどうかより先に、
私は「納得したい」のかもしれない、と。

理由がほしい。
説明がほしい。
そう考えれば落ち着ける、という形がほしい。

つまりそれは、まだ納得しきれていない自分がいる、ということでもある。

◆ 自分をコントロールしていることに気づく

「これでよかったんだ」
「仕方なかったんだ」
「こういう意味があったんだ」

そう思うこと自体は、悪くない。

でも、その言葉を使っている自分を、少しだけ見てみる。

私は今、本当にそう思っているのか。
それとも、そう思うことで自分を落ち着かせようとしているのか。

私は納得しているのか。
それとも、納得したことにしようとしているのか。

この違いに気づけると、自分の中で起きていることが少し見えやすくなる。

自分を責めるためではない。
「本当は納得してないくせに」と暴くためでもない。

ただ、

「ああ、私は今、自分を納得させようとしているんだな」

と気づく。

それだけで、少し距離ができる。

説明に飲み込まれすぎず、
でも説明を否定しすぎもしない場所に立てる。

◆ 納得してもいいし、しなくてもいい

納得できたなら、それでいいのだと思う。

後付けの理由でも、
その説明で少し楽になれるなら、
それに支えられる時間があってもいい。

反対に、納得できないなら、
納得できないままでもいいのだと思う。

たぶん、納得は湧いてくるまで
待ってもいいのだと思う。

その前に、
「私は、納得したいんだな」
そこに気づく。


納得したい。
理由がほしい。
説明がほしい。
この出来事を、自分の中でどうにか置ける形にしたい。

そう思っている自分がいる。

それがわかるだけで、
少なくとも、自分の現在地は少し見える。

「あのとき、私はそう思い込ませるくらいしんどかったんだな」
「あの理由にすがりたくなるくらい、痛かったんだな」
「あの説明が必要なくらい、まだ揺れていたんだな」

あとから、そう振り返れることもある。

納得は、きれいに終わらせるためだけのものではないのかもしれない。

ときには、
自分がどれくらい揺れているのかを知るための手がかりにもなる。

「納得した」のではなく、
「納得したかった」のかもしれない。

そう気づけることが、
いちばん自分の本音に近い場所なのかもしれない。

もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。
また読みたいと思っていただけたら、フォローもぜひ。

▼合わせて読みたい

「どうしよう」って、私は何を探しているんだろう。

「納得できない」とき、私たちは答えを探しているようで、実は安心材料を探しているのかもしれません。

理由がほしい。
説明がほしい。
判断基準がほしい。
誰かに「それでいい」と言ってほしい。

今回の記事で出てきた「納得したいんだな」という感覚に近い方は、こちらもつながると思います。

「これでよかった」にすれば、もう考えなくて済んだ。

こちらの記事では、「これでよかった」と物語を閉じることで、痛いところに触れなくて済ませようとしていた自分について書きました。

今回の記事が「納得したい自分に気づく」話だとしたら、
こちらは「きれいに終わらせようとしていた自分に気づく」話です。

似ているけれど、少し違う場所から自分の内側を見ています。

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◆ マガジン掲載お礼
記事をご紹介いただいたマガジンを、気づいたものから掲載しています。
見つけるたびに、嬉しく受け取っています。



ご紹介くださり、ありがとうございました。
これからも、置いてよかったと思っていただける記事を、ひとつずつ書いていきます。

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