「ちゃんとやらなきゃ」が重い日は、気持ちよくできる範囲まで戻す
「ちゃんとやらなきゃ」
そう思った瞬間に、手が重くなる日があります。
やる気がないわけじゃないんです。
むしろ、ちゃんとやりたい気持ちはある。
渡すなら、できるだけいいものを渡したい。
中途半端にはしたくない。
なのに、その“ちゃんと”が大きくなりすぎた瞬間、苦しくなる。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。今日もここに置いていきます。
自分で足した重さに、押されていた
最近、しんどい日に苦しくなるのは、やることの量そのものより、「このレベルでやるべき」が重すぎるからかもしれない、と思いました。
やること自体は、そこまで多くないのかもしれない。
本当は、今日できる分をやればいいだけなのかもしれない。
でも私はそこに、
「もっと整えたほうがいい」
「このままじゃ足りない」
「もう少し詰めたほうがいい」
みたいなものを、自分で足してしまうことがある。
そうすると、作業そのものより、その“自分で足した重さ”のほうに押されて、苦しくなるんですよね。
苦しいまま作ると、それもにじむ気がする
前は、苦しくても頑張ることが誠実さだと思っていました。
もちろん、手を抜いていいとは思っていません。
仕事ならなおさら、ある程度の水準は必要だと思う。
でも、無理してひねり出したものが、いつもいい形になるかというと、そうでもない気がしています。
力みが出る。
視野が狭くなる。
余白がなくなる。
整っているようで、どこか詰まったものになることがある。
私は、そういうものって受け取る側にも伝わる気がしています。
うまく言えないけれど、
急かされた感じとか、
苦しさの残りみたいなものって、
文章でも、仕事の渡し方でも、案外にじむ。
だったら私は、無理の乗ったものを渡すより、
気持ちよくできる範囲で整えたものを渡したい。
そのほうが、自分も削りすぎないし、
受け取る側も、もう少しラクなんじゃないかと思うからです。
気合いを足すより、いったん戻す
だから最近は、
しんどい日に無理やり気合いを足すより、
いったん戻すほうを考えます。
“もっとちゃんと”まで行きすぎたら、
気持ちよくできる範囲まで戻す。
詰め込みすぎていたら削る。
抱えすぎていたら、少し分けられないか考える。
一人で全部持つことが、いつも正解とは限らない。
助けて、と言える相手がいるなら、そうできたほうがいい日もある。
それは甘えというより、
長く続けるための調整に近い気がしています。
自分にも、相手にも、やさしいほうへ
仕事って、毎回ぜんぶ出し切ればいい、というものでもないんですよね。
無理して倒れるより、
その日の自分で出せるものを見ながら続けていくほうが、
結果としてちゃんと向き合えていることもある気がする。
ちゃんとやりたい。
いいものを渡したい。
その気持ちは、たぶん悪くないし、なくしたくないです。
でも、その気持ちのせいで自分がどんどん苦しくなるなら、
一度見てみてもいいのかもしれません。
いま自分を重くしているのは、
本当に必要な作業なのか。
それとも、自分で上げたハードルなのか。
もし後者なら、
少し戻してもいい。
気持ちよくできる範囲まで戻して、
その中でできることを、ちゃんとやる。
今の私は、そっちのほうが、
自分にも、相手にも、やさしい気がしています。
もし今、「ちゃんとやらなきゃ」が重くなっていたら。
今日は少しだけ、気持ちよくできる範囲まで戻してみてもいいのかもしれません。
もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。
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