発達障害の親が、毒親連鎖を断ち切るには?発達特性の親と不登校児。
私は、40代、思春期2人の子供がいる母親です。
40代に入ってから、「ADHD」と「ASD」の診断を受けました。
「ASD」よりも「ADHD」が強いタイプで、WAIS検査ではワーキングメモリの数値が突出して低いものの、全体のIQとしては平均値でした。
いわゆる、「知的障害を伴わない発達障害」です。
以前書いた記事にも関連しますが、私は、
「毒祖母に育てられた毒母に、育てられた子供」
であると同時に、
「自らは毒母にならないようにと、奮闘している母親」でもあります。
私が分析するに、
祖母は、
「知的知能が高いASD特性」
母は、
「知的障害はないが、境界知能に近いADHD特性」
そして私は、
「知的知能は平均的で、ADHDに少しASDの特性」
があります。
※発達障害の診断を正式に受けているのは私だけで、祖母と母の特性は、私の勝手な見立てです。
※祖母や母や私という人間は、本来これらの言葉だけで語り尽くせるものではありません。あくまで分かりやすくするため端的に表現しました。
そして、これらの特性が、「母親」としてはどのような特徴として現れたかというと、
祖母は、
「子供より自分の世間体を優先。自分の能力に自信があるため、能力の低い子供を蔑む。子供への愛情だと偽って(ただし偽っている自覚はなく)、自分の思い通りに子供をコントロールしようとする。時として、子供に対して無関心であり放任主義のように見える一方、自分の世間体のためなら徹底的に子供に干渉する。」
母は、
「自分自身が厳しく育てられたことが辛かった経験から、逆に子供を甘やかし過ぎる傾向。自己肯定感が低く、何事においても常に不安がつきまとう為、その不安を解消するために子供に対して過干渉となる。」
私は、
「祖母、母を反面教師にして、自分は毒親になるまいと日々葛藤する。子供への期待や執着心、依存心を手放すため、母親である前にまず一人の人間として自身が自立するように心がける。自分と子供の間に適度な境界線(バウンダリー)を意識し、自分と同じように子供を1人の人間として尊重する。」
とは言っても、私自身、母としても人としても半人前です。
日々どんなに心がけていても、疲れていたり、ホルモンバランスの乱れからイライラしてしまって、つい子供に対して余計なことを言ってしまったり、余計な態度を取ってしまっては数秒後に反省したりして・・・、ということもいっぱいありました。
ですが、親の言うことや態度に一貫性がなかったり矛盾が多いと(ダブルバインド)、子供が不安感を強めてしまうので、気をつけないといけないと思います。
そこで、自分の考えをこうしてnoteの記事にし、見返して確認するなどして、できるだけ言葉や態度に一貫性を失わないように努めています。
大切なのは、親も完璧な人間ではないことを、隠さないことです。
余計なことを言ってしまったなとか、余計な態度を取ってしまったと思ったときは、
「ごめんね、余計なこと言い過ぎた。ちょっと仕事が忙しくてお母さんも疲れてるのかも」などと、素直に謝るようにしています。
また、これは私の勝手な考察ですが、毒親問題は、「女性の生き方の時代の変遷」とも、無関係ではない気がするのです。
祖母の時代は、女性が働いて自立し、独身でいるのもめずらしい時代でした。
私の祖母は、学校を卒業後、地元の有力企業に就職し、会社員としてバリバリ働いていたといいます。
しかし、祖母が20歳の頃、曾祖母に無理やりお見合い結婚をさせられた上に、やりがいのあった仕事も辞めることになったそうです。
当時はまだ、「女性は結婚したら退職する」のが当然の時代です。
(私が幼い頃、祖母からこのことについて愚痴を何度聞かされたことか。)
祖母は、とてもプライドが高い人でした。
もし、祖母が今の時代に生まれていれば、きっとバリバリのキャリアウーマンで、独身を謳歌しているタイプだったんじゃないかと思います。
でも実際は、仕事を辞めざるをえなかった祖母は、自らの努力で自身の地位向上を図ることはできなくなりました。
「夫の役職」が「妻である自分の価値」を、「子供の学歴や職歴」が「親である自分の価値」を決めてしまうと思った祖母は、その分、自分の世間体のために家族を思い通りにコントロールしようとしました。
(祖母は、毒親だけではなく、祖父からしたら毒妻でもあったかもしれません。)
私自身はというと、幸いにも安定した職を得て、経済的にもある程度自立ができていますし、今までの人生に特に悔いもなく、子供との間にも適度な境界線(バウンダリー)を引くことができています。
昨年子供が不登校になったときも、極端に悲観的になることもなく、子供から動き出すことを待つことができました。私自身の基盤が、ある程度安定していたおかげとも思います。
もし、私自身の基盤が不安定だったら、自分の不安を解消するために、子供との境界線を超えて、必要以上に干渉してしまっていたかもしれません。
発達障害の親が毒親にならないためには、
・親自身の基盤が安定していること。
(経済的にも精神的にもある程度自立できていること)
・親自身が、自分の発達特性をきちんと理解し、受け入れていること。
が、必要なのではと考えます。
ただ、実際問題、これから結婚を考えようという若者にとっては、この条件は、子供をもうけるのを躊躇してしまう、なかなか高いハードルだと思います。
私も、もし発達障害の診断を独身時代に受けていたら、子供を産むことだけでなく、結婚すら躊躇してしまっていたかもしれません。
「毒親連鎖をしたくない」、「発達特性で苦しむ子供を育てる自信はない」など、真面目に考える若者ほど、結婚や子供を産むことを躊躇してしまうのも無理はありません。
ある意味、誠実に考えている証拠、無責任ではない証拠とも言えます。
昨今、取り上げられることが多くなった「毒親」、「不登校」の問題は、「女性の生き方の変遷」、「発達障害の認知度の変遷」なしでは、語れないのではないでしょうか。
新学期が始まりましたね。
不登校になりそうなお子さんや、既に不登校のお子さんを育てる、発達特性のあるお母さん。
「子どもの将来が心配」、それはわかります。
ですが、不登校のリスクを背負うのはお子さん自身です。
厳しい言い方ですが、必要以上にお母さんが落ち込むのは違うと思います。
自分自身の不安と子供自身の不安を混同してはいけません。
お子さんがある程度の年齢(中学生以上)であればなおさら、自分と子供の間に適度な境界線を引いて、あくまで客観的に子供の人生をサポートすることに徹してください。
それでも、どうしてもお母さんの不安が拭えないとしたら、お母さん自身の基盤が弱い可能性があります。自分自身の基盤を見直し、強固になるよう努めてください。
子育てに行き詰ったときは、親自身の生き方も見直す機会です。
自分を知ること(特性を知ること)、自分を受け入れること(自分の特性を受け入れること)が、子供を理解し、サポートできることにもつながります。
「ケ・セラ・セラ」
大丈夫、なるようになります。
