中小製造業の新規事業開拓㊺|補助金に採択された。それは事業のGoサインではない
新規事業を考えた。新しい設備が必要。価格は2,000万円。
自己資金だけでは少し重い。
そこで補助金を申請した。
数か月後。メールが届いた。
採択。
社内では、「よかった!」となる。
社長も考えます。「これで、この事業を進められる。」
もちろん、大きな前進です。
2,000万円の設備投資の一部を補助してもらえるなら、投資リスクは大きく下がります。
しかし、ここで一つだけ区別しておきたいことがあります。
補助金に採択されたことと、その新規事業が市場で成立することは別です。
採択は大切な出来事です。
しかし、顧客からの注文書ではありません。
採択されたのだから、事業計画は評価された
まず、ここを間違えないようにしたいと思います。
「補助金の審査なんて、事業性を見ていない」という話ではありません。
例えば、ものづくり補助金の公式FAQでは、審査について、経営力、事業性、実現可能性、政策面などの観点から事業計画を審査すると説明されています。
新事業進出を支援する制度でも、企業の成長・拡大に向けた新規事業への挑戦と、複数年の事業計画が求められています。
つまり採択されたなら、一定の審査基準に照らして、その計画が評価されたと考えてよいでしょう。
それには価値があります。
問題は、その次です。
審査員と顧客は、見ているものが違う
補助金を審査する人は、
事業計画書。市場分析。売上計画。競合分析。設備計画。収益計画。
などを読みます。
そして、
この計画には妥当性があるか。
実現可能性はあるか。
制度の目的に合っているか。
を判断します。
一方、顧客は違います。
顧客が見るのは、「それ、本当にうちに必要ですか?」です。
そして最後には、「その金額を払いますか?」です。
ここには、大きな違いがあります。
「売上計画1億円」が通ったから、1億円売れるわけではない
例えば申請書に、3年後売上1億円と書いた。
市場規模も調べた。
ターゲット顧客も設定した。
単価50万円。年間200件。計算も合っている。
そして採択された。
では、年間200件売れることが確認されたのでしょうか。
違います。
年間200件は、まだ計画上の数字です。
本当に知りたいのは、
何社が買うのか。
1社何回買うのか。
50万円を払うのか。
競合ではなく自社を選ぶのか。
リピートするのか。
です。
これは、実際に顧客と接触しなければ分かりません。
審査で「事業性」が評価されても、市場検証とは違う
ここは少し重要です。
「補助金では事業性も審査している。なら市場性も確認されているのでは?」と思うかもしれません。
一定程度は、もちろん見ています。
市場規模、競争優位、顧客ニーズ、収益性などを計画書から評価できます。
しかし、
顧客が実際に、図面を送った。
見積を依頼した。
試作品を評価した。
注文書を出した。
代金を払った。
もう一度注文した。
という事実とは違います。
つまり、計画としての事業性評価と、市場で得られた証拠は別物です。
どちらか一方が不要という話ではありません。
両方を見る必要があります。
採択通知は「顧客からのYes」ではない
極端に言えば、
補助金の審査員全員が、「良い事業計画ですね」と評価しても、
顧客が、「要りません」と言えば売れません。
逆に、申請書を書くのがあまり上手でなくても、
顧客が、「それなら今すぐ欲しい」と言う事業もあり得ます。
市場には市場の判定があります。
その判定は、購入行動として出ます。
だから、採択通知が届いたあとに確認したいのは、
「審査を通ったか」から、「顧客は本当に動いたか」への切り替えです。
補助率50%なら、失敗コストも50%になる?
例えば2,000万円の設備。
仮に1,000万円が補助される条件だったとします。
社長は考えます。「半額で買えるなら、かなり安全だ。」
確かに、設備取得に関する自社負担は大きく下がります。
しかし、事業そのものが失敗した場合はどうでしょう。
設備設置スペース。教育。工具。保守。営業活動。材料。試作。人件費。
管理。そして何より、その事業に使った時間があります。
補助金が出るからといって、事業失敗のコスト全体が同じ割合で減るとは限りません。
そして設備は会社に残る。しかも自由に使えるとは限らない
補助金を使って設備を買った。
しかし注文が思ったほど来なかった。
すると、設備は工場に残ります。
ここで、「既存事業に使えばいい」「別の商品を作ればいい」と考えたくなります。
しかし、補助金で導入した設備は、会社のお金だけで購入した設備と同じように、自由に用途を変えられるとは限りません。
例えば、ものづくり補助金では、一定額以上の取得財産について、処分制限期間中に補助金の交付目的に反して使用することも「財産処分」とされ、原則として事前の承認が必要です。
場合によっては、補助金の一部を納付する必要もあります。
つまり、「新規事業が駄目なら、別の仕事に使えばよい」と簡単には考えられないのです。
もちろん、補助事業の成果を活用した生産への転用など、所定の手続きを経て認められる場合もあります。
しかし重要なのは、
補助金を使った設備には、用途にも制約が付く可能性がある。
ということです。
だからこそ、設備を購入する前に、この事業の需要は本当にあるのかを確認しておく意味は、自己資金だけで購入する場合以上に大きいとも言えます。
補助金があることで、設備購入が先になってしまう
ここが、新規事業では特に注意したいところです。
本来なら、
顧客に聞く。試作品を見せる。見積を出す。小さく売る。需要を確認する。そして設備を買う。
という順番だった。
ところが補助金には、申請時期があります。
採択、交付手続き、事業実施期間などがあります。
すると、「今回を逃したら次は分からない」という気持ちが出ます。
その結果、市場検証より補助金スケジュールが先に進んでしまうことがあります。
制度上、採択後にも交付申請や事業実施上の手続きがあり、採択されたからといって申請時点の想定どおりに何でも進められるわけではありません。ものづくり補助金の公式サイトも、採択後の交付申請、計画変更、中止・廃止等の手続きを示しています。
「採択されたから買う」は、順番が逆になることがある
例えば、本当は、「この設備を買うべきか」を考えていた。
補助金に申請した。採択された。
すると、いつの間にか、「採択されたのだから買わなければもったいない」へ変わることがあります。
しかし、採択前と採択後で、顧客需要が変わったわけではありません。
市場規模も変わっていません。
競合も変わらない。
設備能力も同じ。
変わったのは、投資条件が良くなったことです。
これは重要な変化ですが、事業そのものが正しいことを証明したわけではありません。
「もらえるお金を捨てるのは惜しい」
これは人間として非常に自然です。
補助金500万円。採択された。
しかし、その後の顧客検証で、どうも需要が弱いことが分かった。
ここで、「でも500万円もらえるんだから、やってみよう」となる。
少し考えてみます。
もし補助金がなかったら、その事業へ自己資金を出すでしょうか。
答えが、「出さない」なら、なぜ補助金があると事業を進めるのでしょう。
補助金は、悪い事業を良い事業へ変えるものではありません。
良い可能性を持つ事業の、投資負担を軽くするものです。
「補助金がなければやらない事業」をどう考えるか
ただし、補助金がなければできない事業が、すべて悪いわけでもありません。
例えば、
技術的には有望。顧客ニーズもある。
しかし初期設備負担が大きすぎて、中小企業単独ではリスクを取れない。
こういう事業があります。
そこへ補助金が入れば、挑戦できる。
これは支援制度の重要な役割でしょう。
問題は、「補助金があるから良い事業」と考えることです。
順番は、
事業として挑戦する価値がある。
ただし初期投資リスクが大きい。
補助金を使えば挑戦可能になる。
こちらです。
採択された後こそ、もう一度仮説を見る
例えば申請書を書いた半年前には、顧客A社、B社、C社から需要がありそうだった。
その後、
A社の計画が延期された。
B社は競合商品を採用した。
C社からは具体的な見積依頼が来た。
状況が変わっています。
なら、採択時点で、もう一度事業計画を見直します。
誰が買う。いくらで買う。何個買う。いつ買う。
設備能力はどれだけ必要。
これらの仮説を更新します。
申請時に作った計画を守ることより、現在分かっている事実に合わせること。
新規事業では、こちらの方が重要です。
半年前の計画書を「正解」にしない
補助金申請では、どうしても完成度の高い事業計画を作ります。
売上計画。市場。競合。設備。人員。収益。
きれいにつながっています。
だから採択後、その計画を、実行すべき正解のように扱いたくなります。
しかし新規事業なら、半年の間に学んだことによって、計画が変わる方が自然です。
第13回で扱った、「正しい計画より、学ぶための計画」そのものです。
採択後に「違った」と分かることは悪いことではない
例えば、申請時には30万円で売れると考えていた。
顧客へ見積を出した。
25万円なら買うと言われた。
申請時には月20個と想定。
実際には10個程度だった。
しかし別の顧客層では需要があると分かった。
これは、申請計画から外れたから失敗、ではありません。
市場について新しい情報を得たのです。
もちろん、実際に補助事業の内容を変更する場合には、適用される制度のルールに従った変更手続き等が必要です。
経営判断と補助金手続きは分けて考えます。
補助金があるからこそ、余計に大きな設備を選んでいないか
例えば必要設備は、1,000万円。
しかし、「補助金が出るなら、上位機種にしよう」となった。1,500万円。
さらに、「せっかくだから自動化も」2,000万円。
こうなることがあります。
もちろん上位設備に合理的な理由があるなら問題ありません。
しかし、
補助されるから設備仕様を上げるのと、
事業成立に必要だから設備仕様を上げるのは別です。
補助金がある場合ほど、「この機能、本当に必要か」を確認した方がよいかもしれません。
採択は一つのマイルストーン。でも別のマイルストーンもある
Discovery-Drivenで考えると、補助金採択も一つの情報です。
資金面の不確実性が一つ減りました。
しかし、市場側には別のマイルストーンがあります。
最初の顧客ヒアリング。
最初の見積。
最初の有償注文。
最初のリピート。
複数社からの注文。
価格の確認。
製造側にもあります。
試作成功。品質安定。目標原価。必要能力。
こうした証拠を組み合わせて、設備投資を判断します。
「採択」という一つのマイルストーンだけで、すべての信号を青にしない。
ということです。
「国が認めた事業」という表現にも少し注意する
採択されると、「国から認められた事業」と言いたくなることがあります。
気持ちは分かります。
しかし正確には、制度の目的や審査基準に基づいて、提出した事業計画が補助対象候補として評価された、と考える方がよいでしょう。
現在のものづくり補助金の公式サイトでも、「採択決定」が補助金の満額交付決定だと誤解されないよう、「補助金交付候補」という表現を併記していると説明しています。
まして、市場での成功を国が保証したという意味ではありません。
採択された。その翌日に何をするか
では、採択通知が届いた。
その翌日、何をすればよいでしょう。
設備メーカーへ電話する。
もちろん必要な場面もあります。
しかし、その前に、営業担当者へ、
「この半年で、この事業について何か変わった?」と聞いてみる。
顧客へ、「以前相談した件ですが、今もニーズはありますか」と聞く。
過去の見積、問い合わせ、評価結果を確認する。
これだけでもよい。
申請した時点から、世界は少し動いています。
最新情報で投資判断をやり直します。
使える補助金は、上手に使えばよい
ここまで読むと、補助金に否定的な話に見えるかもしれません。
まったく逆です。
必要な設備。確認できた顧客需要。成立する価格。技術的な見通し。
その上で、投資負担を補助金で下げられる。
これは非常に有効です。
自己資金だけなら見送った挑戦が、可能になることもあります。
だから、
補助金を使うことが問題なのではありません。
補助金を、事業成立の証拠にしてしまうことが問題なのです。
Goを出すのは誰か
補助金の審査員でしょうか。
設備メーカーでしょうか。
金融機関でしょうか。
コンサルタントでしょうか。
いずれも重要な意見をくれるかもしれません。
しかし、新規事業に最終的な答えを出すのは、誰か一人ではありません。
顧客の行動。製造現場の事実。採算。会社が取れるリスク。
これらを見て、経営者が判断します。
採択は、Goサインではありません。
しかし、
Goかどうかを判断するための条件を一つ良くしてくれた。
そう考えると分かりやすいと思います。
2,000万円の設備が、補助金によって1,000万円の負担で済む。
それは大きな変化です。
だからこそ、残る1,000万円を使う前に、もう一度確かめる。
誰が買う。いくらで買う。どのくらい買う。
本当にその設備が必要か。
補助金に採択されたから進むのではなく、事業を進める根拠がそろったとき、補助金を使って進む。
この順番なら、補助金は新規事業にとって非常に強力な味方になります。
次回:
第46回「設備投資を決める前に、顧客から何を確認できているべきか」
第7部では、
設備を買う前に何を見るか。
設備がなくても何を確かめられるか。
遊休設備をどう考えるか。
補助金をどう位置づけるか。
と進めてきました。
最後は、設備投資判断を顧客側から総点検します。
「欲しいと言われた」だけで十分なのか。
見積依頼か。試作評価か。注文か。リピートか。
次回は、1,500万円、2,000万円を使う前に、顧客からどこまでの証拠を得ておきたいかを考えます。
シリーズの記事一覧
中小製造業の新規事業開拓を「何を作るかではなく、何を確かめるか」という視点から考えています。
参考
Rita Gunther McGrath & Ian C. MacMillan, “Discovery-Driven Planning,” Harvard Business Review, July–August 1995.
不確実性の高い新規事業では、前提を明示し、情報が増えるごとに計画を更新しながら、大きな資源投入を段階的に判断する考え方を提示しています。
ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金公式ホームページ「よくあるご質問」。現行制度では、経営力、事業性、実現可能性、政策面などの観点から事業計画を審査すると説明されています。
ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金公式ホームページ「補助事業の手引き」。採択後にも交付申請、補助事業実施、計画変更や中止・廃止等に関する手続きが定められています。
