フィレンツェの春【1】:呼び声
あらすじ:
古文書館の資料の調査を依頼され、フィレンツェを訪れた「私」。そこにあった「No.32」の箱には、15世紀の詩人ポリツィアーノを彷彿とさせる詩の断片が眠っていた。春の情景と、絶世の美女シモネッタ・ヴェスプッチの影。ルネサンスの熱狂と謎を巡る物語が、ここから動き出す。
■ 登場人物と目次
■ 花の都
サンタ・マリア・ノヴェッラ駅を出ると、石造りの街並みが重力を増したように迫る。
壁面の色は褪せている。
とはいえその褪色の奥に、かつての光が薄くくすぶっていることがわかる。
時が層をなして蓄積しているのだと、いつ来ても思う。
フィレンツェに戻るのは何年ぶりだろう。
記憶のなかの街はいつも乾いた光の下にあったはずなのに、実際に降り立つと、空気は思いのほか湿り気を帯びている。
しかし不快さはない。ただ空気中の水分が石畳の隙間からゆっくりと立ちのぼっているのが感じられる。
アルノ川の水面は鈍く光り、風はほとんど吹かない。 街全体が、呼吸をひとつ保留したまま静止する。
取材でイタリアを訪れることは多い。
美術館、教会、修道院、古い工房──行く場所は、いつも似ている。
しかし今回は少し事情が違った。
話を持ってきたのは古文書館に勤める友人で、私にとってそれは取材というよりはむしろ旧友との再会が目的だった。
「手が回らない資料が結構あってね。目録も曖昧で、来歴も不明。専門家にしたらどうでもいいガラクタばかりかもしれないが、君のように物を書く人の目から見たら、なかなか面白いものもあるかと思ったんだ。どうだい、こっちに来ないか?フィレンツェは久しぶりだろう?」
旅費は持ってくれるということだが、要はていの良いただ働きというわけだ。
しかし私はよくよく考える間もなく、すぐにチケットを予約した。
確かにフィレンツェは久しぶりだったし、彼と最後に会ったのはそれよりも前だった。
今思えば町と友人との再会への期待それだけではない衝動に、その時は動かされていた気もする。
■ 旧友
待ち合わせはいつものカフェだった。
3階の広々としたテラス席の奥、一番見晴らしの良いところに、彼はすでに腰かけている。神経質そうに首を傾け、気持ちのいい午後の景色を楽しんでいる様子だ。
私が近づくとゆっくりと振り返り、サングラス越しに懐かしい笑顔を見せた。
「ヴァレリオ!」
名を呼ぶ私に「久しぶり、元気?」答えると握手を交わす。
互いの握力で、長年の空白は一瞬で埋められる。
積もる話は尽きない。
近況を語り合い、学生時代の思い出話にも花が咲きかけたその時。胸ポケットに窮屈そうに収まっていた彼の携帯が、控えめに震えた。
画面を一瞥した表情が、やにわに真剣になる。
「すまない、急用だ。今日はつきあえそうにない。よりによって出先の修復現場でトラブルだと。古文書館に話は通してあるから、気になるようなら今からでも例の資料見てくれていいよ。明日か、いや、そうだな、明後日。明後日には必ずつきあう。一週間いるんだろ?もっといたらいいのに、ほんとうにすまない。また連絡する」
早口でこう言ういながら立ち上がり、問答無用で私を置いて行ってしまった。彼の背中に「期待しないで待ってるよ」と声を投げつつ苦笑する。
学生時代から、彼はいつも歴史の謎に呼び出されては私を置き去りにしたものだった。

■ もう一つの町
残された私は、眼下に広がるフィレンツェの街並みを眺めた。
午後の日差しを浴びて輝くオレンジ色の瓦屋根、細い路地を縫うように行き交う観光客、そしてカフェから漏れ聞こえるエスプレッソマシンの軽快な音が、現代のフィレンツェの活気を物語る。
しかしその賑わいの奥に、私はもう一つのフィレンツェを感じ取っていた。
過去の記憶がゆっくりと、しかし確実に染みわたっていく。
眼前にはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の巨大なクーポラが、堂々とそびえ立つ。
その壮麗な姿は、現代の喧騒を忘れさせるほどの、とてつもない物質の圧力でそこにある。
だが私の目には、まだファサードも未完成のまま、今以上の賑わいを見せていたであろう時代の光景が重なって見える。
ブルネレスキの天才的な設計と、それを実現するために広場に設置された巨大な巻き上げ機や足場、そして職人たちの活気ある姿。
石を運び上げる軋み、槌の響き、そして指示を飛ばす親方の声。
広場はその時代、観光客の撮影現場ではなく巨大な工房であり、未来の傑作を生み出す熱狂的な創造の場だった。
15世紀、ロレンツォ・デ・メディチが「イル・マニフィコ(偉大なる者)」と評され、フィレンツェがルネサンスの中心として輝いていた時代。
この街はどれほど活気に満ちていたことだろう。
その繁栄は、メディチ家の惜しみない学問、芸術支援によって花開いた。
街の至る所に芸術家たちの工房が軒を連ね、ドナテッロ、ボッティチェリ、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチといった名だたる巨匠たちが、彼らの庇護のもとで傑作を次々と生み出していった。
他方プラトン・アカデミーでは、マルシリオ・フィチーノを中心に、古典哲学や人文主義がいろいろな角度から議論され、思想的にも新たな光がフィレンツェ中に満ちていた。
広場では祝祭が催され、人々は歌い踊り、街全体が知と美の探求に熱狂していたのだ。

ヴァレリオのいう「ガラクタ」、地下室の奥に眠る雑多な資料の陰に、メディチ家が彩った時代の物語が隠されているかも知れない。
今までかけらもなかった期待に突然見舞われた私の足は、古文書館に向かい急いでいた。
■ 500年の忘却
保管室の空気は、また一段とひんやりとしていた。 湿度は外よりも調節されているようだ。
紙と革と木材と埃が混ざり合った、この手の場所特有の古い臭い、ある種の人々にとっては得もいわれぬ芳香が鼻腔をくすぐる。
ここまで案内してくれた受付の女性は箱の詰まった棚をいくつか私に示し、それらに対応する「寄託資料群」の目録を手渡した。
お礼を言うと、
「なにかあればいつでも呼んでください、良い旅を」
冗談めかして姿を消した。
箱の数は思いのほか多く、どこから手をつけていいのか分からない。
A4サイズで数ページに及ぶ目録を見ると、その表にある番号と棚の箱ひとつひとつにつけられたラベルの数字とが対応していることがわかる。
どの番号をみても、系譜も来歴も決定的なものはなく、中身の記述も断片的で、具体的にそこにどういった資料がはいっているのか判別がつかない。
たとえば18番の箱に対応する目録は、こう読める。
No. 18:書簡束・小冊子(断片)/15世紀後半写本?/羊皮紙による書簡数通(筆致不統一・複数人の可能性)/小冊子状の綴じ物1点(表紙欠損・本文一部欠落)/人名らしき記述あり(判読困難)/年代推定:15世紀半ば?/由来不詳、旧蔵者不明/状態不良のため閲覧注意。
開けて中身を見たところで、それがどういった来歴をもち、またどれほどの価値があるのかを確かめるには、いろいろな手続きが必要となる。
いいかえれば、ここに保管された箱の集積はそうした調査の網目をくぐり抜けた末に居場所が与えられなかったもの、私のようなもの好きが、その網目をどうにかこうにか繋ぎあわせてなんらかの意味をあたえることを、500年以上も待っているような、そんな品々なのだった。
■ 「No. 32」
手当たり次第に箱を開けるわけにもいかず、開けるべきものを目録とひき比べ、めぼしい箱を開けていく。
いくつめの箱だったろうか、中身は箱の大きさにくらべて単純だった。
それは厚紙で組まれたアーカイブボックスで、表面は繊維がわずかに毛羽立ち、角は丸く摩耗している。
蓋は完全には閉じていない。わずかに浮いている。
側面にはラベルが貼られている。白かった紙はくすみ、縁から剥離しかけている。
紙と比べて新しい黒のインクで、「No. 32」の文字。
これは後年の整理時に付されたものだ。その下に、かすれた鉛筆の書き込み。
消そうとした痕跡だけが残り、記されていた文字は読めない。
目録の「32」には、「写本(詩?)/祝祭・行列・季節行事に関する語彙が散見/および聖母子像(板)/フィレンツェ?」の文言が目を引く。
蓋を慎重に開けると、そこには羊皮紙の束がびっしりと入っていた。

羊皮紙には詩のような断片的な文章が書きつけてある。
筆致が定まらず、推敲の痕跡も見られ、にわかに判読はできない。
明るい森、優雅な白鹿、緑の芝生、池のほとり、輝く初雪の白、花冠、深紅の薔薇、貴婦人の足元で芽吹く新しい花々……。
アンジェロ・ポリツィアーノに帰属し得る語法。
断定はできないが、否定する材料もない。
彼はメディチ家宮廷で活躍した桂冠詩人、人文主義者でロレンツォ・デ・メディチとも極めて近く、その子供たちの家庭教師であり、後年のパッツィ家による暗殺未遂事件では、彼の命を救った英雄的人物としても知られる。
反復される語彙とそこから想起されるイメージは、春。
歌の対象は一貫して女性だが輪郭は与えられない。描写は指示に近く、像の確定を避けながらも、読者に促す。
「——見よ、彼女を」
そこに固有名はないが、容易にその名に行きつく。
シモネッタ・ヴェスプッチ。

■ 登場人物と目次
