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フィレンツェの春【2】:顔を持たぬ女

あらすじ:
ルネサンスの美の象徴シモネッタ。「私」は、理想美とは異なる生々しい現実を宿した聖母子像を見出す。詩の断片と絵に隠されたスズメバチの符牒から、モデルが彼女自身であると確信するが……。

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■ 登場人物と目次


■ 美のイデア、ひとつの「現象」

シモネッタ・ヴェスプッチ

フィレンツェは、この名をひとつの季節のきらめきとして記憶しているに違いない。

ボッティチェリ、≪美しきシモネッタ≫、1469‐75? 丸紅ギャラリー
ピエロ・ディ・コジモ、≪シモネッタとされる女性の肖像≫、1490頃、コンデ美術館

彼女は単なる宮廷の寵児にとどまらない。
「フィレンツェの花」と謳われたその美貌は、絶対的な美のアイコンとしてルネサンスを方向づけた。

当時の知的潮流であったネオ・プラトニズム(新プラトン思想)が説く「愛の哲学」は、魂の進むべき道として地上の美から天上の美へと連なる階梯を想定する。

この抽象的な理念に、具体的な実在として説得力を与えたのが彼女である。
彼女はこの美の階段の入り口であり、かつ到達点をも幻視させた。

この二重性が、さまざまな芸術家に霊感を授けることになり、こうして彼女は個人の伝記的存在を超えた、 ルネサンスの祝祭的文化におけるひとつの現象、ムーサ(ミューズ)となった。

彼女の神話化は、その死によって完結する。

突然の病による早世は、彼女を時の劣化から切り離し、「プリマヴェーラ(春)」の光芒を永続化させた。儚さは歴史においてしばしば永遠の条件となる。彼女の場合も例外ではなかった。


■ 聖母子

今ここで私が手にする詩の断片もまた、絵画の文脈におけると同様「ラ・ベッラ・シモネッタ(美しきシモネッタ)」にインスパイアされたものと考えて間違いない。

とすれば、目録にある「聖母子像」もやはり、ボッティチェリが描いたような「天上の美」を映す面影を披露してくれるのだろうか。

ボッティチェリ、≪マニフィカトの聖母(部分)≫、1483、ウフィツィ美術館

問題の板絵も同じ「32」の箱の底、羊皮紙の分厚い束の下に収まっていた。はやる気持ちを抑えながら、板を包むかすれた麻布をほどく。

わずかに獣の脂を思わせる匂いが立ちのぼる。その湿り気を帯びた古の香りは、沈殿するものの生々しさを予感させる。

聖母マリアが幼子イエスを抱く聖母子像は、中世以来、画題としてもっとも好まれたもので、15世紀のフィレンツェでも量産された。

目の前に現れた板絵も、その中のひとつに見えた。

聖母は画面の中央に座り、上体はわずかに左に傾いている。
顔は磁石に引かれるように右側、すなわち鑑賞者へと静かに向かう。
しかし両瞼は伏せられ、視線はわが子に向けられているようだ。

そして丸々と描かれた幼子は熟れたザクロを手にこちらを見据え、自身のずしりとした重みを母の腕に預けて画面の三角形構図を安定させる。

幼子がザクロを持つことは多い。

それはイエスの心臓であり、熟れて割れたところから覗く実は多産の象徴で、彼の受難と苦痛から復活への運命を示すものとして多重の意味を持つ。

ここに入念に描かれたザクロも典型的なアトリビュートに思われた。
今のところ、幼子は我々が知るものの域を出るものではない。

ボッティチェリ、≪ザクロの聖母(部分)≫、1487、ウフィツィ美術館

■ 月下世界の聖母

予想を裏切っていたのは聖母のほうだった。

そこにいたのは神秘的な理想の美を纏うマリアではなかった。
輪郭線や質感に現実味があり、実在の女性を思わせる。ボッティチェリ的な浮遊感のある世界ではなく、重力が支配する月下世界の女性だ。

聖母が美しくないというのではない。
むしろ美しい。

しかし詩の中できらびやかな言葉で暗示される「ニュンペー(ニンフ、自然の精)」や、あるいは「天上の美」を目指すものとはあきらかに異なる規範に従って、この板絵は描かれている。

肌は「雪の純白」ではなく、長い間日の光を味わえなかった肌の質感をともなう白だ。
口の端に見える笑みもどこか物憂げで、「森も呼応して歌いださん」とするような微笑みではない。
それはむしろ、すぐにでも壊れそうな自身の体を忘れようとしているかのようだ。

薄絹のヴェールから長く伸びた金髪は、風と同化する「金色の輝き」ではなく、ヨーロッパ人特有のウェーブがかった細い繊維状の髪の毛の束だ。

Vvici, ≪ Sourire caché », 2026

衣文も同じだった。

それは詩的な軽やかさで線的に流動するのではなく、内側の身体に逆らうことなく重く折り重なり、肉を支えるものとして機能している。それは現世、つまりフィレンツェの富と権力を思わせた。

ベルベットの深い藍や黒曜の奥行きは、「伸びゆく若芽」や「黒スグリの煌めき」ではなく、密に織られた上等な毛羽(パイル)の一本一本が光を受けて角度ごとに色を変えた結果だ。

そして袖に施された金糸の刺繍は「聖なる無垢の黄金」ではなく、熟練の針仕事で仕上げられた金属の輝きを放つ。


■ 不在の顔

羊皮紙の詩編が紡ぐイメージは明らかにシモネッタ・ヴェスプッチを示唆していた。

しかし同梱の板絵にはそうした痕跡を読み取ることはできない。
これらふたつは全く関係のないものなのだろうか。

無論あり得る。

冷静に考えれば、来歴不明の「ガラクタ」の棚にあったものだ。むしろそのほうが公算は高い。

羊皮紙と板絵を代わる代わる眺めながら、しかし私は、これらが相呼応する可能性を諦めたくはなかった。

今日、私たちがシモネッタの面影を重ねる ≪ウェヌス(ヴィーナス)の誕生≫ や ≪プリマヴェーラ≫ の美神たち、あるいは 「シモネッタの肖像」と題されているもののほとんどは、後世の解釈によって彼女に結びつけられたものに過ぎない。

美のイデアと個人としてのシモネッタをつねに重ねて論じる傾向は、ゴンブリッチの言葉を借りれば、後世の「ロマンチックな」見方によるところが大きい。

ボッティチェリ、≪プリマヴェーラ(部分)≫、1478‐82、ウフィツィ美術館
ボッティチェリ、≪ウェヌスの誕生(部分)≫、1485頃、ウフィツィ美術館

ゆえに、シモネッタという女性は、あまりにも強烈な存在だったにもかかわらず、いや、だからこそ同時にある種の欠落を抱えている。

その記録は顔を持たない

あるいは顔の欠落こそ、彼女の唯一の「像」なのかもしれない。

観念的なイメージの断片だけが残り、それらをつなぎ合わせたモザイクだけが彼女を形づくる。 彼女にとって、その不在が浮きあがらせる輪郭こそ、最も強固な肖像なのだ。

しかし今、ここにある小さな板絵は、これが生前の、おそらく死の直前の彼女を描いたものとすれば、そうした通説を根底から覆す可能性を秘めている。

描かれた女性の顔には、これまでのどの「シモネッタ」にも見られなかった生々しい現実感、病の床にある疲労感と、時代を超えた個性が宿っている。


■ Vespa

今一度詩を追う。

羊皮紙のページはばらばらで、推敲の跡、判読できない部分もおおいが、トスカーナ語でオッターヴァ・リーマ(八行連句)の形式をとっていることは間違いない。

甘美な春のイメージの海に、一見場違いな、つぎのような一節が飛び込んでくる。

草原は宝石のごとき花々に微笑み、
澄み渡る空は小川の水面に、その麗しき面を映す。
ゼピュロス(西風)の息吹で、魂は憂いの鎖から解かれ、
この甘美なる楽園で心地よく我を忘れる。
だが見よ、花咲く胸の奥に潜む鋭き刃、
スズメバチが刺を震わせ、うららかな微笑みを打ちひしぐ。
なぜなら黄金のヴェールを纏うフォルトゥナ(運命の女神)は、その甘く
しかし傲慢な手の内に、ニガヨモギの盃を忍ばせているのだから。

——Vespa(ヴェスパ)、すなわちスズメバチ

花々を飛び回る穏やかな蜜蜂ならともかく、それは楽園には不似合いだ。
事実、この語は一度消され、再度羊皮紙の脇に書きなおされていた。

詩に書きつけられたこの不穏な金と黒のイメージは、私を板絵の聖母に即座に連れ戻した。

暗い濃紺のベルベットのガウン。
袖口の金刺繍に、よく見なければ気づかれない角度で、蜂の群れを模した柄がはいっている。

ヴェスプッチ家の紋章——赤地に群青帯、金スズメバチの群れ——が、彼女の社会的な位置を控えめに、しかし確実に告げる。

Vvici, ≪ Vespe ou Vespucci », 2026

シモネッタ・ヴェスプッチ。
やはりこの聖母は彼女をモデルにしている!


Continua → フィレンツェの春【3】:国家という名の芸術作品

■ 登場人物と目次


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