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二度おいしい叙景歌 ~京極派スペース抄~

「心のままにことばの匂ひゆく」ように歌を詠む――鎌倉・南北朝時代の和歌文脈において異色であったこの歌論を、京極派という和歌グループは選択しました。
そんな京極派について、X(旧Twitter)にて毎週お話しています。

この記事は、そんな京極派スペースの音声を読み物として整えた京極派スペーステキスト版の一部を抜粋したものです。



2026年4月10日放送スペース「散る花を詠んだ京極派和歌」、7月31日テキスト化した「散る花、見えない美しさ」より。

一見純粋叙景歌と見える和歌の背景を知った時、その歌が違った形で味わい直せる、
というお話をした箇所を、今回テキスト版から抜粋しご紹介します。


全文を読みたい方はこちら(テキスト版)
音声で聴きたい方はこちら(ポッドキャスト)




二度おいしい叙景歌 ~京極派スペース抄~

野分つまり台風で、六条院が騒がしくなった翌朝、光源氏の息子の夕霧くんが「皆さん、大丈夫でしたか」とお見舞いに来るんですね。
その時に、普段は隔てられている女性たちを垣間見かいまみるんですよ。

父の光源氏が自分に絶対に見せないようにしていた愛妻紫の上も、野分の後のバタバタで垣間見てしまい、「なんて綺麗な人なんだ」と思うし、
他にも、その時点で姉ということになっている玉鬘(実際には従姉)もその時に垣間見るのかな。
秋好中宮や明石の姫君も見るんだったかな。

そんな具合で何人かの女性をこの時夕霧くんが見て「きれいだな」と思うんですが、
その時八重山吹に喩えられたのが玉鬘です。

八重山吹の咲き乱れたる盛りに露のかゝれる夕映ぞ、ふと思ひ出でらるゝ

という文章がありますね。

この為子の

さきいづるやへやまぶきの色ぬれて桜なみよる春雨の庭

という歌も、さっきの九条左大臣女の歌と同じで、知らなければ、純粋な叙景歌として読めるじゃないですか。
本当は違うけど、そのように読んでもいいと思うんですよ。

実はその背景に『源氏物語』「野分」のあの印象的な場面があって、
「為子はそれをはっきりと踏まえてこの純粋叙景歌に取り直したんだろう」と考えるのが研究としては正しいですが、それを別に知らなくても味わえる。

ただし、背景を知っているとなお味わえる。
「二度おいしい」じゃないですが、そんな読み方ができるかと思います。


「京極派スペース抄」は以上です。ありがとうございました。


全文を読みたい方はこちら(テキスト版)
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京極派スペース抄


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この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

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