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女じゃなくてよかったよ ~京極派スペース抄~

「心のままにことばの匂ひゆく」ように歌を詠む――鎌倉・南北朝時代の和歌文脈において異色であったこの歌論を、京極派という和歌グループは選択しました。
そんな京極派について、X(旧Twitter)にて毎週お話しています。

この記事は、そんな京極派スペースの音声を読み物として整えた京極派スペーステキスト版の一部を抜粋したものです。



2026年4月3日放送スペース「花を詠んだ京極派和歌(風雅集)」、7月3日テキスト化した「花の曙、花の夕暮れ」より。

こっちの花に満足しきらないのに、あっちの花も気になる、という歌を紹介したのですが、
そこから『源氏物語』光源氏にまで派生して語った箇所を、今回テキスト版から抜粋しご紹介します。


全文を読みたい方はこちら(テキスト版)
音声で聴きたい方はこちら(ポッドキャスト)




女じゃなくてよかったよ ~京極派スペース抄~

「あかでも」というのは「飽きる」という字を書いて四段活用するんですが、
「飽きる」というより「満足する」という意味で捉えたほうがいいと思います。
「飽きちゃった、ぽーい」という現代の意味ではなくて、
ちょっと似通うところはもちろんあるんですが、そうではなく「満足する」の意味。
「たくさん食べた、お腹いっぱい。満足」というあの感じ。
もう満足しているから、追加で食べようとはならないですよね。
「甘いものは別腹」とかいう言葉はありますけど、そうではなくて、
「もうお腹いっぱいだから、満足しているから、もう追加は要らない」というのが「く」。
それの否定形が「かず」、連体形は「飽かぬ」。

花はどんなに見ても見ても、飽くことはない、満足することはない。
この里の花に満足していないんですよ。
この里の美しく咲いている花に満足していないんだけど、あっちの里の花も見たい、まだ見ぬかたの梢が気になる、と。

「光源氏か」と思います。花で良かったですね。
人間でこれをやられたら、女の側はキーッとなるというか、
キーッとなるのが自然であるのにそれを我慢させられてきたのが『源氏物語』だったり、さまざまな古物語や歴史上の女たちの物語だと思いますけれども、
ほんとこれ、花で良かったですよ。花ならあちこち心が移っても問題ありませんからね。


「京極派スペース抄」は以上です。ありがとうございました。


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京極派スペース抄


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この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

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