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意味と韻律を合わせる、ということ ~京極派スペース抄~

「心のままにことばの匂ひゆく」ように歌を詠む――鎌倉・南北朝時代の和歌文脈において異色であったこの歌論を、京極派という和歌グループは選択しました。
そんな京極派について、X(旧Twitter)にて毎週お話しています。

この記事は、そんな京極派スペースの音声を読み物として整えた京極派スペーステキスト版の一部を抜粋したものです。



2026年4月3日放送スペース「花を詠んだ京極派和歌(風雅集)」、7月3日テキスト化した「花の曙、花の夕暮れ」より。

和歌は意味内容だけで成り立つものではないし、短歌も本来そうです。
意味と韻律の関係について語った箇所を、今回テキスト版から抜粋しご紹介します。


全文を読みたい方はこちら(テキスト版)
音声で聴きたい方はこちら(ポッドキャスト)




意味と韻律を合わせる、ということ ~京極派スペース抄~

この韻律、ゆったりした調べがまず見事だし、
それが「入るともなしに影消えにけり」という歌意にきちんと沿っている。


「韻律と歌意を合わせる」ということを私は歌会などで結構言います。
「こういう意味であるのに、この韻律だと合っていない、ちぐはぐな感じがする」とか、
「この意味だから、普段はやめた方がよいこの音数律もこれに限れば活きている」とか、
そういう言い方を私はしますけれども、

多分永福門院はそういうのを理論として知っているんじゃなくて、天性のものとして獲得されているんだと思います。

このゆったりとした調べから、
夕方から日が暮れてしまう、暮れきるまで、花の上のあたりの変化をじーっと見つめていた作者の、一定の時間ですよね……どのくらいの時間がかかるのかな。
10分? 1時間? わからないですけど、その作者の視線というのが感じられる。

歌意だけでももちろんすばらしいですが、韻律も見事だなと思います。


「京極派スペース抄」は以上です。ありがとうございました。


全文を読みたい方はこちら(テキスト版)
音声で聴きたい方はこちら(ポッドキャスト)


京極派スペース抄


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この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

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