家では聞けなくなった声が、グラウンドに響いていた日|🧺日常の余白
長男は4年生。
少しずつ高学年に近づいてきた男の子。
最近は、愛想が悪い時もある。
朝、おはようと言っても、
「うん」
学校どうだった?と聞いても、
「ふつう」
そんな返事で終わることも増えてきた気がする。
もちろん、ずっとそうではない。
機嫌がいい時は話してくれるし、
下の子たちとふざけ合って笑っていることもある。
パパと一緒にふざけてくれることもある。
でも、前みたいに、
パパ〜見て〜っ、昨日ね〜。
そう言って、何でも話してくれる感じではなくなってきた。
男の子はそういうものなのかなと思う。
成長しているということなんだとも思う。
それでも親としては、
やっぱり少し寂しい。
そんな長男が、
数ヶ月前から野球をやり始めた。
地域の少年野球チーム。
最初は、続くのかなと思っていた。
塾もある。
学校の宿題もある。
それに学校はもう6時間目までフルにある。
そんな中でも練習は休めない。
暑い日もある。
走ることも多い。
大きな声も出さないといけない。
家では少し面倒くさそうに返事をする長男が、
そんな場所にちゃんと通えるのか。
正直、少しだけ心配していた。
でも長男は、
練習を欠かさず通っている。
ユニフォームを着て、
グローブとバットを持って、
グラウンドへ向かう。
帰ってくると、
靴下にもズボンにも砂がたくさんついている。
表情には、少し疲れが見える。
「今日どうだった?」
「今日はバットにあたった」
それでも、
少し話してくれる。
そんな長男が、
初めての試合を迎えることになった。
明日は試合。
そんな日の夜。
試合楽しみにしてるよ。
がんばってね。
そう声をかけると、
「うんっ!」
と返ってきた。
ひと言。
ただ、その声は、
いつもの短い返事とは少し違って聞こえた。
楽しみにしているのが伝わる、
元気なひと言だった。
ああ、本当に楽しみにしているんだな。
そう思うと、
私まで少しうれしくなった。
だけど、朝起きると土砂降りの雨だった。
窓の外を見た瞬間、
これは、さすがに無理か。
そう思った。
チームからの連絡を確認すると、
案の定、試合は中止。
長男に伝える。
今日、やっぱり試合できないって。
長男は少し黙ってから、
「もうないの?」
と聞いた。
その声には、
思っていたよりもがっかりした気持ちが混じっているように聞こえた。
私は大会概要を改めて確認した。
予備日がある。
大丈夫。
再来週の土曜日にあるよ!
そう言うと、
「良かった〜」
と、長男はほっとした顔をした。
その横で、
私も一緒にほっとしていた。
初めての試合。
練習も休まずに通っているのを知っている。
暑い中走って、
大きな声を出して、
家に帰ってきたら疲れた顔をしていたことも知っている。
だから、なんとか試合をしてほしかった。
そう思いながら、
1週間が経った。
何気なく週間天気予報を見る。
雨予報だった。
試合のある土曜日だけ、
雨マーク。
土曜日より後は晴れ予報。
なんでそこだけ。
そんなことを思いながら、
長男へ伝える。
天気予報、雨だ。
「えぇ〜、また〜?」
分かりやすく肩を落とす長男を見て、
私も同じような気持ちになった。
それから毎日、
天気予報をチェックするようになった。
1日ずれるくらいならまだまだ可能性はある。
そう、自分に言い聞かすかのように、
毎朝確認する。
雨雲が少しでも早く流れないか。
自分が試合に出るわけでもないのに、
そんなことばかり気にしていた。
木曜日。
試合はあさって。
天気予報を見る。
少しずれてきた。
雨ではなく、
曇り後雨になっている。
まだ分からない。
でも、少しだけできそうな気がしてきた。
金曜日。
明日が試合。
ここからは、
雨雲レーダーで細かく確認する。
午前中はいけそうか。
だけど、
昼過ぎから雨雲が近づいてくる。
できそう。
でも、まだ少し心配。
そんな天気だった。
迎えた土曜日。
朝から空は重たい色をしていた。
でも、雨はまだ降っていない。
チームから連絡が来た。
やります。
ただし、昼過ぎからの雨を考慮して短縮スケジュールで。
その文字を見て、
慌てて長男へ伝えた。
試合あるよ!
良かったね!
長男の顔が明るくなる。
「よかった!」
その一言だけで、
もうこちらまで十分だった。
長男は、もう道具をそろえていた。
グローブ。
バット。
水筒。
最後にユニフォームを着て、準備万端だった。
会場へ向かう車の中では、
長男はよく話してくれた。
相手チームのこと。
今日の試合のこと。
自分のポジション。
まだ試合は始まってもいないのに、
私は既に満足しかけていた。
こんなふうに話してくれる時間が、
家では少しずつ減ってきていたから。
会場へ到着すると、
長男はチームメイトを見つけて、
走って向かっていった。
グラウンドに入ると、
すぐにチームの一人になった。
ユニフォームを着た選手の一人。
その背中を見ていると、
少し不思議な気持ちになった。
家では、
まだまだ子どもだと思うことがたくさんある。
忘れ物もする。
聞いてるのか聞いてないのかわからないような返事ばかりだし、
こちらが声をかけないと動かないこともある。
でもグラウンドでは、
家で見る長男とは少し違って見えた。
最初のあいさつ。
「お願いします!」
子どもたちの大きな声が、
グラウンドに響いた。
その中でも、
一際大きく長男の声が聞こえた。
家ではなかなか聞けなくなった声が、
そこにはあった。
しかも、それは私に向けた声ではなかった。
チームに向けた声。
グラウンドに向けた声。
自分から出している声だった。
試合が始まると、
長男はチームのバッターを大声で応援していた。
守備の時には、
大きな声で周りへ声をかけていた。
ピッチャーがストライクを入れられずに苦しんでいる時には、
「いいよいいよ〜、気にしないで〜」
と声をかけていた。
満塁になっても、フォアボールの押し出しで点が入ってしまっても、
真剣な顔のまま、
変わらず声をかけ続けていた。
その声を聞いた時、
少し胸が熱くなった。
大きな声を出していることもうれしかった。
でも、それ以上に、
ピッチャーの気持ちをちゃんと考えていることがうれしかった。
家の中では、
こちらの声がなかなか届かないこともある。
注意されると、
すぐに不機嫌になることもある。
自分のことでいっぱいに見えることもある。
だから正直、学校ではどうなんだろう。
外では、どこまでできているんだろう。
そう心配に思っていた。
でもグラウンドでは、
仲間のことを見ていた。
ピンチの時も、
チャンスの時も、
長男の視線はチームへ向いていた。
チームスポーツって、
こういうことなんだなと、
観客席で思った。
家では聞けなくなった声が、
グラウンドでは響き渡っていた。
その声は、
私に向けられたものではなかった。
でも、だからこそ、
うれしかったのかもしれない。
一度は雨で流れた試合だった。
再び雨に流されそうになって、
毎日天気予報を見ながら待っていた試合だった。
やれてよかった。
本当に、やれてよかった。
試合が終わる頃、
空はぎりぎり何とかもっていた。
私は空を見上げた。
天気の神様に、
少しだけお礼を伝えたくなった。
次の試合も、
私はきっと観に来るだろう。
また毎日、
天気予報を欠かさず確認するのだと思う。
雨雲レーダーも確認して、
午前中だけでももってくれないかと、また願うのだと思う。
そしてグラウンドのどこかから、
長男の声を探してしまうのだと思う。
家ではなかなか聞けなくなった声が、
グラウンドでは、
こんなにも大きく響いていたから。
