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「ワタシを生きる」物語|ワタシログ vol.4 ケンスケ

「本来のワタシを生きる」を実践するコミュニティであり、アトリアという生命体のような場所。

「働く」と「生きる」を分けずに、
自分の世界観を大切にしながら仕事にしていく。

アトリアは、そんな実践をしている人たちが集まる、
生命体のような共創の場。

このnoteでは、アトリアに関わるクルーたちの“変容の記録”を「ワタシログ」として綴っていきます。


第4回はアトリアクルーであり「スケッチライン®︎ラボ」を主宰するケンスケのワタシクリエイトストーリー。

山下健介(やました けんすけ)


絵も描けるコーチ・コンサルタント。Embodier代表。
リクルートマネジメントソリューションズで16年間、人事組織領域のコンサルティング、サービス企画、マネジメントに従事したのち独立。
会社員と並行して、足でお手玉したり、歌ったり、絵を描いたりという身体感覚に触れる活動や人や集団の変容の学びに横断的に取り組む。
現在は、絵×対話で楽しみながら自分を探求をする「スケッチライン®︎ラボ」を主宰。アトリアコアクルー。


1. アトリアとの最初の出会い

共鳴した「働くと生きる」の在り方

アトリアとの最初の出会いはコーチングのクライアントであった細野さん(写真左から2人目)が活動の拠点として、またご自身の大切なコミュニティとして関わり始めていたことがきっかけでした。

 ただ、コミュニティに参画することは、コーチングを引き受けていることから二重関係になってしまうのでできないと自分では判断していたので、時々開かれる外部向けイベントにお邪魔する位の接点でした。 

アトリアと再会したのは、その約1年後。

今度は仕事仲間でもある友人の中村一浩(写真右から2人目)と訪れ、代表の井尾佐和子さん(写真一番左)、細野さんともご一緒しました。(写真一番右がわたし) 

 
そのときに、代表の佐和子さんともはじめてちゃんと話したのですが、
自分がもともと大切にしている考え方や場の持つ空気に、
共通するものをたくさん肌身で感じたんですよね。
 
「働くと生きるを分けない」を大切にするアトリアと
「働くと暮らすを分けずに手触りを感じたい」自分。

 
目的に照らして直線的・機能的につくられた場でなく、
そこにいる人が尊重されるような雰囲気のあるカフェ。
 
ただ、このときは共通点が多くある場所、
そしてご縁がありそうだなという感覚にとどまりました。


 2. モヤモヤを抱えていた転換期

暮らしに重心を置いた時間と、フリーになってからの小さな違和感

 
16年間人事や組織領域のコンサルタントやサービス企画をする会社員として
働いた後、退職してフリーランスになり、
家族の暮らしに重心を置く2年間を過ごしていました。
 
この2年間は、妻の仕事が忙しくなったこと、
またフリーランスになり仕事の時間と場所の自由度があがった事から、
家事や子どもの学校行事などをわたしが持つ割合を増やした時期でした。
 
昨年、子どもの受験が終わり、一つの区切りがつき、
お金を稼ぐことに重心を置きなおした頃に、
もう一度アトリアと出会いなおすことになりました。

細野さんとのコーチ・クライアントの関係が完了したことや
「タイミングなのでは」という直感が参画することになった理由です。
 
当時は業務委託としてのお仕事がありがたいことに
一定程度やらせてもらうことができてきた一方で、
自分としての活動はあまり進められていない感覚に引っ掛かりがありました。
 
そして、いろいろ試行しながらやってきた中で、
どうしても相手に価値を発揮する・貢献するというやり方だけだと
自分の活動ではなく、クライアントの活動になってしまう
ことを体験から感じていました。
 
それはそれで大切で必要なことなのだけれど、
それだけではないものが絶対にあるはずだという感覚があったのです。
けれど、「じゃどうしたらいいか」は掴みきれずにいました。


 3. クルーの活動やスクールを通して気づいたこと

誰もが自分の存在そのものを自分で認め生きている世界を、みんなで創る


参画してすぐ、5日目くらいに自分の事業やサービスの壁打ちをしてもらう
「公開ドライブセッション」という場に
自分の大切にしてきたこと、やってきた取り組み、
できたことといま抱えている難しさを出してみました。
 
これまで、自分の活動としては、絵と対話を中心に活動してきたけれど、
それ以外の趣味的なものや、
かたちになっていない取り組み・活動も含めて
全部やってきたことをみてもらおうと思って。

 
別に絵や対話ではなく、他のものであってもかまわない、
ほんとうに真ん中と思えるものをつくっていきたいし、
明らかにしたい
と思っていました。
 
手段ではなくて、わたしが大切なことを大切にしたかった。
 
結果、やはり絵と対話になりました。
 
その段階では、「ほんとうに?」という疑問は持ちながらも、
でも伝えてもらった感覚はその通りだったので、まずはやってみようと思いました。
 
やると決めると、「なんで絵と対話なのか?」が少しずつ理解できていきました。
 
これは、人や組織に関わる仕事や家庭や地域との関係で、
「自分という人間をどう捉えたらよいのだろう」という難しさから発見したやり方、

「どうしたら自分を生きながら、人と共にいられるのか」
自分の試行錯誤と重なるものでした。
 
言葉だと拾いきれないものが絵だとつかめる感覚が自分にはあること、
その絵を用いて対話すると、自分の感覚を伝えたり人とつながれる感覚があること、
そういう自分の体験から育まれたやり方なんだということがわかってきたんですよね。
 
そしてそういう感覚が強くあった2020年頃に
軸になるサービスはすでにつくっていて、
トライアルもしていたけれどそこから止めていたことを思い出したんです。
 
それでもまだ「絵以外もあるんじゃないかな」という気持ちは拭えずに
迎えた初回の体験会で、不思議な感覚に包まれました。
 
これまでぼくにとって「場を開く」とはきてくれた人に、
約束した価値を届けられるかどうかを試される場でもありました。
 
ピリッとする感覚があるし、ちゃんとしなきゃいけない。
だから、終えるとどんなにいい場でもぐったりしてしまうのがあたりまえでした。
それは会社員でもフリーランスでも同じでした。
 
けれど、このときはまったく違っていた。
自分の大切にしていることを大切にできているし、伝えられている。
 
それはぼくにとってズレがないことを話しているからというのもそうなんだけど、
それが可能なのは、参加してくれている人たちもそれをのぞんでいる、
カフェで食事を準備してくれている仲間も、
そしてこの働くと生きるを分けないこの場も。

 
自分が自分を生きることを応援されている場で、
それを伝えることが誰かの力になると思えた、初めての体験でした。

 
終えたときの身体の感覚は、とても楽でまったく疲れておらず、
全ての時間が静かに幸せを受け取るような時間。
 
何かを成し遂げた瞬間の達成感とか高揚感とはまったくちがっていて、
ゆったりとその場を俯瞰したり没頭したり、
場に人は集まっているのに自分に集中できるような感覚だったのです。
 
もちろん、初回は反省点もありました。ただそれは修正すればいい話。
それがあるからといってぼくにとっての価値はまったく変わらない。
実際、そこからより非言語を体験できるものにブラッシュアップされました。
 
 
そして、驚いたことがもう一つありました。

それは、並行して参加していたスクールで理念がこれまでよりも
目の前にあってほしい景色の解像度がより高いものに書き換わったのですが、
その言葉を味わう中で、
実はその景色を体現する場が、絵×対話の場だったということに気づきます。
 
「誰もが自分の存在そのものを自分で認め生きている世界を、みんなで創る」
 
これが目の前にあらわれる、それが絵×対話の場だったし、
それを自分が体現するのがこの場でもありました。


4. 仲間が教えてくれた関わりの在り方

サービスの成功より、「その人らしさ」を信じて見守るということ

 
さきほど書いた体験を迎えるまでに、
周りの仲間はどのような関わりをしてくれたか、を思い出していました。
これは当時もいまも変わりません。
 
一般的に事業やサービスの立ち上げを支援し合うコミュニティに
自分が抱いているイメージは、
サービスがうまくいくようにアドバイスしたり、
うまくいくように具体的な手助けをしたり、励ましたりという景色です。
 
それがないわけではないのですが、わたしが一番感じているのは、
その人がその人でいられるように尊重すること。

そして「そのサービスが稼げるか」から入らずに、
「その人が本当にみたい景色とつながっているかどうか」を最初にみる。
それは、その人を信じているからこそでできる関わりで、
だからちゃんとやりきれる。
そんな関わりとまなざしを向けてもらったように思うのです。
 
最終的に何が自分の活動になるかは、
最初の段階ではデザインしきれないこともあります。
 
でも核となる部分は、自分が大切にしているものを、
周囲からのまなざしも受け取りながら発見していける。
そして、そこから経済的な循環を生む、稼ぐこともあきらめない。
 
ここまで全体を包括することをやろうとしている集団?組織?コミュニティは、ぼくが過去経験した中にはありませんでした。
 
コミュニティという言葉はついているけれど、
それぞれの個が立っている/立とうとしている人たちが共にいる場でした。
 
そういう人たちが目撃しつづけてくれるから、歩くことができる。
それをお互いにしているのがアトリアの仲間だと感じています。


5. 活動を再開して浮かび上がった葛藤

「くらう」という感覚と、それでも続けたいという想い

 
ぼくは、2020年にすでにはじめていた活動を
アップデートして自分の活動を再開しました。
 
「なぜ、かつて一人ではじめた活動は頓挫したのか」再開してみてわかりました。
 
自分の大切なことを掲げてそれを届ける活動をすることは、
いろんなインパクトを受け取るからです。
わたしはこれを「くらう」と表現しています。
 
まず、大切に感じていることを自分としては伝えきれる文章に落とせた、と
思ってもそれは容易には伝わらないということの方が多いです。
 
なので単に必要なひとに届いていないだけなのに、
受け入れられないのかもしれない、と早々に見切りをつけてしまう。
 
あるいは、そこまで大切ではなかったかもしれない、
と傷つかないように捻じ曲げてしまう。
 
そこに一人で立ち続けるのはほんとうに大変なので、
途中で終えてしまっていたのでした。
その部分はいまも多かれ少なかれありますが、
1人でやっているときは大きくちがう感じがあります。
 
他にもあります。
 
届けている場が、
誰かがまとめた理論ではなく自分の生き方と繋がっているので、
考え方やフレームとして消費される感じがあると悲しい気持ちになるんです。
 
わたしは、参加した人自身が自分の輪郭を探求するために場を開いているので、
その中でつかったやり方一つを取り出して
「自己理解のネタとして他でつかってみよう」という反応をもらったときにそう感じます。
 
実際に参加してくれた人の中にはそういう方は幸いにしていませんでしたが、
周囲で聞こえてきた声の中にはありますし、
必ずしも珍しいことではありません。
 
繊細すぎるかもしれません。
でも自分の大切なことを社会との接点に出していくことは
そういうことだなとも思うのです。
これが理論や知識を教える、伝える前提の場だったらそうは思わないので、
やはり自分自身と不可分な場だからそう感じるのでしょう。
 
その感覚を一人で持ち続けて、
また活動のエネルギーに昇華していくことは
できないわけではありませんし、できている人もいることを知っています。


ただ、そこに立ち続けようとする様子を見守ってくれる人がいることで、
ひとりだけでやっているときとちがうのです。


6. 葛藤と丁寧に向き合うという選択

痛みの奥にある希望を信じて、自分を責めずに嘆くという勇気

 
こういう葛藤は、一人でなく仲間がいても感じないわけではありません。
けれど、何もなかったかのように
「大丈夫、大丈夫」とさっと乗り越えようとすると
うまくいかなかった経験があるのでむしろしっかり味わおうと思っています。
 
痛いな、悲しいなという気持ちを感じた先に、
きっと何かが生まれてくるはずという信頼があります。

もしかしたらいま感じていた葛藤はまったくちがう感覚に変わるかもしれません。
 
そういうことをしっかり嘆くことはややもすると、
弱い感じがするかもしれません。
 
わたしもそのように自分を責めたりすることがいまもあります。
(さっきも思っていました)
 
でもその痛さや悲しさを人にぶつけるのではなく、
その奥にある自分の見たい景色として見ることができたとしたら、
それは僕だけでなく、他の人にとっても希望になるんじゃないか。

 
もちろん、いつもそうできるわけではないのですが、
そこに向き合いながら自分の活動をあきらめない人たちが、
アトリアにはいます。
 
だからこそ、この人生でどこまでいけるかはわかりませんが、
やってみたいと思っています。


7. これから描いていく未来

「わたしの輪郭」を共にたどる、スケッチラインの場づくりへ


ぼくがやっているのは、スケッチラインという絵×対話の継続的な場です。

 「わたしの輪郭」という自分の存在そのものを絵(というか線)を通じて浮かび上がらせ、他者の声や視点ももらいながら、明らかにしていく時間と空間を共にする場です。

 世の中でお金になりやすいことは、期待される価値を返すこと、ニーズにこたえること、社会の中で求められる役割を果たすことだったりします。

市場がすでにあるからです。

そのために、プロとしてやりきる、このこと自体はとても大切だと思っています。

 けれどそれだけだと、自分自身を何かを達成する道具や手段にしている気持ちになることがあります。それもいいんだけどそれだけじゃないよねって思うんです。

 本来の自分でいながら、人と共に歩むこと、サービスを提供する人、受け取る人などの関係性が固定化せずに、共につくるような場が、人の存在そのもの、その場にいることが仕事になる未来があっていいと思うし、あると思うのです。

 そしてどうしてかはわからないのですが、期待やニーズにこたえるはずのプロとしての仕事における自分の意識やあり方も少しずつ変わってきているのを感じています。

 自分も楽でいて、相手の方も楽でいる景色。自分の真ん中の活動を淡々とかたちにしていくと、自然と自分のありようが変わっていくのかもしれません。

 どういうことが起きていくかはわかりません。ただ、自分がこうだと思うやり方と大切だと思うあり方を示しながら、経済的にも豊かさを得られる状態をつくりたい。そう思っています。 

健介さんのスケッチラインについてはこちらのnoteも読んでみてくださいね!



アトリアクルー公募がスタート(6/13〆切)

現在アトリアでは、新たな仲間を迎えるためのクルー公募を行っています(〆切:6月13日)。

「本来の自分を生きたい」
「対話の中で、自分の可能性をひらきたい」
「ひとりじゃ辿り着けない場所に行ってみたい」

そんな想いがふと心に浮かんだ方は、どうぞ気軽に、アトリアの世界に触れてみてください。

まずは雰囲気を感じていただけるイベントに、ぜひ一度遊びに来てくださいね。
▶︎ イベント情報はこちら▽

今回ご紹介させていただいた健介さんがファシリを務める
「聴き合う会」が5/13にオンラインで開催されます。
この記事を読んで気になってくださった方は是非ご参加ください。

アトリアクルー達のリアルストーリーもYoutubeで公開中
「自己価値をビジネスに転換し、循環を生み出すチャレンジ」について
是非ご覧ください!


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