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黒羽遊園地の秘密|第4話|ユーチューバーとデジタルゴースト

 宇佐美めるは、自室の遮光カーテンを固く閉め切り、モニターの青白い光の中にいた。
画面の中で再生されているのは、数日前に撮影した「黒羽遊園地」の映像だ。ノイズ混じりの映像の中でメリーゴーランドが逆走していた。整備士らしい老人が、虚空に向かって叫んだ一言が、めるの心に深く突き刺さった。
「早紀」
彼は確かに、その名前を呼んだ。
「……お姉ちゃん、やっぱり、そこに居るの?」
めるの指先が、モニターをなぞる。

 めるがまだ「一ノ瀬める」だった頃、彼女には四歳年上の姉がいた。名前は早紀。十五年前のあの日、家族で訪れた黒羽遊園地で、早紀は煙のように消えた。
めると母がトイレに行き、父がアイスクリームを買いに行った、わずか数分の出来事。ベンチに座っていたはずの姉は、手に持っていた風船と共に、めるの世界からログアウトしてしまった。
その後の家族の崩壊は、幼いめるの心に消えない傷を刻んだ。
「あなたが早紀を残してアイスを買いに行かなければ!」
「目の前のアイスクリーム屋だったんだ。すぐに戻ったし、いなくなるとは思わなかった。俺ばかり責めるな!」
泣き叫ぶ母と怒鳴る父。マスコミにもある事ない事書かれ、める自身も学校で腫れ物扱いされ、いたたまれなくなり登校拒否になった。家族はボロボロになり、結局、両親は離婚、めるは母の旧姓である「宇佐美」を名乗って遠くの街へ引っ越した。
母はそれ以来、早紀の名前を一度も口にせず、ただ「あなただけは失いたくない」と、めるを過保護なまでに縛り付けた。
辛く、息苦しい日々が続いた。
めるの中で、突然いなくなった姉の事件は終わっていなかった。
ただ真実が知りたかった。自分の為にも家族の為にも…。

 大学受験の際、志望校を黒羽遊園地近くの大学にしたのは、ごく自然な流れだった。事件の発端の場所で、める自身の視点で検証したい、新しい発見があるかもしれない。
母には猛反対されるだろうと思ったが、ただ静かにため息をつくと、諦めたように
「気を付けて。もう私にはあなたしかいないんだから」
と送り出してくれた。
母も姉が生きていると信じていたのだと思う。決して死亡届を出そうとはしなかった。

 めるは毎週末、黒羽遊園地に行った。黒羽遊園地は地元でも有名な怪異スポットで、それを目的にやってくる客も多かった。マスコミや周囲から『行方不明者家族』と同情や好奇の目を向けられ辛い思いをしてきためるは、正体がバレないように『自称オカルト系ユーチューバー』という仮面を被った。髪をピンク色に染め、テンションの高い喋りで心霊スポットを巡る動画を配信する。そうすることで、不自然に遊園地を徘徊する自分をカモフラージュしたのだ。

 めるはずっと、姉が遊園地に来ていた何者かに連れ去られたと考えていた。警察もその線で捜査していたようだ。
当時、風船を追いかける少女の目撃情報はあったが、誰かと一緒だったという証言は一つも無かった。二カ所だけ設置されていた監視カメラ――入り口と駐車場――にも、出て行く早紀の姿は全く映っていなかったという。
マスコミは『神隠し』と騒ぎ立てた。
今めるは、それがあながち間違いじゃなかったんではないかと思っている。
遊園地の映像を確認中、ノイズを極限まで除去した時の事だ。風の音に混じって、聞き覚えのある懐かしい声が聞こえたのだ。
「…める…」
何度も繰り返し聞いてみたが、どうしても姉の声にしか聞こえなかった。
姉を求める心が幻聴を聞かせているのかもしれない…、しかし彼女は、姉が本当に神隠しにあって、今も遊園地にいる気がしてならなかった。

 遊園地の映像を撮るようになってしばらく経った頃、彼女は奇妙な事に気づいた。撮影した動画を編集するたび、画面の隅に必ず映り込む男がいる。サングラスをかけ、時代遅れなスーツに身を包んで、不気味な笑みを浮かべる男――園長の森田だ。
彼はカメラのレンズ越しに、まるでめるの正体を見透かしているかのように、じっとこちらを見つめていた。モニター越しにその視線を感じるたび、めるは、背筋を虫が這いずり回ってるような不快感に襲われた。
(気のせいだろうか? あの男は私を知っているような気がする…)

 遊園地に通い詰めて『違和感』を感じたところで、どうやって探っていけばいいのか分らず思い悩んでいた頃、小森谷大翔の存在に気付いた。
同じ学科の男子学生。同年代の男の子たちと比べて少し大人びた雰囲気で、存在感があるタイプではなかった。
大学の講義中、めるは偶然、大翔の隣の席になった。彼は窓の外をぼんやりと眺めていたが、ふいに誰もいないはずの空中に向かって、小さく頷き、何かを囁いた。
(誰かと話してる……?)
不審に思っためるは、それから数日間、彼を観察し続けた。
誰もいない廊下で、誰かを避けるように不自然に体を捻って歩く姿。
雨の日の放課後、誰もいない校舎の陰で傘を差して地面を見つめる大翔。やがて彼は、その傘を何もない地面に開いたまま置くと、雨の中駆けて行った。まるでそこに『見えない何か』が存在していて、その何かが雨に濡れないように差し掛けたようだった…。
その光景を見た瞬間、めるの全身に電流が走った。
(彼なら、私には見えない何かが見えるかもしれない。十五年前から止まったままの私の時計を、動かしてくれるきっかけになるかもしれない)
彼女は大翔に接触した。
なんとか仲良くなろうと事あるごとに声をかけていたら、周囲に「大翔に片思いしてる女の子」という目で見られるようになった。周りが冷やかす中、めるの瞳だけは冷静に大翔の挙動を観察していた。日を追う毎に彼女の予感は確信へと変わっていった。
(小森谷大翔には霊感がある。彼なら、お姉ちゃんを見つけることができるかもしれない…)

 夏休みに入る前、めるは大翔たちが遊園地の高額アルバイトの求人広告の前で話している姿を見かけた。
隣りにいるのは乾海斗だ。
悩みがなさそうな(人並みにあるとは思うが)、甘いルックスで明るい性格、大翔とは正反対なタイプなのに、何故か二人は気が合うようで、いつも一緒にいた。単純明快に人生を謳歌している海斗の事を、めるは羨ましいと思っていた。
彼女が手に入れられなかった『穏やかな普通の日常』…。
海斗を見る度に、めるの心は鈍く痛んだ。
めるは彼らよりも早く、その求人広告に気付いていた。自ら応募しようとしたが、森田園長のあの蛇のような視線を思い出し、足がすくんでいた。
しかし、大翔があの遊園地と接点を持ってくれるのは好都合だった。彼があそこで何かを感じ取ってくれる事に期待をかけた。

 大翔達がアルバイトを開始して数日後、めるは大翔の様子を伺うため、夜の遊園地へ潜入を決行した。
ピンクの髪を黒いキャップの中に押し込み、全身黒ずくめの服に身を包む。手には夜間撮影用の高性能カメラ。
園内への潜入は、事前に調べておいたフェンスの綻びから容易に行えた。錆びついた金網を押し広げ、カメラバッグを庇いながら身を滑り込ませる。一歩足を踏み入れると、そこは昼間とは全く別の顔をしていた。
大翔を探して身を潜ませて様子を伺っていためるの耳に、不快な不協和音が聞こえてきた。音を辿ってメリーゴーランドの前に着いたとき、めるは信じられない光景を目撃した。メリーゴーランドが、轟音を立てて「逆走」を始めたのだ。音楽は歪み、木馬たちの目が血走っているように見えた。大翔が駆けてくる。
突然、整備士の老人が必死に叫び始めた。
「早紀! 早紀、助けてくれ!」
その名前を聞いた瞬間、めるの心臓が止まりそうになり、思わずカメラを落としかけた。
(今、早紀って言ったの…!?)
直後、大翔が猛然と走り出し、回転するメリーゴーランドの渦の中へと飛び込んでいった。飛び込んだはずなのに、大翔の姿は消えてしまったように画面に映らなくなった。ズームアップして目を凝らして見るが、メリーゴーランドの中に大翔の姿を確認することができない。
(どういうこと??)

やがて、大翔が気を失った男性を担いで、突然何もない空間から現れた。男性の背中は土まみれで、作業着はボロボロに裂けている。まるで戦場から帰ってきたかのような有様だった。そして、角度が悪く、よく見えないが、首のあたりに赤黒い痣が出来ているようだ。それまで男性の姿をカメラは捉えていなかった。いきなり現れた彼の姿に、めるは混乱する。

いつの間にかメリーゴーランドは停止し、誰もいないメリーゴーランドを見つめる大翔の姿にピントを合わせる。彼は何とも言えない切なそうな表情をしていた。彼の視線の先に、めるには見えない何かが存在しているのだろうか。それは、あの老人が名を呼んだ存在ーー『早紀』なのか?
「…お姉ちゃん……そこにいるの?」
めるが呟いた瞬間、手元のカメラが激しく明滅し、画面にノイズが走った。まるで、何者かが彼女に危険を知らせようとしているかのように。
ガサッ
背後で音がした。
めるは飛び上がるようにして振り返った。
そこには、電灯の逆光を浴びた黒い影が立っていた。
「……こんな時間に、熱心なことだ」
粘りつくような、湿った声。森田園長だった。
サングラスの奥の瞳は見えないが、彼が冷酷に笑っていることだけは分かった。
「ひっ……」
「不法侵入とは行儀が悪いね…。お仕置きが必要かな」
森田が一歩、足を踏み出す。
その瞬間、突然カメラから眩いフラッシュが放たれた。
森田園長が一瞬怯んだ隙に、めるはカメラを抱え、脱兎のごとく走り出した。心臓が口から飛び出しそうだった。背後から追いかけてくる気配はない。だが、遊園地全体が意志を持って自分を逃がさないようにしているような、奇妙な圧迫感を感じた。

 遊園地から逃げ帰った翌日、めるは早速、撮影した映像を確認した。
繰り返し見たが、やはり彼女の目には何も見えない。しかし、整備士の老人が『早紀』の名前を口にしたのは確かだ。そして、早紀の名前を聞いた時の大翔の動揺した反応…。
(彼は絶対お姉ちゃんを知っている。何かが見えている)

めるはコマ送りで動画を子細に追った。突如、ノイズの隙間に「それ」が映り込む。顔の造作が一切なく、ただ耳元まで裂けた真っ赤な口だけが、三日月のように歪んで笑う黒い人影。一つ、また一つ。停止した画面を侵食するように、影は増殖していく。心臓が早鐘を打ち、指先が凍りついた。
「……何、これ…!」
狂ったようにデリートボタンを連打するが、画面は拒絶するように明滅を繰り返す。次の瞬間、液晶の表面がどろりと波打ち、無数の黒い手が生えてきた。腐肉の焼けるような臭いが鼻を突く。
「あ……」
悲鳴は喉の奥で震え、形にならない。氷のように冷たい指先がめるの首筋、手首、髪を容赦なく絡め取る。ずるり、と肉が擦れる音と共に、彼女の体は二次元の闇へと引きずり込まれていった。抵抗する術もなく、めるの絶望を飲み込んだモニターは、プツンと小さな音を立てて、ただの黒い硝子板に戻った。

黒羽遊園地の秘密|第5話|ミラーハウスの迷宮|sugar


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