なぜ今、ヘルスケアにブランディングが必要なのか
――「不調をゼロに戻す」から、「その人らしい好調をつくる」へ
WEALTHY CONNECT代表の澤田隆幸です。
ヘルスケアの新規事業に関わっていると、こんな場面に何度も出会います。
優れた技術がある。
研究成果もある。
一定のエビデンスもある。
それでも、その価値が顧客に伝わらない。競合との違いを説明できない。届ける相手や売り方が定まらず、事業化が前に進まない。
こうした状況を、「市場がまだ成熟していない」「営業力が足りない」「認知度が低い」と捉えることもできます。
しかし、私たちはその手前に、より本質的な課題があると考えています。
それは、技術が持つ価値を、生活者や社会が理解できる形に翻訳できていないことです。
だから今、ヘルスケアにブランディングが必要なのです。
1.健康とは、単に病気でない状態を指すものではない
WHOは健康を、単に病気や虚弱でない状態ではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態として定義しています。
つまり、本来の健康は「マイナスをゼロに戻すこと」だけを意味していません。
日本でも、健康寿命の延伸だけでなく、生活満足度や人生の充実感を含めて社会の状態を捉えようとする動きが進んでいます。内閣府も、生活満足度や健康、社会とのつながりなどを多面的に把握する「Well-beingダッシュボード」を公表しています。
また企業においても、従業員の健康を経営課題として捉える「健康経営」が広がっています。
人々が健康に求める価値は、明らかに広がっています。
病気を治したい。
不調を改善したい。
それだけではありません。
より良く眠りたい。
心身を整えたい。
仕事のパフォーマンスを高めたい。
年齢を重ねても、自分らしく活動したい。
人とのつながりや生きがいを感じながら暮らしたい。
例えば、経営者がマインドフルネスを取り入れたり、サウナへ行って「整う」ことで、コンディションや仕事の質を高めようとしたりする行動も、この変化の一つです。
人々が求めているのは、単に病気ではない状態ではありません。
健康を土台として、自分自身が望む幸せな状態に向かって歩みを進めることだと私たちは考えます。
2.ヘルスケアは「マイナスの状態を改善すること」を中心に発展してきた
一方で、ヘルスケア産業の供給側に目を向けると、少し異なる構造が見えてきます。
医療やヘルスケアは、専門性を細分化することで発展してきました。
疾患別、臓器別、症状別、成分別、技術別に研究が進み、それぞれの領域で高度な知見やイノベーションが生まれています。
これは、医療・ヘルスケア産業の大きな強みです。
しかし、その専門性の多くは、病気や不調といった「マイナスの状態」を改善し、日常生活を送れる「ゼロの状態」に戻すことを中心に発展してきました。
医療制度、研究開発、専門教育、エビデンス構築などの仕組みそのものが、治療すべき疾患や解決すべき症状を明確に定め、その領域を深く追求するように設計されてきたからです。
その結果、技術の専門性は高まる一方で、
この技術は生活者の人生をどのように良くするのか。
という問いとの距離が、次第に広がってしまうことがあります。
3.技術の進化と、人々が求める価値の間にあるギャップ
下の図では、健康に関する状態を縦軸で表しています。
病気や強い不調がある「マイナス」の状態から、治療や日常的なヘルスケアによって「ゼロ」に戻していく領域。
そして、普通の状態から、好調、絶好調へと向かい、幸福感や喜び、潜在能力の発揮につなげていく「プラス」の領域です。

これまで、多くのヘルスケア事業や研究者は、主にゼロより下の治療・改善領域に焦点を当ててきました。
しかし現在、生活者や企業のニーズは、図の上部にあるWell-being領域、すなわち一人ひとりが自分にとっての好調や幸福を目指す領域へと広がり始めています。
ここに、ヘルスケア産業の構造的なギャップがあります。
供給側では、専門性の細分化によって高度な技術が次々と生まれている。
一方、需要側では、個別の症状改善だけでなく、人生全体をより良くする価値が求められている。
優れた技術があるにもかかわらず、その価値が伝わらず、事業として広がらない。その理由の一つは、技術の進化と、人々が求める価値が十分につながっていないことにあります。
4.エビデンスだけでは選ばれない
もちろん、ヘルスケアにおいて科学的な根拠や安全性は欠かせません。
しかし、エビデンスを示すことと、顧客に選ばれることは同じではありません。
例えば、ある技術について、
特定の指標に作用する
独自のメカニズムを持っている
一定の試験結果が得られている
と説明したとしても、専門家ではない顧客には、
「自分にどのような関係があるのか」
「生活がどう変わるのか」
「他の商品との違いは何か」
「なぜ今、自分がお金を払う必要があるのか」
が分からないことがあります。
人々が選ぶのは、技術そのものではありません。
その技術によって得られる、自分にとって望ましい変化や未来です。
だからこそ、専門的な技術を、生活者にとって意味のある価値へと翻訳する必要があります。
5.ブランディングで、事業の共通言語をつくる
この課題は、大企業のヘルスケア新規事業で特に顕在化します。
研究開発部門は、技術の新規性や作用機序を重視します。
経営層は、市場規模や成長性、自社が取り組む意味を見ます。
事業開発部門は、ビジネスモデルや提携先を考えます。
営業部門は、誰に、どのような理由で提案するのかを必要とします。
そして顧客は、自分や自社にとって、どのような価値があるのかを知りたいと考えます。
それぞれが見ているものは間違っていません。
しかし、部門ごとに異なる言葉で事業を捉えていると、技術から商品企画、マーケティング、営業へとバトンが渡るたびに、事業の軸が少しずつずれていきます。
この軸をつくるのが、ブランディングです。
ブランディングは、ロゴやWebサイトをつくることだけではありません。
その企業や技術が、誰にどのような価値を提供し、なぜ社会に存在するのかを明確にすること。
そして、その定義を研究開発、商品企画、マーケティング、営業、外部パートナーまで一貫させることです。
言い換えれば、ブランディングとは単なる表現の仕事ではありません。
事業に関わる人たちが、同じ方向へ進むための判断基準と共通言語をつくる仕事でもあるのです。
6.ヘルスケアの価値は、社会に届いて初めて意味を持つ
さらに、ヘルスケアでは、価値を言葉にするだけでは十分ではありません。
誰に届けるのか。どのような場面で使ってもらうのか。誰を通じて伝えるのか。
誰と連携すれば信頼につながるのか。
こうした届け方まで設計しなければ、技術は社会に実装されません。
例えば、同じ技術であっても、一般の生活者へ直接届けるのか、医療機関を通じて届けるのか、企業の健康経営や福利厚生の中で活用するのかによって、生まれる価値や伝え方は変わります。
つまり、技術の価値は、それ単体で完結するものではありません。
人々の暮らしの中で、どのような意味を持つのか。
どのような関係性の中で届けられるのか。
そして、どのような未来につながっていくのか。
そこまでを一つの流れとして考える必要があります。
私たちは、この一連の営みを、ブランディングを起点とした事業開発・推進と捉えています。
企業や技術が持つ独自性を見つけ、その価値を、人々が望む変化や未来へと翻訳する。
その価値が自然に伝わり、受け入れられる体験や仕組みをつくる。
必要な専門家や企業、地域とのつながりを生み出し、実際に使った人々の声を、再び技術や事業へ還していく。
ブランディングは、完成した商品をきれいに見せるための最終工程ではありません。
技術と社会の間を行き来しながら、価値そのものを育てていく活動だと考えています。
それは、私たちがWEALTHY CONNECTを立ち上げた理由でもあります。
専門性の中に眠る可能性を、人々にとって意味のある価値へ変え、さまざまな人や組織とのつながりを通じて、社会へ広げていくことが今まさに必要なのです。
7.技術と、人々が望む人生との間に橋を架ける
日本では、平均寿命と健康寿命の間に差があります。
健康上の制約なく生活できる期間を延ばすことは、これからも重要な社会課題です。
しかし、私たちが目指したいのは、単に不健康な期間を短くすることだけではありません。
長く生きる時間を、不安や負担としてではなく、より多くの経験や挑戦ができる時間として捉えられる社会です。
年齢や置かれた状況にかかわらず、自分なりの幸せを考え、その方向へ前向きに歩いていける社会です。
その実現には、研究者や企業が生み出した技術を、研究室や事業計画書の中だけにとどめておくわけにはいきません。
技術の本来の価値を明らかにし、人々が理解できる価値へ翻訳し、適切な届け方とパートナーを通じて社会へ広げていく必要があります。
ヘルスケアにおけるブランディングとは、技術を美しく見せることではありません。
技術と、人々が望む人生との間に橋を架けることです。
不調をゼロに戻すだけでなく、健康を起点として、一人ひとりが自分にとっての好調や幸福へと歩みを進めていく。
だから今、ヘルスケアにブランディングが必要なのです。
人生100年時代を、不安ではなく、より大きな可能性として捉えられる社会へ。
企業、研究者、医療従事者、事業をつくる人、そして生活者。
それぞれの立場を越えて、技術と人々の幸せがつながる未来を、一緒につくっていけたらと考えています。
参考情報
WEALTHY CONNECT(ウェルシーコネクト)について
ヘルスケア・ウェルネス領域における事業開発やブランディングの考え方、これまでの取り組みについては、こちらをご覧ください。
https://wealthyconnect.jp
