30歳で年収1,000万円到達までの全てを言語化してみる1章
前回の記事:30歳までに年収1,000万円到達するまでの全てを可能な限り言語化してみる0章から私的に重要なポイントを抜粋すると下記となる。
・年収1,000万円というのは「100人あつめた中で3~5人ぐらい。30人で1クラスなら1クラスに1名ぐらい。の"難易度"である」
・年収1,000万円の到達要因=「何らかの"ひとつのわかりやすい決定的な要因"はなく、"複合的で重要性の高い要因の掛け合わせ"と、その"阻害要因の少なさ"」
・年収1,000万円に到達するというのは「ある程度の正しい努力を続けることができ、継続的に意思を持って取り組むことができれば、よほど運が悪くなければ再現できる・到達可能な考え方・習慣・方法論」は存在する
で、今回の記事についてだが、年収1,000万円になる必要性や意義について書きたいと思う。「そもそもなんで年収1,000万円になる必要があるのか」「部長や管理職になったらいいことあるのか」というところが腹落ち、納得しないと、次に進めないと思ったからである。
なので、「達成したらどういうふうになるか」「そういうことならぜひ達成したい」と思えるような意義、やりがい、などを可能な限り言語化していこうと思うが、実直に書いていくので、必ずしもいいことばかりではない。
年収1,000万円になってよかったこと(意義)
①使えるお金が増えること:
・年収が1,000万円ぐらいになると、1人暮らしあるいは夫婦2人でそれなりの生活水準で暮らすということなら、金が余る。金が余り始めると、経済的に余裕が生まれる。そうすると経済的ストレスから開放されていく、これがおもってるよりでかい。感覚を伝えると「知らず知らず背負っていたらしい肩の荷がおりた」「胃に感じるストレスの半分は金の話だったことに気づいた」「お金について考えなくなった=別のことを考えることに時間がさける」のような状況に変わっていく。
・実態としては色々差し引かれたあとで手取りは年間で700~750万円ほどで、月収は83万円ほどになる。夫婦合わせて年収1,700万円なので、手取り月収ベースだと現在はちょうど月100万円ほどになっている。毎月100万円は余る。使い切れないのである。
・本記事にこれから書いていこうとしていることをひたすら実践して継続し続けている中で、年収は上がり続けていて、直近5年間でいくと、毎年100万円近く昇給している、それで現在年収1,000万円である。感覚的には1,200万円ぐらいまでは上がり続け(役職的に大企業の中での執行役員ぐらいのレンジ)、そこからは別の動きが必要になるとおもっている。(その上はサラリーマン的には社長や取締役などになるので、社長を目指しているわけではないということで、それ以外の収入源として会社でも建てようと思っている。)
・前提として、そこまで物欲が強くないのと、家も賃貸でも中古でもいい。車は都内だからいらない。子供もかならず欲しいというわけではない。金があるからといってギャンブル、酒、風俗・キャバクラ、パパ活みたいなのに使うわけでもない。ブランド物を買うことに喜びを見いだせない価値観のため「年収600万円を超えた頃から、お金は余り始めた」
・お金が数年余ったら何に使っているの?というのは、詳しくは別の記事で書いていくが、主に下記につかっている。
-本や漫画、映画、アニメ、ゲーム、あらゆるコンテンツを買い続ける
-気に入ったサブスク系のサービスには全部加入する
-自炊がめんどくさいので外食かUberEatsを多用する
-移動はめんどくさかったらタクシーをすぐ使う
-家具とか家電はそれなりにその当時のハイエンドモデルみたいなのを買って長く使う
-身近な人の誕生日とかを祝う
-それでも余ったら、適当に好きな企業の株を買う
ただ、この中でいくとUberEatsやタクシー、サブスクなどは継続的に消費が発生するが、家具家電や本などは、1回買ってしまうと2回同じものを買うことはめったにない。
・つまり年収1,000万円の水準というのは「クルマも買えるし、家も都内ど真ん中新築マンションでなければ買えるし、そういうものを買わないなら散財しまくってもいいレベルに1人身だとなる」「妻にもある程度実践してもらって、夫婦でも1700万円までいけば、こどもを作ることにも"経済的な抵抗感"はなくなる」買わなくてもいいけれど。だいたいなんでも買える。という状態である。「足るを知る」価値観を持っている人からすると、経済的ストレスが無くなること以外はメリットではないかもしれない。フェイスブックを創業したマーク・ザッカーバーグなんて、金が余りすぎて自身の99%の資産として約5兆円以上を寄付してる。つまりはそういうことである。金があっても、使い道がない。「金がないのはつらくてめんどくさいが、金がたくさんあっても別に幸せになっていくわけではない」お金はそういうものだとおもっている。
・ここまでをふまえて「金は余るもの」なので、「金ではないリソースのほうが貴重」である。ということは、金というリソースの最適解は今この世界の現時点においては「金以外のリソースに、コスパ度外視で交換していくこと」となるとおもっている。金がどうでもいい、余るリソースだから他のリソースと交換していく。
・金と交換できるリソースについては、別の章で書いていく。
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