高知の山の中でケールビールを飲みながら、隣の旅談義を聞いていた
この日の宿は、土佐大正駅の近くにあるゲストハウスだった。
夕方になって晩ごはんを食べようと、宿の近くを歩いて見つけたのが「呑んで家」という店。

知らない町に来たとき、こういう地元のお店に入るのが好きだ。
ネットで評価を調べ尽くして、有名なお店を目指して行くのもいいけど、旅先では「ここでええか」と入った店の方が記憶に残ったりする。
この日もそんな感じだった。
店に入って、まず気になったのがケールビール。
ケールといえば青汁のイメージしかない。
それがビールになっている。

高知の山の中まで来て、わざわざ普通のビールを飲む必要もない。
せっかくなので頼んでみた。

そして、かつおユッケや焼きうどんなどを食べる。
高知まで来ると、やっぱりかつおは食べたくなる。
旅先の知らない店で、その土地のものを食べながら飲む。
これだけでも十分楽しい。
でも、この日の記憶に残っているのは料理だけではない。
途中で隣に男女2人組がやってきた。
話を聞いていると、どうやら一緒に旅行している2人ではなく、この旅の途中で知り合ったらしい。
そこから2人の旅談義が始まった。
「そこ行ったんですか、いいですね」
「それも面白そうですね」
お互いの旅をちゃんとリスペクトしている。
ところが聞いていると、返しにほんの少しだけ、
「自分はこんなところにも行ってきた」
が入る。(笑)
「そこいいですよね。自分はこの前、こっちまで行って……」
みたいな感じ。
相手の話を否定するわけではない。
むしろ楽しそうに聞いている。
でも、話を返すときには、自分の旅のカードを一枚出す。
すると相手も、
「それもいいですね。私は……」
と、もう一枚カードを出す。
お互いにリスペクトしながら、ほんの少しずつ旅マウントが入る。
これが横で聞いていると面白かった。
たぶん本人たちにマウントを取っている意識なんてないと思う。
旅が好きな人同士だから、
「自分もこんな経験したよ」
と話したくなるだけなのだろう。
考えてみれば、自分も同じかもしれない。
北海道へ車で行った。
車中泊をした。
知らない町で仕事をした。
そんな話を誰かがしていたら、
「俺もな……」
と言いたくなる。(笑)
旅の経験というのは不思議なもので、競争するようなものではないのに、話し始めると自分の経験も出したくなる。
でも、お金や肩書きの自慢とは少し違う。
「そんな旅もあるんや」
「そこまで行ったんや」
「そんな方法があるんや」
相手の経験を聞くことで、自分の知らなかった旅を知ることができる。
だから多少の旅マウントも含めて、旅好き同士の会話は面白いのかもしれない。
この2人も、この旅でたまたま知り合っただけ。
おそらく普段なら出会わなかった2人だろう。
それが高知の山の中の店で隣に座って、それぞれが今までしてきた旅の話をしている。
自分はその横でケールビールを飲みながら、その会話を聞いている。
これも旅やなと思った。
有名な観光地へ行ったことだけが旅の記憶になるわけではない。
知らない町の店に入ったこと。
初めて飲んだケールビール。
隣から聞こえてきた知らない人たちの話。
そういう小さな場面の方が、あとになって妙に思い出したりする。
このあと宿へ戻ると、土佐大正駅には1日わずか数本しかない列車がやってきた。
派手な「かっぱうようよ号」。
そして列車が去ると、山あいの町はまた静かになった。
高知の山の中で過ごした一晩。
観光名所をいくつ回ったかではなく、
「ケールビール飲みながら、隣の2人がちょっとずつ旅マウント取り合ってたな」
たぶん、そんなことの方をずっと覚えている気がする。
旅って、そういうもんなんやろな。
