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50さいからの逞

ともぞうです。
いつもありがとうございます。
今日は、『逞』について、
書いてみたいと思います。

いつも仲良くしていただいている
keimamaさんから、エッセイしりとりの
バトンをいただきました。


私の担当は、「た」

ルール違反になっちゃいますが、
タイトルの中に、「逞しい(くましい)」を
入れたので、お許しください。

締切は、8/31ということで、滑り込みで
投稿させていただきます。

企画してくださったのは、マイキーさん。

「エッセイしりとり」と聞いて、最初は、
「た」から始まる言葉って、何があるかな?と考えました。

たくさんあるようで、いざ書こうと
思うと、なかなか出てきません。

そんな中で目に留まったのが、「逞」という漢字でした。

「逞しい」と聞くと、体が大きくて、
力が強くて、何事にも負けないような人を思い浮かべます。

でも、50代になった今、私は思うのです。

逞しさって、そんなに分かりやすいもの
だけじゃないのかもしれない。

毎日のごはんを作ること。

家族のことを考えること。

自分の体のことも、少しずつ考えること。

うまくいかないときには、一度、
立ち止まって、また仕切り直すこと。

そして、
「これからどう暮らしたい?」と
自分に問いながら暮らしていくこと。

そんな毎日の中にも、逞しさはあるのかもしれません。

今日は、そんな私の暮らしの中にある
「逞しさ」について、書いてみたいと
思います。

私の暮らしを振り返ってみると、
「逞しい」とは、少し違うような、でも、
もしかしたら「逞しい」のかもしれない
毎日を送っています。

朝起きて、ごはんを作る。

家族を送り出して、
洗濯をして、片づけをして。

仕事をしていた頃は、
それに仕事も加わっていました。

子どもたちが小さい頃は、
今よりもっと忙しくて、
毎日をどうやって終わらせていたのか、
よく覚えていないくらいです。

泣いたり。
怒ったり。
笑ったり。

思い通りにならないことも、たくさん
ありました。

それでも次の日になれば、また朝が来る。

起きて、
ごはんを作って、
「いってらっしゃい」と送り出す。

そんなことを繰り返してきました。

その頃は、
それを「逞しい」なんて思ったことは
一度もありません。

ただ、毎日を過ごしていただけ。

でも、50代になった今、
振り返ってみると、

「あれ?私、結構たくましく生きてきたんじゃない?」

と思うのです。

仕事を辞めて、時間の使い方が大きく
変わりました。

旅行にも行くようになりました。

家族と一緒に出かけて、
知らない場所を歩いて、
その土地の空気を感じる。

noteを書くようになって、
自分のことを考える時間も増えました。

「50さいからの〇」と、漢字一文字から
自分の暮らしを振り返るのも、そのひとつです。

食べるものについて考えたり、
体を整えようと思ったり、
いらないものを手放して、
暮らしを身軽にしようと思ったり。

もちろん、
いつも上手くいくわけではありません。

「よし、やろう」と思っても、
続かないこともあります。

思っていたようにできないことも
あります。

そんなときは、また仕切り直せばいい。

最近は、そう思えるようになりました。

若い頃は、一度決めたことは、最後まで
やり通さなければ、と思っていたような
気がします。

でも、50代からは、少しくらい寄り道
してもいい。

立ち止まってもいい。

やめてもいい。

そして、また始めればいい。

そうやって自分の暮らしを何度でも
整え直していく。

それも、ひとつの「逞しさ」なのかも
しれません。

逞しいという言葉からは、強くて、
負けなくて、何があってもへこたれない
姿を想像していました。

でも今の私は、「へこたれない人」よりも、
へこたれても、また立ち上がれる人。

疲れたら休んで、また歩き出せる人。

そんな人のほうが、ずっと逞しいような
気がしています。


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