実験の国(4-a : 命をかけた研究)
【目次】
第1章 Introduction
1-a : 実験が禁止された世界
1-b : 小山真治
第2章 Methods
2-a : 芦田昇
2-b : 合格発表
第3章 Results
3-a : 失敗してもやり直せばいい
3-b : 希望の島
第4章 Discussion
4-a : 命をかけた研究 ◀
4-b : アキラメナイ気持ち
第5章 Future Work
5-a : 管理棟
5-b : 実験の国
終章 Acknowledgement
6 : 責任の所在
第4章 Discussion
4-a : 命をかけた研究
「あの。大丈夫ですか?」
こういう場合どう声をかけたらいいのだろう。突然泣き始めたおじさんに戸惑いながらも話しかけると、おじさんはヨレヨレのタオルで顔をゴシゴシ拭いてこちらを向いた。
「あぁ、すまない。びっくりさせたよね。芦田さんとは昔から仲良くてね。お互い独り身同志だったからよく一緒に飲んだんだ。あ、彼はお酒飲めないんだけどね。まぁそんなことは良いか。とにかくおれの一番の親友だった芦田さんが……ついこの間亡くなったんだよ……」
「・・・?!」
てっきりここまで来たら会えるものと心のどこかで信じてしまっていた。その結末は想像もしていなかった。何も言えずに固まっている僕におじさんは困り顔で詳しく教えてくれた。
「芦田さんはさぁ、ずっと体調が悪かったんだよね。今年に入ってから二回くらい入院してて、もうまともに歩けないくらいだったんだよ。それなのに急に東都に出かけちまって。真治君、会ったんだろ? で、帰ってきたと思ったら、案の定倒れちゃってね。もう手遅れだった。でも、芦田さん、満足そうないい顔だったよ」
そう言うとおじさんはまたボロボロ泣き始めた。
信じられなかった。だって会った時は普通に元気そうに見えたのに。あんなにしっかりと実験を教えてくれたのに。
これまでの人生で知り合いが亡くなるという経験は初めてだった。もう会えないんだってのは頭では分かるけど、なんだか実感がない。悲しいのか悔しいのか切ないのかさえも正直よく分からなかった。
(そうか。この病気、ちゃんと死ぬんだ)という思いと、(え、治療薬はどうなんの?)という思いがぐるぐる頭の中を回り続けている。
急に力が抜けて思わずその場に座り込んだ僕を見て、おじさんがあわてて走ってきた。
「だ、大丈夫かい? いやぁ、ほんとに真治くんが来るなんて! 芦田さんもね、もしかしたら君がここに来るかもしれないって言ってたんだよ」
おじさんは僕の為に無理矢理明るい声を出しているようだった。
「芦田さんに……会わなきゃいけなかったんです」
なんとか声を絞り出した僕の肩におじさんが大きな手を置いた。
「そっかぁ。せっかく来てくれたのに残念だよなぁ」
そう言うとおじさんの目からまた涙がぽろぽろと流れ始めた。
随分涙もろい人なんだなと思った。
「芦田さん、真治君のことを最期まで気にかけてたんだよ。間に合わなかったって」
「え? 何か芦田さんから聞いてるんですか?」
「あぁ。本当は芦田さんから口止めされてたんだけどよぉ。こうやって君の顔見てたらおれ黙ってらんないよ」
ごにょごにょと言いながら大きな体をもぞもぞさせていたおじさんは意を決したようにこちらに向き直った。
「真治くん。実は君は芦田さんの息子なんだよ」
「え?」
突然おじさんから告げられた言葉に理解が追いつかない。
口をぱくぱくしている僕に気付いていないのか、おじさんは一方的に話を続けた。
「芦田さんね、いつも嬉しそうに真治くんの話をしてたからさ。それがこんなに立派に大きくなって……。困ってるからここまで来たんだろ? ほんとはさ、お葬式の時も連絡してあげたかったんだけど。絶対言っちゃダメだって芦田さんに言われてたからさ。ごめんね。結局今言っちゃってるんだから、もっと早くに連絡したらよかったよなぁ。これからは、おれにできることは何でもしてあげたいと思ってるから」
病気のこと。芦田さんの死。そしてその芦田さんとの関係。少し前には想像もしていなかった話ばかりでとっくに頭の中はぐちゃぐちゃだった。だけど、芦田さんが父親だと聞いて不思議と違和感はなかった。結局、僕がこんなに実験好きなのも遺伝だったというわけだ。どちらかというと欠けていたパズルのピースが埋まったような感覚に近かった。
第一印象は最悪だったけど、実験を教えてくれたあの時間があったから、芦田さんが父親だと聞かされて誇らしい気持ちにもなった。
だけど、僕はこれまで本当に何も知らな過ぎた。知らないうちにずっと守ってくれていた大切な人を、知らないうちに失ってしまっていたのだ。
失ったことで、もともと手元にあったことが分かるって、なんて残酷なんだろう。何とも言えない重たい気持ちなのに不思議と涙が出ないのは、目の前でおじさんが代わりに泣いてくれているからかもしれない。
「あの、おじさん。芦田さんの研究内容について何か聞いてませんか?」
まだ、お父さんとは呼べなかった。僕にとって芦田さんは芦田さん。父さんは父さんだ。
「そうだった。肝心なことを伝え忘れていたよ。芦田さんがこれまで調べてきた全ての研究資料は国家科学庁に送ったって言ってたよ。命を懸けて取り組んできた研究成果だから、さすがに科学庁も無下にしないだろって」
それを聞いてほっと息をついた。芦田さんがいなくなってどうしたらいいのか分からなくなっていたけど、光が差した気分だった。
科学庁だって一度は芦田さんの研究を拒否したらしいけど、芦田さんが命をかけて行ってきた研究内容を見れば、今度こそ薬まで仕上げてくれるだろう。
芦田さんが僕に会いに来た理由もようやく分かった。
一人遺していくことになる僕の心に、実験の火を灯していってくれたのだ。
動けなくなって全身ロボットのようになっても、研究を続けてきた芦田さん。その研究成果を残してくれて、さらには実験って楽しいと直接教えてくれたのだ。
僕は一人じゃなかった。その事実が今確かに僕の心を温かくしてくれている。
◇◇◇
その日のうちに島から戻った僕は、父さんと母さんにこの日あったことを全て話した。
二人も芦田さんから僕と親子関係だということは言わないように口止めされていたとのことだった。
『ここまで立派に育ててくれたのは、おふたりです。真治くんの親は犯罪者の私ではなくて、おふたりしかいません』
芦田さんはそう言って、最期まで二人に感謝していたそうだ。
家にも芦田さんから郵便が届いていたが、科学庁に送付した研究資料のコピーが入っていたのみで、手紙のようなものは一切入っていなかったようだ。
余計な想いを残さない。そんな実直な配慮がなんだか芦田さんらしいなと思った。
僕は今後の研究の見通しについて、国家科学庁に問い合わせて確認することにした。
「先日、芦田昇という人から研究レポートが届いていると思うのですが、その件でご相談させていただきたいことがありまして」
電話の向こうの担当者は「少々お待ちください。確認いたします」と言ってから、かれこれ10分ほど戻ってこない。
これは掛けなおした方がいいかもな、と思っていたらようやく相手が戻って来た。
「大変お待たせして申し訳ございません。ただいま確認しましたが、そのような郵便物は届いていないとのことです」
「え、そんなはずは。ちゃんと書留で送られているはずです。もう少しよく確認いただけませんか?」
「大変申し訳ございません。届いていないものはどうしようもありません」
「わかりました。コピーがあるので、もう一度送ります。確認してもらえませんか?」
そこまで言うと、それまで無機質だった担当者の声色が急に険しくなった。
「いいんですか? これ以上しつこいと、科学研究適正化法の第三条四項に違反したとみなしますよ?」
頭に浮かんだ条文──社会的影響が重大と認められる「実験」行為をしてはならない──を思い出して、これのどこが社会的に影響が大きいのかが分からないと思った。
ただ、ここでこれ以上食い下がっても仕方ないことは僕にも分かる。
裏切られた気持ちでいっぱいで、何も言わずに電話を切った。
電話を切った途端に、悔しさがこみあげて来た。
芦田さんの実験は15年前に一度、国家科学庁に否定されている。
そして今、もう一度否定されたのだ。
そんな実験は認めない。
そんな実験は必要ない、と。
それはつまり、「おまえたちの命は必要ない」と言われているのと同義だ。
国に芦田さんの命も、僕の命も軽んじられた悔しさ。
だけど気持ちは折れていない。
科学庁の協力を得られないと分かった悲しさよりも、悔しくて自力でなんとかしてやるという気持ちの方がずっと大きかった。
『失敗してもやり直せばいい』
『まずはやってみようか』
芦田さんの声が頭の中にずっと残っている。
>>4-bへ続く
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