【番外編】ちいかわ好きのココがキモイ ~同じ金払ってるのに
ちいかわのTVシリーズを観ている話を嫁にしたら、ラジオのパーソナリティがちいかわの映画を観に行った話をされた。
観客が40代の男性の率が高かったって旨の話だったらしい。
筆者はこれを聞いた時、
ダンス☆マンのデビューソングである「背の高いやつは邪魔」って曲が思い浮かんだ。
フェスなどで背の高い人に前に立たれると邪魔で前が見えないって内容の歌詞である。
そこに「同じ金払ってるのに」って嘆きが入ってくる。そういう曲である。
なぜそれが浮かんだかって言うと、
隣に席のおっさんがキモかったら嫌だろうな。
「同じ金払ってるのに」って思う人居るだろうな。
って思ったからである。
そのラジオのパーソナリティが思ったって訳では無い。
ただ、その会場では1人で5人分ぐらいのキモさ発揮するおっさんがいそうだと思った。
いきなり酷いなって思う人もいるだろうが。
SNSにあげたら炎上しそうだから言えないけど同じように思った事がある女性も実在すると筆者は思う。
過去には汗臭いおっさんをマジ無理って発信したら炎上しちゃった女性も居るから、ちいかわでこの手の発信をして炎上する女性も出てくるかもしれない。
40代男性の筆者は、1人で5人分のキモさになりそうな40代の男性の知り合いは居る。
そのうちの1人は親戚で、ちいかわが好きだって情報も入ってる。
ちなみに、筆者は1人分の性格の悪さではないだろう。
今回の番外編は毒だらけである。
■ちいかわの作風
ちいかわの作風はオッサンにウケが良いらしい。
出来が悪くても救ってもらえる。
上手く喋れなくても代弁してもらえる。
性別という男女感もない。
こういう世界観だと筆者は思う。
5人分のキモさを発揮している親戚の評価は、
色々なキッカケがあるにせよ歩んだ人生の出来が悪い。
上手く喋れない。
実家暮らし、浮いた話はほぼ無い。
といった具合である。
ちいかわの世界観には、
親戚のような立ち位置のキモイおっさんにとって
目を背けたくなる要素がそもそも薄まっていると筆者は思う。
■ちいかわは、お前じゃない
ちいかわは、「何か小さくて可愛いやつ」である。
オッサンのサイズじゃデカすぎるから背伸びしても、年齢で多少縮んでも該当しないだろう。
映画館で5人分のキモさを発揮しない仕上がりでも、家に帰ったら「何か汚い役たたず」って扱いを受けるのが家庭を持ったオッサンの現実の場合もある。
ちいかわと重ね合わせられる要素を感じるオッサンだって、駅のトイレ掃除のおばさんをちいかわだと思う人は多くないと思う。
居ないとまでは言えないが、ほぼ居ないって言えるのが現実だろう。
■ちいかわと現実との差
ちいかわは、子供向けコンテンツだから、健気さが尊さに結びつくようにせざるを得ない存在だと筆者は思う。
それを崩したら道徳的な良さが崩壊すると筆者は思う。
その世界観を維持するのにシルエットだけで色味の無い、「キャラクター未満」の存在が山ほど居る。
ちいかわには、5人分の実力を持つオッサンでも自分と重ね合わせられる要素があると思う。
人間であればほぼ全員が重ね合わせられる要素あると言っても過言では無いと筆者は思う。
シルエットを見ているとちいかわと似たような存在は山ほど居る世界観だって事は解る。
背景に居る存在と同じような存在でも、色味がつけば特別になる。
全員に色味をつけたらどうなるだろうか、
ちいかわの特別な存在感が薄れるのではないだろうか。
俺たちオッサンは色味がつくべき存在だろうか、
シルエットから色味をつけるのに見合うオッサンが知り合いにいるだろうか。
そういう存在にスポットライトを当てて、特別視される為には何が必要か。
そこもちいかわに表現されている筆者は思う。
他の似たような人の色味を無くすのは現実世界では無理だ。
■ちいかわ好きの一定数はキモイ
自分にとって都合のいい様に解釈出来る。
こういう要素がちいかわには多い。
現実社会とのリンクも、ちいかわが健気で特別視される尊い存在が崩れない範囲内だと思う。
色のついたキャラクター極端に少ない。
極端に少ないキャラクターにいい年こいて「これ俺かも」って思うのは良いけど、色のつかないキャラクター未満の存在にも気づかないと都合のいい様に解釈できる。
もちろん人によってグラデーションはあるだろうが、都合のいい解釈の度合いがキモさのアウトプットに現れると筆者は思ってる。
■大抵のオッサン
大抵のオッサンは、人生経験を積んで何かしらの組織に所属している。
身なりに特徴がないから、周りと同じように見えてしまう組織に属している。
ちいかわには口元にだけ色味があるキャラクター未満が居る。
組織に属してるってのが解る風貌で口元にだけ色味がある。
ココがちいかわのスゴいところであり、ほとんどのオッサンが居るべき位置だと筆者は思っている。
5人分の実力を持つ親戚は組織で生き残ってない。
そういう存在だ。
組織で生き残る事の大事さもちいかわの世界には描かれていると筆者は思う。
組織の中で生き残ってる人には、口元にだけ色味があるキャラクター未満の様な魅力がある。
この慈悲深さこそがちいかわの魅力ではないだろうか。
ユニフォームや髪型、特徴を消さざるを得ない。
その環境がある程度のキモさを減らす。
でも5人分の実力からどこまで減らせるかは自己責任であり、もって生まれたもの次第って現実もついてまわる。
キモさだけをとってもオッサンの現実は、ちいかわよりも厳しくてえげつないと筆者は思う。
