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S014|左派は今こそ出番である。――憲法記念日を前に――

「憲法を守れ」。
まことに結構な言葉である。耳ざわりもよい。看板としても美しい。集会の横断幕にもよく映える。

ただ、一つだけ困ったことがある。
その憲法は、日本国憲法であって、アメリカの憲法でも、ロシアの憲法でも、中国の憲法でも、イスラエルの憲法でもない、ということである。

そこを飛ばして、日本国内でだけ「9条を守れ」と唱えていても、人々は首をかしげるし、心に響かない。
日本にだけ道徳を説いて、世界の軍事大国には遠慮する。その構図が見えてしまうからだ。

平和を言うのはよい。
だが、日本人にだけ「我慢しろ」「備えるな」「抑えろ」と言い続けて、外にはあまり迫らないとなれば、それは平和思想というより、国内向けのプロパガンダでしかない。

多くの人が左派から離れていったのは、そのあたりを見抜いたからだろう。

社民党の衰退

かつて社会党は大きかった。
いかにも大義がありそうな顔をして、自民党に対抗する側に立っていた。

だが、現実政治に手が届くところまで来ると、話は変わる。
非武装を語っていたはずが、自衛隊を認める。反自民を語っていたはずが、自民と組む。
理念が現実に鍛えられたというより、看板の文字だけ静かに塗り替えたように見えてしまった。

有権者は、そのあたりは案外よく見ている。
理想が高いことそれ自体に腹を立てているのではない。
理想を掲げていた者が、現実に触れた途端に説明のつかない曲がり方をしたことに、白けたのである。

つまり、社会党が縮んだのは、理想を語ったからではない。
理想を語りながら、現実に対処しきれなかったのである。

共産党も結局は同じである

共産党は社会党ほど露骨に看板を掛け替えたわけではない。
だが、別の弱さがある。

それは、いつまでたっても「日本の中で反対している姿」が主に見えてしまうことだ。

もちろん、党としては国際平和も語っているのだろう。
核廃絶も語る。軍縮も語る。対話も語る。
けれども、世間の目に映るのは、結局のところ「国内で反対している人たち」としての姿である。

ここが厳しいところだ。
そう見られるだけのことを、長年続けてきたのである。

中国の軍拡がある。
ロシアの侵攻がある。
アメリカの軍事覇権がある。
中東では戦火が絶えない。

そんな時代に、「日本は9条を守れ」とだけ繰り返していても、人の胸には響かない。
それは平和論というより、「まず自分だけ縛っておきましょう」という話に聞こえるからだ。

言っていること自体は、いかにも整って聞こえる。
だが、それで世界が止まってくれるほど、相手も親切ではない。
そして、共産党は日本の衰退を口にしているのではない。
だが、その主張は、日本の衰退を望む者にとって、あまりにも都合がよい。

身内にだけ厳しい平和主義は、もう賞味期限が切れている

戦後80年が過ぎた。だが、世界は少しも『戦後』のままではない。
左派が本当に平和を語るなら、日本国内だけで声を上げていても意味がない。

アメリカに言うべきである。
ロシアに言うべきである。
中国に言うべきである。
イスラエルに言うべきである。

軍備を減らせ。
武力で押すな。
核に頼るな。
力で秩序を作るな、と。

そこまで言って初めて「平和運動」の必要性が市民に伝わる。
日本だけを縛る話ではなく、世界に向けた普遍的な原理になる。

しかし、現実には、外へ向けて普遍的に言うよりも、
国内で安全に言える範囲にとどまっていた。
その結果どうなったか。

左派は、「世界平和を求める人たち」ではなく、
「日本の中で日本だけを縛り付ける反対屋」に見えるようになってしまった。

それでは広がることはない。
当たり前である。
こちらにだけ禁欲を説くだけで、向こうには理念を伝えないのだから、支持が増える方が不思議だ。

だから、今こそ出番だ

そう言うなら、まずイスラエルやアメリカ、ロシアなど、現に武力を行使し、または軍事力を振りかざしている国々へ向かうべきである。

とはいえ、皮肉だけで終わらせても仕方がない。
むしろ問題はここからである。

世界がこれだけ乱れ、武力がむき出しになり、力の論理が恥じらいもなく前に出てきた今こそ、左派の出番だ。

ただし、昔と同じ芸では駄目だ。

日本の中で「反対です」と言う。
日本の中で「九条を守れ」と言う。
日本の中で「平和が大事です」と言う。

その程度なら、もう聞き飽きられている。

いま必要なのは、日本だけに禁欲を説くことではない。
世界の軍事大国に向かって、お前たちこそ武力を抑えろと言うことである。

平和憲法を持つ国の左派なら、むしろそこをやるべきである。
日本人にだけ80年以上前の戦争に対して「反省しろ」と言うのではなく、現在起きている戦争に対して、軍事大国に「お前たちも改めろ」と迫るべきなのである。

そして、その役を引き受けるなら、まだ存在意義はある。
だが、それをせず、相変わらず国内でだけ道徳の先生をしているなら、いずれ、自然消滅するだけの運命である。

人は見ている。
この人たちは、相手にも言うのか。
それとも、言いやすい相手にだけ立派なことを言うのか、と。

左派が縮んだのは、理想が古かったからではない。
理想の矛先が、常に安全地帯だったからである。

だから、いまこそ出番だ。

外へ向かえ。
軍事大国へ向かえ。
核保有国へ向かえ。
そして、現在進行形で起きている戦争当事国に対して、
日本人に向けるのと同じ顔つきで、同じ熱量で、同じ正義感で言ってみせればよい。

そこまでやって、ようやくあなたがたの「平和」は信用される。
そこまでできなければ、また「反対屋」で終わる。

問われているのは、理想の高さではない。
世界平和実現への覚悟である。


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