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S201|「あなたは誰か」と「何ができるか」──身分証と資格のねじれ


マイナンバーカードへの反発の中で、よく聞く言葉がある。
「監視されるのが怖い」「情報を全部握られるのが不安だ」。

だが、その不安は本当に筋が通っているのだろうか。

私はむしろ、こう感じている。
マイナカードよりも、運転免許証の方がプライバシー上の危険度は高い

理由は単純だ。

マイナカードは「あなたは誰か」を示すための道具だ。
一方、運転免許証は本来、「公道で車を運転できる技能」を証明するための資格証である。

意味論で言えば、運転免許は電気工事士や危険物取扱者と同じ
「何ができるか」を示す免許のはずだ。

それがなぜ、いつの間にか「最強の身分証」になっているのか。

これは制度設計の結果ではない。
惰性と慣行の積み重ねだ。

運転免許証は、早い時代から
・顔写真
・住所
・生年月日
・有効期限
を一枚にまとめ、警察が日常的に使ってきた。

警察行政は、「善良な市民」を前提にはしない。
違反、事故、捜査──  常に“行動の記録”が紐づく。
免許証は事実上、行動履歴と結びついたIDになっている。

一方、マイナカードはどうか。

カード自体に、税や医療の中身が入っているわけではない。
あれは「データの箱」ではなく、アクセスの鍵だ。

原則は任意提示。
利用目的は限定。
本人操作が前提。

にもかかわらず、なぜか「怖い」のはマイナカードで、「安心」なのは運転免許。
これは理屈ではなく、慣れの問題だ。
昔からあった支配には鈍感で、新しく可視化された仕組みにだけ過剰反応する。

このねじれは、資格制度にも現れている。

電気工事士、危険物、フォークリフト。
多くの資格は今も紙のまま、バラバラに管理されている。

たとえばフォークリフト。
これは更新のない、事実上の永久資格だ。

20年前に取って、その後一度も触っていなくても、「資格者」ではあり続ける。
現場では結局、再教育やOJTで調整するしかない。
責任はすべて事業者任せだ。

ここで、ひとつの発想転換がある。
すべての資格を、マイナカードに集約できないか。

これは「監視強化」ではない。
むしろ逆だ。

  • マイナカード=あなたは誰か

  • 資格情報=何ができるか

  • 閲覧は必要最小限

  • 履歴は本人が確認できる

有効・無効を一律に決める必要はない。
永久資格は永久資格のままでいい。

ただし、最終講習・再教育・実務履歴という「鮮度」だけを可視化する。
期限切れで違法になる社会ではなく、判断材料が増える社会。
紙を信じる社会から、情報の真正性を信じる社会へ。

問題は技術ではない。省庁ごとの縄張りと、説明の下手さだ。

「管理される」のが嫌なのではない。
「雑に管理される」のが嫌なのだ。

身分証と資格。
「誰か」と「何ができるか」。

この2つがごちゃ混ぜになったままだから、制度は歪み、不信だけが残る。
本当に整理すべきなのは、カードの枚数ではない。
概念の整理だ。


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