K050|『弓道日本』掲載論考・中央審査挑戦篇 総合案内
『弓道日本』掲載・投稿記事
雑誌『弓道日本』への掲載・投稿記事をまとめています。
NOTEでは、早気、会、詰合い、伸合い、彀、的中率などについて、経験談だけでなく、仏教・統計・品質管理といった別分野の視点も取り入れながら考えてきました。
『弓道日本』への投稿では、その中から論点を絞り、弓道界の中で共有できる形に整理しています。
NOTE上の試論と、雑誌へ投稿するまとまった論考を行き来しながら、射について考え続けた記録でもあります。
K051|『弓道日本』第79号に拙稿が掲載されました
「彀に至らない射はすべて早気である」の掲載紹介。
今後の掲載・投稿記事も、このブロックへ追加します。
中央審査挑戦篇
五段を取ったあと、何を稽古すればよいのか。
五段までと、錬士・六段・中央審査では何が違うのか。
自分自身、五段取得後に長い時間を過ごしてきました。その間には、射が崩れた時期もあり、審査から距離を置いていた時期もあります。
中央審査へ向かうことを改めて考えたとき、単に「審査に受かる方法」を考えるだけでは足りませんでした。
五段という段位をどう捉えるのか。
なぜ五段取得後に停滞するのか。
教本に書かれていることを、どこまで射として実現できているのか。
錬士・六段では何が求められるのか。
こうした問題を、自分自身の経験と現在の射を材料にして三部作にまとめています。
この三部作は有料記事です。
多くの人に気軽に読んでもらうための記事ではありません。
五段以降の審査、射の崩れ、錬士・六段について、かなり踏み込んで考えています。内容だけを切り取って消費されるよりも、「ここから先を読む必要がある」と感じた人に読んでもらえれば十分です。
K055|第一部:「教本通り」の先へ――中央審査を考える
中央審査で求められるものを考察。
K056|第二部:五段を取ったあと、なぜ射が崩れるのか
五段取得後の停滞と射の崩れを考察。
K057|第三部:中央審査へ――五段の先に何があるのか
錬士・六段へ進むための課題を考察。
『機に臨む』――審査を受ける意義
審査は、単に段位や称号を得るためだけの場ではない。
限られた二本の中で、普段の稽古がどこまで通用するのか。
自分の射を外から問い直し、次の課題を持ち帰る機会でもある。
ここでは、錬士審査を通して「合否」だけでなく、修行の節目としてどう使うかを考える。
K070|錬士審査が「臨時中央審査」であるという、忘れられた意味
錬士審査を、中央審査として受ける意味と重みから考察。
K071|下手でも受け続ける――称号審査を修行の場として使うという選択
合否だけでなく、審査を自分の射を問い直す修行の場として考察。
K072|師がいない時代に、スポーツ化した弓道で審査を受ける意義
師の代わりとなる客観的な節目として、現代に審査を受ける意味を考察。
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