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行遠|蓮心不敗 総合案内

弓道・唯識・技術・教育・社会を、考える

このnoteには、弓道、仏教、唯識、修験、品質管理、教育、AI、社会問題、歴史、中国文化など、かなり異なる分野の記事が並んでいる。

最初から一つの思想体系を作ろうとして書いてきたわけではない。

疑問に思ったことを考える。
実際にやってみる。
書いて残す。
あとから読み返す。
考えが変われば、また書く。

その繰り返しで記事が増えてきた。

ここにあるのは完成した「教科書」ではない。

本論、試論、実践記録、旧稿が同居する、公開された思考ノートであり、個人的な研究室である。

このページは、その入口となる総合案内である。

全部を読む必要はない。
興味のあるところから入ってもらえればよい。


0|行遠を知るための五つの入口

このnoteには、弓道、修験道、仏教、早気、品質管理、中国文化など、かなり異なる分野の記事が並んでいる。
しかし、自分の中では、それぞれがまったく別のものというわけではない。
現在の私を形づくっているものを整理すると、

行遠――どう歩くか
蓮心不敗――どう在るか
一心庵――どこで実践するか

という三つがある。そして、その背景には、

弓道を始め、つくばへ移った二十代
弓を続けながら修験道にも入った、その後の二十数年

という二つの歩みがある。
ここでは、このnoteを読む入口として五つの記事を紹介したい。


(1)行遠――どう歩くか

字(あざな)は「行遠」
 「行遠必自邇」――遠くへ行くには、必ず近きより始める。

(2)蓮心不敗――その道を、どう在るか

蓮心不敗とは何か――武侠の不敗を、弓道へ
 勝てなくても、敗れない。現在の活動を貫く言葉。

(3)一心庵――どこで実践するか

一心庵弓道場について
 このnoteで考えていることを、実際の射で確かめる場所。

(4)弓を引く場所を求めて――地元からつくばへ

二十五歳、私は弓を引く場所を変えた――地元からつくばへ
 
現在の弓道観につながる二十代の記録。

(5)弓を持ったまま、山にも入った

弓を続けながら山に入り、二つの道が交わるまで
弓道と修験道を並行して歩いてきた二十数年の記録。


Ⅰ|弓道――射の中で何が起きているのか

このnoteの中心にある分野。
技術だけではなく、一本の射の中で起きている心身の反応を考える。

K|三毒早気論

長年の課題である早気を、仏教の三毒――貪・瞋・痴――を手掛かりに考えたシリーズ。

「会が短い」
「我慢できない」
「精神力が弱い」

で終わらせず、射の中で何が起きているのかを考える。
現在の弓道論の中心である。

旧:K00|三毒早気論について

K100|唯識弓道論」

三毒早気論からさらに進み、なぜ同じ射癖を繰り返してしまうのかを考えるシリーズ。
種子、薫習、末那識、阿頼耶識など唯識の考え方を、射癖や習慣形成へ応用している。

K050|『弓道日本』掲載論考・中央審査挑戦篇 総合案内

雑誌『弓道日本』への掲載・投稿記事と、五段以降、錬士・六段、中央審査について考えた記事をまとめている。

的中・統計・品質管理

感覚だけでは見えない射を、的中率・二項分布・測定・品質管理から考える。
感覚を否定するためではなく、感覚だけでは見えないものを見るために測る。


弓道随筆・実践・文化

生涯弓道、礼、射品、試合、道場、文化、弓具など、射法や的中だけでは収まらない弓道について考える。
「どう射るか」だけでなく、「どう弓道と付き合うか」。

藤放し・竹弓製作

藤放しの状態から、自分で竹弓を削り、測り、調整しながら仕上げた記録。

造ることは計ること。

理論だけでなく、実際に手を動かして確かめるという、このnoteのもう一つの柱である。


Ⅱ|武道――弓道の外から武道を見る

B000|武道論 総合案内

弓道だけでなく、剣道、柔道なども含めて、武道とは何かを考える。
流派、礼、人格、競技、スポーツとの違いなど、個別の武道を越えた問題をまとめている。


Ⅲ|仏教・唯識――心を構造として見る

仏教を精神論としてだけでなく、心の働きを観察する体系として読む。

V|唯識の基礎

まず伝統的な唯識そのものを知るための基礎シリーズ。

V00|なぜ唯識を「信仰抜き」で読むのか
V20|阿頼耶識とは「記憶」ではない

令和唯識学や唯識弓道論の前提となる資料庫でもある。

R|令和唯識学

唯識を現代人のための人間理解のモデルとして読み直す。
欲、怒り、習慣、自己像、集団、物語。
人がなぜ同じ反応を繰り返すのかを考える。


Ⅳ|教育――その物差しは本当に必要なのか

教育そのものを否定するのではない。
現在の制度が、本来の目的を果たしているのかを問い直している。

E000|英語・英語教育論 総合案内

英語そのものではなく、公教育における英語の位置づけ、到達目標、評価方法を考える。

P000|体育・スポーツ教育論 総合案内

身体を動かすことと、学校制度としての体育・スポーツ教育を分けて考える。
学校体育、部活動、集団スポーツなどを扱う。


Ⅳ|技術・AI――ドラえもん型22世紀へ

新しい技術については、実際に見て、使いながら考える。
AIについて期待しているのは、人間を支配したり、人間を不要にしたりする未来ではない。
人間のできることを広げ、生活や学び、創造を助ける未来である。

A001|ドラえもんの22世紀と宗教――AIが労働を終わらせた後、人間に何が残るのか
A002|AI失業論を超えて――フィジカルAIと伝統宗教が開く修養中心文明
A003|外国人労働者問題の本質――「誰が嫌な仕事をするのか」からAI社会を考える


Ⅵ|歴史・社会――「当たり前」を構造から見る

H|日本仏教・歴史構造試論

日本仏教、国家、朱子学、制度、近代化などを一本の歴史構造として考える試論。

S000|現代社会・制度論 総合案内

政治、法律、学校制度、教育行政、仕事、学歴、社会保障、地域、消費などについて考える。

「誰が悪いのか」だけではなく、
なぜ、その問題が起こりやすい構造になっているのか
を見ることを重視している。


Ⅶ|物語・武侠・中国文化

思想は、教典や論文だけに現れるものではない。

中国の歴史、国風音楽、武侠作品、中国ドラマや物語にも、

「侠とは何か」
「勝敗とは何か」
「義とは何か」
「人はどう生きるのか」

を考える材料がある。

この分野では、『惟侠不败』などの国風・武侠音楽、中国史、『陳情令』の人物・物語考察、そこから派生した創作『雲深相剋録』などを扱っている。

C000|中国文化・武侠・中国作品 総合案内

中国文化・歴史・国風音楽・武侠、『陳情令』評論、『雲深相剋録』をまとめた入口。


Ⅷ|このnoteで繰り返していること

分野は違っても、考え方には共通するところがある。

一度、「それは本当にそうなのか」と考える

伝統だから正しいとは限らない。
新しいから正しいとも限らない。
多数派だから正しいとも限らない。

まず一度、自分で考える。

ラベルより実質を見る

段位。
学歴。
英語力。
肩書き。
資格。
伝統。
新技術。

それらには意味がある。
しかし、ラベルと中身は同じではない。

人間を一つの物差しで測らない

一つの尺度を、人間全体の尺度へ拡大しない。

測れるものは測る

主観だけにも逃げない。

的中率。
寸法。
統計。
記録。

確認できるものは確認する。
そして、間違っていれば考え直す。


興味のあるところから

一心庵弓道場について知りたいなら、道場紹介から。
早気なら、Kシリーズ。
『弓道日本』・中央審査なら、K050。
武道全般なら、B000。
唯識なら、Vシリーズ。
令和唯識学なら、Rシリーズ。
英語教育なら、E000。
体育・部活動なら、P000。
現代社会なら、S000。
歴史・仏教なら、Hシリーズ。
AIと未来社会なら、AI関連記事。
武侠・中国ドラマなら、Cシリーズ。

入口はどこでもよい。
一つの記事から別の記事へ進んで、
「この話と、あの話はつながっていたのか」
と思ってもらえれば、それで十分である。


最後に

弓道。
仏教。
唯識。
修験。
品質管理。
教育。
AI。
歴史。
社会。
武侠。

題材だけを並べれば、ずいぶん節操がない。

だが、自分の中では少しずつ一本につながってきた。

自分の中で、いま何が起きているのか。
目の前の仕組みは、本当に目的を果たしているのか。
皆が当然だと思っている物差しは、本当に妥当なのか。

自分で見る。
測れるものは測る。
考える。
実際にやってみる。
間違っていれば考え直す。

そして、うまくいかなければ、また戻る。

行遠必自邇。

遠くへ行くには、必ず近きより始める。

泥の中にあっても、泥だけにはならない。

蓮心不敗。


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