H17|日本的統制OSはアップデートされなかった――思想ではなく「空気」として残った朱子学
H16で見たように、戦後占領政策は国家神道という「見える宗教装置」を解体し、宗教を自由化した。しかしその一方で、江戸以来の朱子学的秩序――私はこれを「統制OS」と呼んできた――にはほとんど手が入らなかった。なぜなら、それは法律でも制度でもなく、すでに生活の作法として、当たり前として、人々の反射神経として沈殿していたからだ。本章では、この統制OSが戦後も温存され、むしろ空気化することで強化された構造を整理する。
「朱子学」と言うと、多くの人は歴史の教科書の中の話だと思うだろう。江戸時代の思想、武士の倫理、封建道徳。しかし問題は、朱子学という名称が残っているかどうかではない。残っているのは、朱子学が社会にインストールした行動原理のほうだ。役割固定、上下関係、調和優先、逸脱忌避、面子、世間体、空気。これは教義としてではなく、習慣として生き残る。だから「朱子学的統制」と言っても、誰かが朱子学を信仰しているわけではない。むしろ誰も信仰していないからこそ、検証されず、アップデートされないまま残る。
統制OSの最大の特徴は、命令がなくても人が従う点にある。法律なら違反者を罰する主体が必要だ。命令なら命令者が必要だ。しかし空気支配には主体がいない。誰が決めたわけでもないのに、みんなが「そういうものだ」と思い、逸脱者を無言で排除する。これは統治者にとって理想的な社会である。力で押さえつけなくても秩序が維持されるからだ。そして皮肉なことに、戦後の民主化はこの空気支配を弱めるどころか、強める方向にも働いた。
なぜか。戦前は国家神道や国家権力という「見える中心」があった。中心がある社会では、支配の責任が中心に集まりやすい。だが戦後は、表向き中心が消える。自由と平等が掲げられ、権威は疑われ、国家は露骨な精神動員をできなくなる。すると秩序はどこで維持されるか。制度の中心ではなく、周辺の同調圧力で維持される。つまり、上からの命令より、横の監視が強くなる。これが戦後日本の空気支配の一つの増幅条件になる。
空気支配が強まると、もう一つの現象が起きる。責任が拡散する。誰も命令していないから、誰も責任を取らない。しかし結果として誰かが傷つき、排除され、潰れる。ここで人々は「自分は悪くない」と言える。なぜなら、空気に従っただけだからだ。この構造は、職場でも学校でも家庭でも繰り返される。正しさはあるが、主体がない。規範はあるが、責任がない。私はこれを、倫理はあるが覚醒がない社会、と呼んできた。
この統制OSの下では、宗教が生を語ることがさらに難しくなる。なぜなら、宗教が生を語るという行為は、人々に「価値の前提」を問うからだ。仏教が無常や執着や苦の構造を語るとき、それは人々の生き方の前提を揺らす。前提が揺らぐと、空気支配の安定が崩れる。空気支配が最も嫌うのは、対立ではない。問いである。「なぜそうするのか」「本当にそれが正しいのか」という問いが立ち上がると、空気は効かなくなる。だから空気は、問いを嫌う。問いを発する者を「面倒くさい人」として排除する。この排除は暴力的ではないが、静かに確実に効く。
結果、宗教は私事として封じ込められ、仏教は儀礼に収束する。儀礼は問いを立てない。手続きだからだ。葬式は問いを要求しない。法事は価値の前提を揺さぶらない。だから社会は安心して仏教を受け入れられる。ここに、戦後以降、仏教が死後領域へとさらに固定される理由がある。仏教の側が語らないのではない。社会が語らせない構造がある。
要するに、戦後日本は制度としては民主化したが、統治の深層構造としての統制OSは残った。しかも「朱子学」という名前を失うことで、検証不能になり、空気として強化された。これが現代の同調圧力、責任転嫁、空気支配の土台であり、仏教が生を語れない条件でもある。
次回(H18)は、この構造の中で「なぜ改革が起きないのか」を扱う。
僧侶の意志が弱いからでも、寺が怠けているからでもない。構造が改革を許さない。
「改革が起きない理由――意志の問題ではない」へ進む。
