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S034|「心肺蘇生はしないで」をマイナカードに登録できるようにすべきだ


「人生の最期に、心肺蘇生はしないでほしい」

本人がそう望み、家族や医師とも話し合っていたとしても、実際に心肺停止となって119番通報されれば、救急隊は原則として心肺蘇生を続けながら病院へ搬送する。

救急隊が本人の意思を確認し、それに従って心肺蘇生を中止するための全国共通の仕組みがないからだ。

岡山大学の研究グループが全国の消防本部などを対象に行った調査では、心肺蘇生を望まない人への対応手順を整備している消防本部は約半数にとどまった。

さらに、手順が整備されていても、半数以上の消防本部では一年間に一度も使われていなかった。そして、心肺蘇生を望まない意思が示された事例の約七割で、心肺蘇生を続けたまま病院へ搬送されていたという。

本人の意思は存在している。

しかし、救急現場で確認できない。確認できても、それに従ってよいという全国共通の制度がない。

これは個々の救急隊員の判断の問題ではない。明らかに制度の問題である。

これこそマイナカードに登録すべき情報ではないか

現在、「マイナ救急」の導入が進められている。

救急隊がマイナ保険証を読み取り、過去の受診歴や薬剤情報などを確認し、搬送先の選定や処置に活用する仕組みである。本人が意識不明で同意を得られない場合でも、生命や身体を守るために必要であれば、同意なしで医療情報を閲覧できる場合がある。

それならば、本人が心肺蘇生を望むかどうかも、救急時に確認できるようにすべきではないか。

臓器提供の意思は、マイナンバーカードや運転免許証などで表示できる。

ところが、自分自身が最期に心肺蘇生を受けるかどうかという、より直接的な意思は、救急現場へ確実に伝える仕組みがない。

マイナンバーカードの利便性をいくら宣伝しても、国民にはなかなか実感されない。

それよりも、意識を失って自分では何も伝えられなくなったとき、自分の意思を代わりに伝えてくれる。そのような使い方ができれば、マイナンバー制度の存在意義ははるかに分かりやすくなる。

単純な「蘇生不要」の登録では足りない

ただし、マイナカードに「心肺蘇生を希望する・希望しない」という欄を設けるだけでは危険である。

元気な人が交通事故や不整脈で一時的な心停止になった場合と、末期がんや老衰によって予測された最期を迎えた場合とでは、意味がまったく違う。

以前に登録した意思が、現在も変わっていないとは限らない。

家族に強く勧められて登録した可能性もある。認知症などによって、登録時の意思決定能力が問題になる場合もある。

また、DNARは「すべての治療を拒否する」という意味ではない。心肺停止になった際に、心肺蘇生を試みないという意思である。点滴、酸素投与、鎮痛、感染症の治療などを拒否することとは区別しなければならない。

したがって必要なのは、単なる意思表示欄ではない。

本人、家族、かかりつけ医などが繰り返し話し合うACP、いわゆる「人生会議」と結びついた、全国共通の電子DNAR登録制度である。

救急隊が従える制度にする

例えば、次のような仕組みが考えられる。

  • 本人がマイナポータルから意思を登録する

  • 医師との話し合いを経て、医師が登録内容を確認する

  • 対象となる病状や適用条件を明記する

  • 一定期間ごとに本人の意思を再確認する

  • 本人はいつでも変更・撤回できる

  • 救急隊が現場で即時に確認できる

  • かかりつけ医や訪問看護師へ24時間連絡できる

  • 登録内容と現在の状態が一致すれば、全国共通の手順によって心肺蘇生を中止できる

  • 誰が、いつ、どの情報を確認して判断したかを記録する

重要なのは、救急隊員個人に重い判断を押しつけないことである。

現場の救急隊員に「本人の希望らしいから蘇生をやめるか、それとも責任を問われないように続けるか」と判断させれば、後者を選ぶのは当然である。

本人の意思を尊重したくても、法的な根拠と統一された手順がなければ動けない。

マイナカードで意思を確認できるようにするだけでなく、その情報に基づいて行動した救急隊員を制度として守らなければならない。

「救急車を呼ばないで」だけでは解決しない

終末期の患者については、心肺停止になったときに119番通報をせず、かかりつけ医や訪問看護師へ連絡して看取る体制を整えておくことが望ましいとされる。

しかし、実際に家族が目の前で心肺停止になれば、慌てて119番通報してしまうのは無理もない。

介護施設でも、夜間の職員が本人の意思を把握していなかったり、責任を恐れて救急車を呼んだりすることがある。

「救急車を呼ばなければよかった」と家族を責めても、問題は解決しない。

混乱の中で119番通報が行われることを前提にして、それでも本人の意思を確認し、尊重できる制度を作るべきである。

命を救うことと、本人の意思を尊重すること

救急医療は命を救うためにある。

だからこそ、本人の意思が分からなければ、まず心肺蘇生を始めるのは当然である。

しかし、救命の可能性がほとんどなく、本人が十分な説明を受けたうえで心肺蘇生を望まないと明確に示していた場合まで、一律に蘇生を続けることが、本当に本人のためになるとは限らない。

高齢者への心肺蘇生は、肋骨骨折など大きな身体的負担を伴うことがある。それによって穏やかな最期が失われる場合もある。

命を救うことと、本人が望む最期を守ることは、必ずしも同じではない。

だからこそ、本人が意思を示せるうちに考え、家族や医師と共有し、本人が話せなくなったときにも確認できる仕組みが必要になる。

マイナカードは単なる身分証明書ではない。

意識を失い、自分の言葉で何も伝えられなくなったときにも、自分の意思を医療者へ届ける。そのために使われてこそ、国民一人ひとりのための医療情報基盤になる。

「心肺蘇生はしないで」という最期の希望が、住んでいる地域によって尊重されたり、されなかったりしてよいはずがない。

必要なのは、本人の意思をマイナンバーの医療情報に登録し、全国どこでも救急隊が確認でき、一定の条件のもとで従うことのできる制度である。

これこそ、マイナカードに登録すべき情報ではないだろうか。


参考:


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