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なぜ「鬼子母神前」は「きしぼじんまえ」なのに、お堂は「きしもじん」と読むのか【連載エッセイ#07】「ことばのひみつ」山口謠司

『日本語を作った男 上田万年とその時代』『もう恥をかきたくない人のための正しい日本語』『面白くて眠れなくなる日本語学』『文豪の語彙力』『光と闇と色のことば辞典』など多数の著作を通じて日本語の奥深さを伝え続けてきた文献学者、山口謠司さん。本連載では、ことばの由来や漢字の成り立ち、古典の世界をたどりながら、日本語の「ひみつ」を紐解いていきます。
※当記事は連載の第7回です。第6回はこちら↓

https://note.com/xknowledge_book/n/neeba42365776


池袋のすぐそばに残る、江戸の気配

東京、池袋駅からほど近い雑司が谷に、鬼子母神が祀られています。

境内には、都会のまんなかとは思えないほど、しんとした時間が流れています。
十月には御会式大祭が行われ、白い紙の花をつけた万灯が、夜の道をゆっくり進んでいきます。団扇太鼓の音が、雑司が谷の空気を震わせます。
樹齢およそ七百年といわれる大きな銀杏の木が聳え立ち、雨が降れば、土の匂いがふっと立ちのぼります。

少し傾いているのではないかと思われる古いお堂は、国の重要文化財に指定されています。池袋の賑わいから、ほんの少し脇道に入っただけで、江戸の気配に触れることができる場所が、今も残されているのです。

子どもを食べる鬼が、子どもを守る神になるまで

さて、このお寺に祀られている鬼子母神は、子どもの成長を守る神さまです。

鬼子母神は、「鬼」という漢字がついているように、もともとは恐ろしい存在でした。人間の子どもをさらい、食べてしまう鬼女だったと伝えられています。
ところが、自分にもたくさんの子どもがいました。その中でも、とくにかわいがっていた末の子を、お釈迦さまが隠してしまいます。
鬼子母は、半狂乱になって子どもを探しまわります。
その時、お釈迦さまは言います。
「おまえには多くの子どもがいる。その中の一人を失っただけで、これほど悲しいのか。まして、人間の親にとって、たった一人の子を奪われる悲しみはどれほどであろうか」

鬼子母は、自分の罪に気づきます。
子を奪う鬼から、子を守る神様になったのです。

「きしぼじん」ではなく「きしもじん」?

さて、「鬼子母神」。みなさんは、この神様を何と呼んでいらっしゃいますか?
多くの人は、「きしぼじん」と読むかもしれません。都電荒川線にも「鬼子母神前」という停留場があり、これは「きしぼじんまえ」と読みます。
ところが、雑司が谷の鬼子母神堂では、正式には「きしもじん」と読みます。

「母」は、ふつう音読みでは「ぼ」と読みます。母校、母国、母体、母性。どれも「ぼ」です。だから「鬼子母神」を「きしぼじん」と読むのは、現代日本語の感覚からすれば、とても自然です。

けれども、仏教語の世界では、「母」を「も」と読むことがあります。
たとえば「仏母」は「ぶつも」と読みます。「摩耶夫人」はお釈迦さまの母であることから、「仏母摩耶夫人」とも呼ばれます。この「母」は「ぼ」ではなく、「も」なのです。

つまり、「きしもじん」という読みには、仏教語としての古い音が残っているのです。

お堂は「きしもじん」、停留場は「きしぼじん」

お堂は「きしもじん」。
停留場は「きしぼじん」。
信仰の中では「も」と呼ばれ、町の交通の中では「ぼ」と呼ばれる。

同じ漢字が、場所によって、時代によって、少しずつ違う音を持っているのです。

さらに、雑司が谷の鬼子母神では、「鬼」の字にも秘密があります。正式には、鬼の上にある角のような一画を取った字を用います。もう鬼ではありません。子どもを食べる鬼ではなく、子どもを守る母になったからです。字の形から角が消えているのです。

石川県では、鬼子母神を「きちぼ」と呼ぶ

ところで「鬼子母神」には、もう一つ、別の読み方もあります。
「きちぼじん」です。

石川県加賀市、山代温泉の近くに、「九萬坊山」という山があります。
忠魂碑のある弁慶山から、真菰谷を右に見て登っていく山で、途中には、小さな祠の知立神社、駒吉稲荷、そして「きちぼ神」と呼ばれる鬼子母神の石仏があり、頂上の祠には、九萬坊大権現がまつられています。

九萬坊とは、この土地に伝わる山の守護神であり、天狗信仰や山伏信仰、修験の気配をまとった存在です。「坊」という字がついていることからも、山で修行した修験者の姿が思い浮かびます。長い年月の中で、その存在は土地の神として信仰されるようになったのでしょう。

九萬坊大権現。
鬼子母神。
稲荷。
知立神社。

ひとつの山の中に、さまざまな神仏が同居しています。まさに、日本の神仏習合の小宇宙です。

この九萬坊にちなむ名を持つ湯が、山代温泉の「九萬坊の湯」です。ありがたい神々にちなんだお風呂で、アルカリ性単純温泉のやわらかな湯に身を沈めると、神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性、疲労回復などによいとされています。湯気のむこうに、山の神、稲荷、鬼子母神、修験者の影が、ぼんやり重なって見えるようです。

「きしもじん」が「きちぼ」になるまで

さて、「きちぼ神」という読み方です。

鬼子母神を、東京の雑司が谷では「きしもじん」、都電の停留場では「きしぼじん」。ところが山代では、「きちぼ」と呼ばれているのです。

これは、「さしすせそ」が日本古代音で「ツァツィツゥツェツォ」と発音されていた時代を残した読み方です。関東では「ツィ」が「シ」に変化したのに対して、石川県など日本海側では「ツィ」が「チ」の音に変換されたのです。

きしもじん。
きしぼじん。
きちぼ。
どれが正しいか、という話ではありません。

むしろ、同じ信仰が土地を移動し、人々の口にのぼるうちに、音が少しずつ丸くなり、縮まり、土地の言葉になっていったのです。

「きしぼ」が「きちぼ」になる。これは、文字の上では小さな変化に見えます。けれども、声に出してみると分かります。「し」と「ち」は、口の中でとても近い場所で作られる音です。さらに「鬼子母神」という少し硬い仏教語が、土地の人々に親しまれるうちに、「きちぼ神」と、やわらかく、呼びやすく、親しみやすくなっていったのでしょう。

文字は同じでも、声は土地ごとに違う

お堂の額に残る名前。停留場の案内に残る名前。山の石仏のそばで呼ばれてきた名前。
文字は同じでも、声は土地ごとに違います。

鬼子母神は、もともと子どもを奪う鬼でした。しかし、お釈迦さまに諭され、子どもを守る神になりました。

そして、その神の名前もまた、鬼の硬さを脱ぎ、母のやわらかさを帯びながら、日本各地の口の中で生きてきたのではないでしょうか。

日本語は、古い時間を見せてくれる

雑司が谷の雨の匂いの中で、「きしもじん」、山代の湯けむりの中で「きちぼ神」と声に出してみます。

すると、ただの地名でも、ただの神さまの名前でもなくなります。

鬼であったものが、母になります。
角のある字が、角のない字になります。
「ぼ」と読むはずの文字が、「も」と読まれます。
そして、やがて土地の口の中で、「きちぼ」と呼ばれます。

日本語とは、こうした小さな裂け目から、ふいに古い時間を見せてくれる言葉なのです。

プロフィール
山口謠司(やまぐち・ようじ)

現在、平成国際大学情報デザイン学部教授。大東文化大学名誉教授。宝塚医療大学観光学部客員教授。中国山東大学客員教授。博士(中国学)。
大東文化大学大学院、フランス国立高等研究院大学院に学ぶ。ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員を経て現職。専門は、書誌学、音韻学、文献学。
1989年よりイギリス、ケンブリッジ大学東洋学部を本部に置いて行なった『欧州所在日本古典籍総目録』編纂の調査のために渡英。以後、10年に及んで、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、ベルギー、イタリア、フランスの各国図書館に所蔵される日本の古典籍の調査を行なう。
またその間、フランス国立社会科学高等研究院大学院博士課程に在学し、中国唐代漢字音韻の研究を行ない、敦煌出土の文献をパリ国立国会図書館で調査する。
文部科学省科学研究費助成を受け、第一次世界大戦後に行われた昭和天皇(当時は皇太子)によるベルギー王国、ルヴァン大学に寄贈された日本古典籍についての研究なども行なっている。
広い視点から、わかりやすく話をするスタイルで、テレビやラジオの出演も多く、NHK文化センター、朝日カルチャーセンター、中日文化センターなどでも定期的に講演や講座を開いている。
ベストセラー『日本語の奇跡』『ん』『日本語通』(新潮社)、『てんてん』(KADOKAWA)、『日本語にとってカタカナとは何か』(河出書房新社)、『日本語を作った男』(集英社)『光と闇と色のことば辞典』など著書多数。