柳田國男が見つけた、小さな地名のひみつ【連載エッセイ#06】「ことばのひみつ」山口謠司
『日本語を作った男 上田万年とその時代』『もう恥をかきたくない人のための正しい日本語』『面白くて眠れなくなる日本語学』『文豪の語彙力』『光と闇と色のことば辞典』など多数の著作を通じて日本語の奥深さを伝え続けてきた文献学者、山口謠司さん。本連載では、ことばの由来や漢字の成り立ち、古典の世界をたどりながら、日本語の「ひみつ」を紐解いていきます。
※当記事は連載の第6回です。第5回はこちら↓
柳田國男が見つけた、小さな地名の謎
柳田國男に「アテヌキという地名」という短い随筆があります。
昭和十一年十月、『民間伝承』に発表された文章です。題名は地名についての考察ですが、読み進めると、一本の木の名が、土地の記憶、刑罰の歴史、方言、そして人びとの暮らしの奥底へと伸びていくことがわかります。
柳田は、香取郡東部(現在の千葉県北東部、香取郡の東部にあたる地域)に「当貫」または「苦楝木」と書いて、「アテヌキ」と呼ぶ地名が多いという報告に強い興味を示しています。
そして、こう書いています。
「こんなただわずかな当貫(アテヌキ)というような地名からでも、気をつけて見ればまだいろいろのことが判って来る。すなわち地名はまた埋もれたる史料であったのである。」
地名は、埋もれた歴史を語る
この一文には、柳田の学問の姿勢がよく表れています。
地名とは、ただの住所ではありません。人が忘れ、制度が記録しそこね、文字が取り落としたものを、土の上に残しているものなのです。地名は、声を失った古文書のようなものではないでしょうか。
柳田によれば、「アテ」はかつて「楝」と書かれる木でした。別名「オウチの木」とも呼ばれます。この木は、京都では、獄舎の門に植えられ、罪人の首を懸ける木であったというのです。
とすれば、「あての木」は、かつては死や罪や恐怖の記憶をまとった木でもあったのです。
石川県の「あて」は、幸運を呼ぶ木だった
ところが、石川県に行って、石川県の県木が「あて」だと聞いてびっくりしました。
この「あて」は、「ヒノキアスナロ」とも呼ばれる木で、北陸地方では「あて」と呼ばれ、能登の風土と暮らしに深く結びついてきた木なのだそうです。
さらに驚いたのは、「あて」の葉っぱをお財布に入れる習慣があったということです。
「あて」にしていなかったお金が入ってくる、つまり思いがけない幸運が入ってくるからだという、楽しい掛け言葉なんです。
柳田のいう「アテ」と石川の「あて」は同じ木ではありませんが、同じ音がまったく別の土地で別の記憶をまとっているところに、強く惹かれるのです。
柳田の「あて」は、獄門の前に立つ木でした。
ところが石川の「あて」は、財布の中で小さな福の番人になります。死のそばに立っていた木が、暮らしの中で「いいことがありますように」と願われる木になるのです。民間伝承のおもしろさは、こんなところにあるんだろうと思います。
「酒のあて」の「あて」
同じ音が、土地を移り、人を移り、時を移るうちに、まったく別の光を帯びていくのです。
「あて」という言葉には、さらに広がりがあります。
「酒のあて」という言い方があります。
これは、酒の相手をしてくれるもの、酒と向き合ってくれるものという意味です。
お酒だけでは少し寂しい。そこに肴があれば……塩辛でも、豆腐でも、焼いた椎茸でもかまいません。何かが酒の相手になってくれます。
人も同じです。生きていくには、「あて」がいります。話のあて、心のあて、明日のあて。つまり、相手になってくれる人やものがあるということは、それだけで幸せなことなのです。
小さな言葉が、日本人の暮らしを残している
柳田は、この随筆の終わり近くで、まだ各地に残る木や方言を「細かく採録しておくこと」が必要だと述べています。これは『民間伝承』という雑誌の精神そのものでもありました。
大きな歴史ではなく、小さな言葉。
都の記録ではなく、村の呼び名。
英雄の物語ではなく、財布の中に入れられた一片の木。
そのようなものを集めることで、日本人の暮らしの深い層が見えてくるのです。
「あて」は、木です。地名です。忌みの記憶です。幸運のお守りです。酒の相手であり、人の相手であり、未来への小さな頼みでもあります。
「あて」にしていなかった福が、ふっと入ってくる
だから私は、財布の中に「あて」を入れる石川の習慣があると聞いて、素敵だなと思ったのです。
お金が入るからではありません。
人生には、思いがけないところから、何かがこちらへやって来ることがあります。その小さな予感を、木の名に託しているところがいいのです。
「あて」にしていなかった福が、ふっと入ってくる。
そのとき、古い言葉はもう一度、私たちの暮らしの中で芽を出すのです。
プロフィール
山口謠司(やまぐち・ようじ)
現在、平成国際大学情報デザイン学部教授。大東文化大学名誉教授。宝塚医療大学観光学部客員教授。中国山東大学客員教授。博士(中国学)。
大東文化大学大学院、フランス国立高等研究院大学院に学ぶ。ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員を経て現職。専門は、書誌学、音韻学、文献学。
1989年よりイギリス、ケンブリッジ大学東洋学部を本部に置いて行なった『欧州所在日本古典籍総目録』編纂の調査のために渡英。以後、10年に及んで、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、ベルギー、イタリア、フランスの各国図書館に所蔵される日本の古典籍の調査を行なう。
またその間、フランス国立社会科学高等研究院大学院博士課程に在学し、中国唐代漢字音韻の研究を行ない、敦煌出土の文献をパリ国立国会図書館で調査する。
文部科学省科学研究費助成を受け、第一次世界大戦後に行われた昭和天皇(当時は皇太子)によるベルギー王国、ルヴァン大学に寄贈された日本古典籍についての研究なども行なっている。
広い視点から、わかりやすく話をするスタイルで、テレビやラジオの出演も多く、NHK文化センター、朝日カルチャーセンター、中日文化センターなどでも定期的に講演や講座を開いている。
ベストセラー『日本語の奇跡』『ん』『日本語通』(新潮社)、『てんてん』(KADOKAWA)、『日本語にとってカタカナとは何か』(河出書房新社)、『日本語を作った男』(集英社)『光と闇と色のことば辞典』など著書多数。
