【恋の参謀あらわる!】#6「バズと炎上」|恋愛小説|連載小説|ライトノベル|ラノベ


翌朝、真琴はヨガマットの上で膝を抱えていた。
窓の外は薄曇りだった。
昨夜、ノートに書いた言葉が頭に残っている。
今日の身体を責める前に、五分だけ動かす。
真琴は小さく口にした。
「今日の身体を責める前に」
誰かに届けるための言葉なのに、最初に受け取っているのは、いつも自分だった。
スマホを三脚に立てる。
今日の入口は、一つ。
朝が重い人。
肩でも、腰でも、寝る前でもない。
全部助けようとしない。
蓮の言葉は、相変わらず腹立たしく残っていた。
でも、残っているということは、たぶん効いている。
真琴は撮影ボタンを押した。

「朝、身体が重い日に。今日の身体を責める前に、五分だけ、一緒に動かしてみませんか」
昨日より、声は少しだけ自然に出た。
それでも硬い。
でも、最後まで撮れた。
撮り直しは、一度だけにした。
完璧を求めたら、きっと今日も投稿できなくなる。
真琴は投稿文を打った。
今日の身体を責める前に、五分だけ動かす。
若く見えるためではなく、痩せるためでもなく、
今の自分の身体を、少しだけ嫌いにならないために。
朝が重い人へ。
今日は、肩と背中をゆっくり起こす五分ヨガです。
ユウに見てもらおうかと思った。
でも、今日はやめた。
整えてもらう前の、自分の言葉で一度出してみたかった。
真琴は息を吐き、投稿した。
昨日より少しまし。
美月のようには見えない。
それでも、消さなかった。
スタジオに着くと、受付横のモニターに予約状況が映っていた。
美月 十九時 満席
美月 二十時半 キャンセル待ち
橘真琴 十一時 予約六名
橘真琴 十四時 予約四名
六名。
昨日より、また一人増えている。
数字は、やっぱり親切ではない。
でも今日は、少しだけ背中を押してくれるように見えた。
「増えてますね」
後ろから美月の声がした。
「少しだけです」
「少しだけって、大きいですよ」
美月は真琴のスマホを見て、小さく笑った。
「今日の動画、伸びてますね」
真琴は慌てて画面を開いた。
いいねは百を超えていた。
「これ、私のことだと思いました」
「朝、身体が重くて自分を責めていたので、保存しました」
「若く見えるためじゃない、という言葉に救われました」
届いている。
嬉しい。
でも、怖い。
「通知、見すぎない方がいいですよ」
美月が言った。
「嬉しいのも、怖いのも、全部そこに持っていかれるので」
笑っていたが、その顔は少し疲れていた。
「慣れてるふりは、うまくなりましたけど」
数日前、モニターの前で聞いた言葉と同じだった。
「美月さんも、怖いですか」
美月は少しだけ目を丸くした。
「怖くない人、いるんですかね」
午前のレッスンには、六人が来た。
そのうち二人は、動画を見て初めて来た人だった。
レッスン中、真琴はいつもより慎重に声を置いた。
「今日の身体を責める前に、まず一度、息を吐いてみましょう」
六人の肩が、少しだけ下がる。

数字の向こうにいるのは、人だった。
当たり前のことなのに、今まで分かっていなかった気がした。
レッスン後、一人の女性が頭を下げた。
「動画の言葉、そのまま言ってくださって、少し安心しました」
「そのまま?」
「はい。今日の身体を責める前に、って。今朝、鏡を見て落ち込んでいたので」
「来てくださって、ありがとうございます」
それしか言えなかった。
けれど、その言葉だけは、自分の身体を通って出た気がした。
昼休み、真琴は更衣室でスマホを開いた。
いいねは、さらに増えていた。
嬉しい。怖い。
その二つが、また同時に来る。
その時、一つのコメントで指が止まった。
「結局、40代女性の不安を煽って集客してるだけでは?」
次のコメント。
「若く見えるためじゃないって言いながら、年齢を前面に出してるのは矛盾してませんか」
さらに、その下。
「優しい言葉に見えて、結局コンプレックス商売だと思う」
胸が、ひゅっと縮んだ。
「不安商法っぽい」
「40代を売りにするの、なんか痛い」
痛い。
その言葉だけが、妙にはっきり見えた。
真琴はスマホを伏せた。
心臓が速い。
手が冷たい。
さっき、生徒に深く吐いてくださいと言ったばかりなのに、自分の呼吸は浅くなっていた。
見すぎた。
そう思うのに、もう一度見てしまう。
優しいコメントもある。
救われました。
保存しました。
ありがとうございます。
でも、批判だけが大きく膨らんで見えた。
真琴は投稿画面を開いた。
削除。
消してしまえば、これ以上言われなくて済む。
指が、文字の近くで止まった。
その時、スマホが震えた。
蓮からだった。
「消すな」
真琴は息を呑んだ。
また、この人は嫌なところだけを見ている。
「消そうとしてません」
送ってから、嘘だと思った。
「嘘が下手だな」
「批判されています」
「見た」
「不安を煽ってるって」
「だろうな」
真琴は腹が立った。
「だろうなって、ひどくないですか」
「ひどくない。そこは考えるべきところだ」
「私が悪いんですか」
返事は少し遅れた。
「悪いかどうかで逃げるな」
真琴は画面を見つめた。
「言葉は届いたら、勝手に誰かのものになる。あんたの意図通りには受け取られない」
胸が沈む。
「だから考えろ」
「何をですか」
「何を売りたいんだ」
さらに、短い言葉が届く。
「若返りか。承認か。それとも、呼吸か」
真琴は返事を打てなかった。
若く見られたい気持ちは、あった。
必要とされたい気持ちも、予約やいいねが増えれば嬉しい気持ちもあった。
でも、それだけを届けたいわけではない。
真琴はノートを開いた。
若返り。
承認。
呼吸。
その下に、小さく書く。
私は、呼吸を届けたい。

少し大げさだった。
でも、嘘ではなかった。
誰に届けたいのかを考える。
答えを急ぐ前に、問いの向きを変える。
前にも蓮にそうさせられた。
でも今日は、ほんの少しだけ、自分の足でそこまで来られた気がした。
真琴はユウを開いた。
批判コメントが来ました。不安を煽っている、コンプレックス商売だと言われました。どう返せばいいですか。
返事はすぐに来た。
批判的なコメントが来ると、つらいですよね。感情的に反応せず、次のように返信するとよいかもしれません。
「ご意見ありがとうございます。不快に感じさせてしまったのであれば申し訳ありません。私の意図は、不安を煽ることではなく、日々の身体にやさしく向き合うきっかけを届けることです。貴重なご意見として受け止めます。」
正しい。
角が立たない。
誰も責めない。
でも、これだけでは、自分の言葉がまた薄くなる。
ユウは安全な道を示してくれる。
けれど、安全な言葉だけで、自分の入口を守れるのだろうか。
真琴は画面を閉じ、ノートを見る。
私は、呼吸を届けたい。
批判への返信ではなく、新しい投稿として書くことにした。
私が届けたいのは、若く見えるためのヨガではありません。
手が止まる。
言い訳に見えるだろうか。
また叩かれるだろうか。
消したい。
でも、消さない。
年齢を不安として煽りたいわけでもありません。
ただ、朝、鏡を見て少し落ち込んだ日や、身体が重くて自分を責めてしまう日に、責める前に一度だけ息を吐ける場所を作りたいと思っています。
若さに戻るためではなく、今の身体を嫌いにならないために。
私が届けたいのは、そういう呼吸です。
怖かった。
でも、これはユウの文章でも、蓮の言葉でもない。
今の自分の身体を通った言葉だった。
真琴は投稿した。
すぐに蓮へ報告しようとして、やめた。
誰かに確認してもらってから、価値が決まるものではない。
午後のレッスンまで、真琴はスマホを見なかった。
見なかったというより、見られなかった。
気になって何度も手が伸びたが、そのたびに白いカップの湯気を思い出し、三回だけ長く息を吐いた。
午後のレッスンは四人だった。
真琴は、最初の挨拶で言った。
「今日は、身体を変えるためではなく、責める手を少し休めるために動いていきましょう」
生徒たちが目を閉じる。
真琴も足裏に意識を向けた。
ここにいる。
画面の中でも、コメント欄の中でもなく、今ここにいる。
レッスン後、通知を開く。
批判は残っていた。
「きれいごと」
「結局、集客でしょ」
「言い訳っぽい」
胸は痛んだ。
でも、その間に別の言葉もあった。
「この投稿、消さないでほしいです」
「責める前に息を吐く、やってみます」
「私は少し楽になりました」
そして、紗季からコメントが来ていた。
「先生の言葉を読んで、今日は責める前に息を吐けました。少し、あの頃の呼吸を思い出しました」
あの頃の呼吸。
批判が消えるわけではない。
傷ついたことが、なかったことになるわけでもない。
でも、ひとつの痛みの隣に、ひとつの呼吸があった。

その時、蓮からメッセージが届いた。
「今のは、あんたの言葉だった」
たった一文。
褒め言葉らしい褒め言葉ではない。
それでも、胸の奥に静かに落ちた。
真琴は返信した。
「少しは褒めてますか」
「少しはな」
思わず笑った。
本当に、少ししかくれない。
でも、その少しが、今日は十分だった。
夜、真琴はノートを開いた。
批判で刺さった言葉を書く。
不安を煽っている。
コンプレックス商売。
痛い。
その下に、別の言葉も書いた。
消さないでほしい。
少し楽になりました。
あの頃の呼吸を思い出しました。
どちらも、今日届いた言葉だった。
都合のいい方だけを残すことはできない。
痛い方だけに飲まれることも、したくない。
真琴はページの端に書いた。
言葉は、届いたあと、私のものではなくなる。
それでも、届ける前に逃げない。
ユウを開く。
今日、批判コメントが来ました。でも、自分の言葉で投稿し直しました。
返事はすぐに来た。
批判の中で自分の言葉を出すのは、とても勇気のいることです。すべての人に理解される必要はありません。大切にしたいものを見失わずに言葉にできたことは、大きな前進だと思います。
その優しさは、今日も同じ温度だった。
でも今日は、その同じ温度に、全部を預けなくても大丈夫だった。
ありがとう。今日は、少しだけ自分の言葉で立てた気がします。
送信して、スマホを置く。
棚には、白いカップと紺色のカップが並んでいる。
真琴は白いカップを取り、お湯を注いだ。
紺色のカップには、まだ触れない。
でも今日は、それを見ても胸が大きく崩れることはなかった。
亮介からの連絡は、今日もない。
批判コメントは消えない。
予約も、まだ十分ではない。
三十日後の公開レッスンまで、時間は減っている。
それでも真琴は、今日、自分の言葉を一つ消さなかった。
それだけで、少しだけ身体の奥があたたかかった。
⸻
今日の運を動かす一手
傷ついた言葉を消す前に、「本当は誰に届けたいのか」を書き直す。

カケルンスタエフ是非聴いてくださ~い☝️





あかねちんと山奥AIさんが立ち上げた「WONDER LABO」は、動物たちの命を守る活動を応援するプロジェクトです🌈✨
小さな優しさを集め、動物愛護団体への支援や、命を大切にする想いを広げていく取り組み。
カケルンは、WONDER LABOを応援しています。






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