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垂仁天皇御子と小槻氏「小槻神社」1300年の歴史を誇る式内社【滋賀シリーズ/湖南シリーズ】

滋賀県草津市青地町に鎮座する小槻神社。『延喜式神名帳』に名を連ねる式内社で、その歴史は古代豪族・小槻山君まで遡ります。第11代垂仁天皇の皇子・於知別命を祖神として祀ったことが始まりとされ、古くから栗太の地を守る産土神として信仰されてきました。貞観2年(860年)には「正一位小槻大明神」の宣旨を賜り、天徳4年(960年)には志津池のほとりへ遷座して「池宮」と称されるようになります。さらに中世には佐々木氏一族の信仰を集め、青地城主・青地頼定から御神輿が奉献されるなど、近江の歴史とも深く結びついています。今回は、1300年にわたる小槻神社の由緒と、境内に残る神々の姿を訪ねてみます。

小槻神社は滋賀県草津市青地町に御鎮座。延喜式神名帳に載るところの栗太郡八座の内にあり、第11代垂仁天皇の皇子 於知別命より出で栗太に連なる山脈を守った名族小槻山君の氏人が祖神を祀り産土神としたことを始めとします。旧記によれば貞観2年(860年)正一位小槻大明神の宣旨を賜うとあり、貞観5年(863年)八幡社、神明宮、布九王子社、八幡宮(馬場町、追分町)、小路井社(現小汐井神社)を勧請したとされています。天徳4年(960年)志津池(香ノ池)の傍らに遷座の時より池宮と称えられ、天正9年(1581年)宗源宣旨「正一位池ノ宮大明神」の号証が現存します。貞治3年(1364年)青地城主青地頼定が願主となり御神輿を奉献。

小槻神社 - 小槻神社

 さて、本NOTE公開後は「小槻大社と小槻神社の考察」に続けます。小槻神社は草津市青地町に鎮座する。

変更履歴
2026/08/22:初版


▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

  • 公式HP:小槻神社 - 小槻神社

  • アクセス:〒525-0041 滋賀県草津市青地町873

  • 祭神

    • 於知別命
       第11代垂仁天皇の皇子であり、小槻山君の祖先です。

    • アメノコヤネ

▼見どころ

→由緒

  • 創建年代は不詳。古代豪族・小槻山君が祖神・於知別命(オチワケノミコト)を祀ったのが起源と伝えられている。

  • 860年:朝廷より「正一位 小槻大明神」の宣旨が下る。

  • 863年:八幡社、神明宮、布九王子社、小路井社(現・小汐井神社)などを勧請する。

  • 927年:『延喜式神名帳』に「小槻神社」として記載され、式内社となる。

  • 959年:志津池のほとりに遷座し、「池の宮」と称されるようになる。

  • 1364年:青地城主・青地頼定が御神輿を奉納。中世には佐々木氏一族を中心に信仰が篤く、社殿の寄進が行われた。

  • 1581年:宗源宣旨により「正一位池ノ宮大明神」の号が与えられる。

  • 1881年:社殿の大規模な造営が行われ、現在の本殿・拝殿が整備される。

  • 1883年:郷社に列せられる。

  • 境内には古墳の石材を転用した石垣が残り、古代からの歴史を伝える。五穀豊穣・治山治水の神として信仰されている。

佐々木氏一族といえば次の神社ですね。(佐々木さん集合「沙沙貴神社」伊勢神宮との繋がり!素晴らしい社殿!男石×女石でご縁!またげ石!【近江八幡シリーズ】【滋賀湖東シリーズ】|やんまあ

→表参道から

→境内から拝殿へ

→本殿へ

「木造男神坐像」について箇条書きでどうぞ。

  • 滋賀県草津市・小槻神社に伝わる、平安時代後期の貴重な神像。

  • 通常は本殿に奉安されており、一般には非公開の秘仏的存在。

  • 草津市指定有形文化財(美術工芸品)に指定されている(平成29年指定)。

  • 平安時代後期(11世紀頃)の作と考えられている。

  • 小槻神社の祭神「於知別命」などを象徴する存在とも。

  • 地元豪族・小槻氏と関わりが深く、地域信仰の中心的存在だった可能性も。

  •  彫刻の特徴・造形美

    • 材質は木造、一木造と推定される。

    • 頭には幞頭冠(ふとうかん)をいただき、神職や貴人の格式を表現。

    • 表情は閉口・瞋目(しんもく)で、静かな神威をたたえる姿。

    • 袍(ほう)を身にまとい、手には笏(しゃく)を持つ儀式的ポーズ。

    • 両膝を開き、安定した姿勢での坐像スタイル。

    • 袖が控えめな古様を残し、平安後期の彫刻スタイルをよく伝える。

  • 修理と文化財指定

    • 経年劣化が著しく、保存の危機に直面。

    • 地元氏子や神社関係者の尽力により、修理専門機関「楽浪文化財修理所」で保存修復。

    • 修理後、草津市によって文化財指定がなされる。

    • 特別公開が行われることもあり、地域と文化財保護の良い連携事例に。

 裏参りをしましょう!本殿裏が一番神様に近いところが多い。

→本殿左「熊野社/恵比須社」

  • 熊野社

    • 御祭神:イザナギ

    • 御利益:国家安泰、子孫繁栄、五穀豊穣

  • 恵比須社

    • 御祭神:事代主命(コトシロヌシノミコト)

    • 御利益:商売繁盛、金運

→本殿右「日吉社/貴布祢社」

  • 日吉社

    • 御祭神:大山咋神(オオヤマクイノカミ)

    • 御利益 大津市坂本に御鎮座の山王総本宮

  • 貴布祢社

    • 御祭神:高龗神(タカオカミノカミ)

    • 御利益:水の神 

→龍王社

 境内左側ですね。

  • 御祭神:豊玉彦神(トヨタマヒコノカミ)

  • 小槻神社は「池宮(いけのみや)さん」と呼ばれます

豊玉彦神(トヨタマヒコノカミ)
 豊玉彦神は、古事記や日本書紀において、海の神としての役割が強調されており、特に海上の安全や漁業の守護神として信仰されています。また、彼の娘である豊玉姫命は、天孫降臨の際に天照大神の命を受けて、彦火々出見命(ヒコホホデミノミコト)と結婚し、後の神武天皇(カムヤマトイワレヒコノミコト)を生むなど、皇室の祖先神としても重要な位置を占めています。
 豊玉彦神を祀る神社としては、鹿児島県南九州市知覧町にある「豊玉姫神社」があります。この神社では、豊玉彦神が海の神としての役割を持つことから、海上の安全や漁業の守護を祈願する参拝者が多く訪れます。
 また、豊玉彦神の伝承は、海上の安全や漁業の守護といった側面だけでなく、神話における家族関係や皇室との繋がりを通じて、日本の歴史や文化に深く根ざした神であることがわかります。
 このように、豊玉彦神は単なる海の神にとどまらず、日本の神話や歴史、文化において重要な役割を果たしている神であると言えるでしょう。

→稲荷社

→八幡社/野上社

  • 八幡社

    • 御祭神:品陀和気命(ホムダワケノミコト。応神天皇)

  • 野上社

    • 御祭神:草野比売神(カヤノヒメノカミ)

 草野比売神の正式名称は「鹿屋野比売神(カヤノヒメノカミ)」、また「草野姫(クサノノヒメ/クサノオヤカヤノヒメ)」、別名に「野椎神(ノヅチノカミ)」などがある。『古事記』の神生みの段で、イザナギとイザナミの間に生まれた神々のひと柱として登場。風・木・山の神の後に「野の神」として生まれています。

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

京都&滋賀の美術館/博物館/神社めぐり[京都下京中京/滋賀湖南⑩]|やんまあ@旅行記



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