『ひがいけポンド制作日誌』vol.3〜「Pond Virus」は広がって〜
「始める」から「繋げる」へ
2022年上半期、ひがいけポンドは「始める」がキーワードでした。
2月のリニューアルを経て、ポップアップ出店者が急増。メンバーシップ会員の活躍もあり、ひがいけポンドは何かを始める人たちを引き寄せる場所へと変貌を遂げていきました。
上半期においては「人が何かを始めるには、どのような仕組みや仕掛けがあれば良いか?」という問いが最大のテーマであり、その過程でミドルウェアとしてのCleanup&Coffee Clubが生まれたり、スナックという地域のアジールに人が集うようになるなど、ポンドコミュニティが少しずつ可視化されていきました。
その後の発展を考えると、上半期の試行錯誤は今のところ奏効しているというのが、個人的な見解です。
では、下半期はどうだったか。
少々ベタすぎるフレーズですが、「繋げる」がキーワードだったように思います。関係者同士のリレーションを生み出すために新たな仕組みを作ったこともそうですし、たとえば共同出店の増加など、僕らの与り知らないところでポンドと接点を持ち、自律的に関係が広がっていく現象が見られました。
詳細は後述しますが、繋がりの増加によるコミュニティの多層化が、下半期最大の成果といえます。
1年の節目に、これまでの出店企画をまとめたレーベルリストを公開いたしますので、ぜひご覧ください。
この1年でたくさんの活動がこの場で花開いていきました。その数およそ90レーベル!本稿執筆時点でまだ未反映のレーベルもあるので、もしかすると年内に100レーベルを超えるかもしれません。
実は今年の年初時点では、1年でレーベルを50立ち上げる(≒50組の方に出店してもらう)ことを目標にしていました。50の根拠は全くなく、あくまで感覚的な数値です。1月時点では当然いまの状況は想定できていないわけで、「チャーチル」(僕の日本茶カフェレーベル)のように自分たちでレーベルを立ち上げて水増ししなければ目標は達成できないのでは?とも考えていました。結果的に、その考えは杞憂に終わることになります。
当初は半ば絵空事のように思えた「まちのインディーズ・レーベル」というコンセプトも、いまは確かな手応えを感じています。このコンセプトは、9月のパーパスモデルイベントを経て、「インディーズな市民活動をまちに開き、都市での暮らしを豊かにする」という、各ステークホルダーを束ねる共通目標へと進化を遂げました。
感覚と振る舞いの伝染

この半年、第三者の口から「ポンドっぽい」というフレーズを聞く場面が増えました。"この企画はポンドっぽい"という風に、関係者の中でひがいけポンドの「らしさ」が語られ、特に言葉で伝えなくても感覚的に僕が思うポンドらしさを感受し、体現する人たちが現れ始めた。
一番感動したのは、10月のひがいけ映画祭での一コマ。教えたわけでもないのに、映画祭部の誰もが"ポンドらしい"フレンドリーな応対をし、ポンドの仕組みや取り組みを嬉々とした表情で語っているのを見て、
あ、ちゃんと伝染してる。
と、胸の底が熱くなりました。さながら、ポンドウイルスとでもいうべき、幸福なウイルスがそこにあるかのようでした。
運営パートナーであり、妻でもある伊藤彩良の妊娠・出産も重なり、秋以降は実質ワンオペ状態で施設を切り盛りしていました。伊藤も出産直前までリモートで対応してくれていましたが、それでも限界はある。正直、キツかった。その状況を救ってくれたのが、ポンドウイルスに見事感染してくれた若者たちでした。精力的に手を動かしてくれた人、アイディアをくれた人、周りで見守ってくれた人。それぞれの関わり方で、僕らを支えてくれました。

ある集団や地域に特有の思考と行動の様式を「文化」と呼ぶのならば、もしかすると僕らは、ポンドウイルスを触媒に新たな文化を作りつつあるのかもしれません。そう考えると、1周年の記念に開催した「文化祭」も、また違った意味を持ちそうです。
いったいポンドウイルスはどのように感染を拡大させていったのか。その軌跡をこれから辿りたいと思います。
上半期のnoteと同様、本稿は大きく以下のトピックで構成されています。
①2022年下半期の振り返り
②データで見るひがいけポンド
③下半期の気づきと学び
①は時系列順の振り返りです。Instagramの写真と共に、この下半期をダイジェストで振り返っていきます。②はポップアップ出店者のデータ、およびInstagramのインサイトを掲載いたします。非常に簡易的なデータですので、あくまで大きな傾向を把握するための素材としてご覧ください。③は下半期の運営を通して感じたこと、考えたことをトピックごとにまとめています。
本編に入る前に、一つだけ大切なアナウンスを。前回のnoteをそのまま引用します。
場の本当の魅力は、こういった記事の形で掬い取れない日常の断片にあるということです。特に制作日誌を読むと、多様な活動に溢れた華々しい場所に感じられると思います。でも、本当に胸が熱くなるような瞬間は、いつも日常の凪の時間に姿を現します。何気ない会話や、思いがけない出会い。そういった断片的なものの積み重ねこそが、いまのひがいけポンドを支えていることを、最初にお伝えしておきます。
ひがいけポンド制作日誌 2022年下半期
<7月>
ゴミ拾いとコーヒーブレイクを通じて、地域の若者の紐帯づくりを目指すCleanup&Coffee Club(以後、CCC)。この時期、CCCのCを巧みに入れ替えたお楽しみ企画をいくつか考えていました。まず最初に実施したのがCardgame&Curry Clubです。カードゲームを楽しみながら、みんなでカレーを食べる。これまたシンプルな集いですが、予想以上の盛況ぶりに驚きました。
現代の縁日をイメージした企画、エンニチバーは下半期最大のヒットコンテンツです。メンバーシップ会員でもあり、ポンドの運営やイベントにも協力してくれている、現代アーティストの折田千秋さんが企画してくれました。正月のお餅イベントもそうでしたが、季節行事は本当に強い。地域で求められているんだなぁと実感しました。
ポンドの出店者コミュニティ「ポップアップラボ」がスタートしたのもこの時期でした。開始時の反応はそこまで芳しくなかったものの、その後じわじわと参加者が増え、現在ではおよそ80名近くの方がSlackのチャンネルに参加してくれています。
月末には古本市を開催。関わりの深い方から、初めての方までさまざまな方が自身の本を持ち寄ってくれました。イベント後に開催した「空間文学BAR」が、実質的に関係者の打ち上げ的な役割を果たし、一日を通して関係者の関わりがさらに深まった印象があります。のちにこの空間文学BARは、「酔いどれ荘」としてポンドに新たな風を吹き込むことになります。
古本市の後、余った古本を原資にブックポストの仕組みをスタートさせました。ポストの中にある古本と、自分が持ってきた本を交換できる仕組みです。設置から数ヶ月経ちますが、かなりの頻度で本が入れ替わっています。ぜひポンドにお越しの際は中を覗いてみてください。
そして、ようやく「としま会議」の会場としてひがいけポンドが利用される日が訪れました。このイベントをきっかけに初めてポンドに足を運んだ方も多く、豊島区界隈のプレイヤーと新たな接点をつくることができました。
メンバーシップ会員の出店では、偶然にも整体とヨガというケア系の出店が相次ぎました。
神妙な面持ちでシンギングボウルを鳴らすこちらの女性。彼女もまた、ひがいけポンドに新たなうねりを巻き起こすことになります。
<8月>
僕と伊藤で自主制作しているZINE「それいけ!ひがいけ」(通称・それひが)の2号目が、8月に入ってようやく完成しました。2号目には、この2年間で見つけたお気に入りの場所や、信頼する人たちにオススメしてもらった場所を詰め込んだ「ひがいけMAP」を掲載。保存版の名に違わぬクオリティの冊子を制作できたと思います。リリース後まもなく、MUJI COM東池袋でも配布を開始。有難いことに設置後すぐに無くなってしまい、何度も補充にしに行く事態が発生しました。地方のZINEファンや雑貨店などからも取り寄せの依頼が届き、大変驚きました。
初めて軒先でライブペイントを実施したのもこの時期でした。2月の写真展をきっかけにポンドに出入りするようになった、アーティストの椎葉さん。炎天下の最中、黙々と筆を走らせる姿は本当に格好良かった。
8月ごろから、メンバーシップのニューメンバーの活動が活性化していきます。7月に空間文学BARを企画してくれたひろみちゃんは、持ち前の愛嬌とフットワークの軽さで、現在でもさまざまな出店企画を立ち上げてくれています。TOKYO CHIL MIXもその一つです。アロマキャンドルのchocottoが主催する東池袋SUNDAY MARKETのように、上半期から共同出店スタイルが増えていましたが、ひろみちゃんがイベントプロデューサーのような立ち位置で、この流れをさらに加速させることになります。
古参のメンバーシップ会員である佐野さんが初めて出店してくれたのも8月でした。「つながないDJナイト」は、数年前に別の場所で佐野さんが立ち上げた音楽イベント。メンバーシップの出店権を利用し、ひがいけポンドで再スタートを切りました。この企画のポイントは、佐野さんの奥さんとお子さんも会場スタッフとして参加していることです。ご近所の家族が、ある意味家族イベントとしてポンドを利用してくれているのが新鮮でした。
<9月>
「まちなかリビングのある日常」をコンセプトに、グリーン大通りでのマルシェイベントなどを展開するIKEBUKURO LIVING LOOP。以前から主催メンバーとは懇意にさせてもらっていましたが、彼らが発行するZINEの座談会に呼んでいただきました。今まで接点のなかった近隣プレイヤーと関係をつくりながら、ポンドの取り組みを広く発信する機会をもらえたのは非常に有り難かった。
「映画を通して、まちを観る」をコンセプトに掲げるひがいけ映画祭。第二回開催のキックオフミーティングを9月から始めていました。6月の初回開催を経て、映画祭部員たちの息もピッタリ合ってきています。ポンドに数多あるコミュニティの中でも、映画祭部は一番平均年齢が若く、関係が密なのが特徴です。
共創プロジェクトの設計図として注目を浴びている「パーパスモデル」を使ったイベントを実施したのもこの頃です。これまでの歩みをモデル化できたことは、内外にポンドの価値を発信する上で非常に有意義でした。このイベントを経て、プロジェクトオーナーであるURとの一体感も増していきました。
第二回メンバーシップ交流会。この集いをきっかけに、メンバーシップ同士のコラボレーションも生まれていきました。また、メンバーシップの出店権を利用し、単発出店者を巻き込んで共同出店をしていく流れもこの頃から始まっています。
初出店者向けの合同市「ひがいけインディーマーケット」が復活。9月のインディーマーケットの出店者は、その後も単独出店をしてくれたり、ポップアップラボで共同出店を呼びかけてくれたりと、今でも精力的にポンドで活動してくれています。
韓国好き女子たちの「渡韓ごっこ」は鮮烈でした。今までのポンドにはいなかったタイプの若年女性が集まり、さらにポンドの裾野が広がったような印象があります。
メンバーシップ会員・ひろみちゃんの「酔いどれ荘」、同じくメンバーシップ会員の菊野さんによる「ZIKKA」。友人・知人の多い二人の出店は、当初からそれぞれが小さなコミュニティを抱えていました。それがある意味でひがいけポンドにとってのサブコミュニティのような役割を果たし、ポンドの関係人口を増やす一助を担っています。
一方、先述のシンギングボウルの女性・mikiさんは、自身のレーベル「ご自愛空間 豆と空」の枠を飛び出し、ポンドやそれ以外の場で出会った人たちと積極的なコラボレーションを行なっています。
総じて、9月ごろからメンバーシップ会員が自らの出店権を上手に活用しつつ、新しい接点を生み出す役割を担い始めました。
<10月>
10月も引き続きマーケットや展示の形態で共同出店の流れが続きます。
夜の出店が増えてきたのもこの頃です。ひがいけポンドの利用時間は原則9:00-20:00までですが、追加料金を支払うことで22:00まで延長することができます。これまで特にそのアナウンスをしていなかったのですが、僕のスナックが22:00まで営業していることに気づいた出店者たちからの問い合わせが増えていきました。
メンバーシップ会員の美穂ちゃんとそのパートナーの碧人くんによるコーヒーユニット「ブリューヒューマンコーヒー」も、スタート当初は主に日中に出店していましたが、10月以降は夜帯の営業も積極的に行なっています。
もともと僕のスナックは、ポンドコミュニティの濃度を上げるために考案した施策でした。営業を重ねていく中で、スナックを入り口にしてポンドのコミュニティにどっぷり浸かり、良き友人関係を築く人々も現れ始めており、そういう意味では一定の役割を果たし終えたように思います。今後も続けていく予定ではありますが、少しずつ他出店者の夜営業にたすきを渡していくことになりそうです。
夜の盛況ぶりばかり書き連ねてしまいましたが、もちろん日中の出店やイベントの勢いも衰えていません。3月に実施したゲーム型ゴミ拾いイベント「マチゴミクエスト」の第二回目を10月頭に開催。日頃から懇意にしている近隣ママ出店者が同級生のママさんたちに広く呼びかけてくれたおかげで、初回よりも多くの子どもたちが参加してくれました。
5月に盛大なハワイアンイベントを開催してくれたジョジョニーフラシスターズが再び出店してくれました。彼女たちの出店は、フラダンス教室の発表会も兼ねているということもあり、ある意味で「ハレの日」の出店といえます。そんなふうに、頻度は多くないけれど。数ヶ月〜1年の節目の晴れ舞台としてポンドを使ってくれるケースも、これから増えてくると良いなと思いました。
知人のスーツアクター/殺陣講師の塚田さんを誘致し、ポンド初の運動系出店も実施しました。ヨガや整体といった身体をケアする出店はこれまで多くありましたが、意外としっかり身体を動かすアクティビティ系の出店は今までありませんでした。近隣にはお子さんも多いため、今後はお子さん向けのアクティビティ企画も増やしていきたいところです。
10月末には、第二回ひがいけ映画祭を開催。『「おかえり」のあるまち』をテーマに、松本穂香さん主演の「わたしは光をにぎっている」を上映しました。今回の映画祭で特徴的だったのは、来場者の大部分が初めてポンドを訪れる人だったことです。彼らのほとんどが、インスタ広告経由でした。イベントのビジュアルと作品のビジュアルがどちらも"エモい"テイストだったため、20代前半の若者の心に刺さったのかなと分析しています。
<11月>
ひがいけポンドが1周年を迎えた11月。1周年の記念の意味も込めて、ひがいけポンドのサポータークラブ「ポンドクラブ」をローンチしました。LINEオープンチャットに投げかけられるポンドからのお誘いに自由に参加。メンバーそれぞれのタイミングで、ひがいけポンドと緩く関われる仕組みとして始動しました。
平たくいえば、僕らの困りごとを助けてほしいがための、大変に他力本願な仕組みなわけです。にも関わらず、ローンチから一晩で40名超がオープンチャットに参加してくれるという驚きの事態に。中には「こういうのを待ってました!」という声まであり、このポンドクラブを通して、いかにひがいけポンドが1年で愛される場に成長しているかを実感できました。
ポンドクラブ初の出動は12月上旬。有志数名で、2Fワークスペースのフロアタイル貼りを行いました。現在もいくつかのお誘いが並行して走っており、それぞれクラブメンバーからの反応も良好です。現在は純粋なお手伝いのお願いをしていますが、今後は遊びの誘いなども織り交ぜながら交流を図っていく予定です。
1周年記念として開催した「ひがいけ文化祭2022」は、これまでのポンドの
関係性を結集させたフルメンバーで開催しました。改めて出店者同士が交流する機会を作ることができ、何よりどの出店者もちゃんと商品が売れていたようで、売上にもきちんと貢献することができました。洋菓子るぽに関しては、営業時間中にすべて売り切ることができたそうです。
<12月>
共同出店の流れが目立ってはいたものの、逆に共同出店で自信をつけた出店者が単独出店にトライする流れも生まれてきました。先述の洋菓子るぽがその好例です。洋菓子るぽに関しては、すでにひがいけポンドでの出店歴が複数回あったため、集客の面でも単独出店に踏み切りやすかったという事情もあるかもしれません。
ひがいけポンドのポップアップおよびメンバーシップの利用者には、確定前に必ず内覧をお願いしています。この内覧が実施的な審査の機会でもあり、これまでの出店者およびメンバーシップ会員は、もれなく僕と面談を行なっています。従来は申し込み者に対して個別に調整を行なっていましたが、すでに日程が決まっているオープンな日があっても良いのでは?と考え、試験的にオープンデーを実施しました。平日ということもあって人数は少なかったものの、新規で訪れる方もいるなど、一定の手応えを感じています。
ゴミ拾いとコーヒーブレイクを通して地域の紐帯を生み出す「Cleanup&Coffee Club」は、さらに活動の幅を広げていきます。生きづらさを感じる10代から20代の若い女性を支援するために区役所横断組織で生まれたプロジェクト「すずらんスマイルプロジェクト」が推進する「若者等がつくる若者の居場所応援事業」に採択され、11月から来年3月まで、豊島区の助成を受けながら開催することになりました。ひがいけポンドで生まれた活動が、ついに豊島区公認の活動になったわけです。場の運営者として、CCCの立ち上げメンバーとして、これほど嬉しいことはありません。こちらの事業では、通常のCCCの活動に加え、ポンドのでの出店支援も行う予定です。
新たな年を前に、ひがいけポンドはいま急ピッチでさまざまな変革を行なっています。そのうちの一つが、利用料の値上げです。ポップアップの各料金を一律2000円アップさせました。もともと同種の施設に比べても安価ですし、値上げ幅もそこまでではありませんが、料金の安さが利用のハードルを下げてきたことを考えると、なかなか勇気の要る決断でした。しかし、投稿のキャプションにもあるとおり、施設を続けていくことが関係者への最大の恩返しだと決意し、満を辞して値上げに踏み切りました。一方的にアナウンスするのは、それこそ"ポンドっぽくない"と考え、一個人としてしっかりその背景や苦悩を説明しています。
12月に入ってから、メンバーシップだけが利用できる2Fワークスペースの整備にも力を入れ始めました。床にタイルを貼ったり新たな家具や植物を入れたりと、居心地の良い空間を作るべく、さまざま手を加えています。メンバーシップ内のSlackでは「2F向上委員会」というタイトルでリニューアルの進捗を都度投稿しており、メンバーシップ会員からも毎回好意的なレスが届いています。

その他、設備面の大きな変化としては、1Fガレージにりんご棚の棚を設置しました。このりんご箱を使った月額制の棚貸し(無人販売)の仕組みを整えており、年明けには新たなポンドの目玉として実装できそうです。

データでみるひがいけポンド
2022年7〜12月のポップアップ出店者の申し込み状況、および公式Instagramのインサイトから、下半期の大きな傾向や気づき・兆しについて簡単にシェアしていきます。

下半期のポップアップ出店者の居住エリアの割合は上図のようになります。
上半期に比べて豊島区および隣接4区以外の23区居住者の割合が増加し、全体の約30%を占めました(東池袋を含む豊島区居住者は約25%)
運営上の体感としても、ご近所さんではない方の利用が上半期よりも多かったように思います。

申し込み経路については、「知人の紹介」が上半期よりもさらに増え、全体の半数近くを占めました。たしかに、口コミでどんどん関係性が広がっているのを日々感じています。Instagramも引き続き重要なチャネルになっています。

利用スペースについては上半期とほぼ変わりなく、出店のおよそ7割がキッチンでの調理を伴っています。前回とやや異なるのは、ガレージ利用でキッチンウンターのみを使う割合が増えているところです。「キッチン利用あり」とは、キッチンカウンター内部の備品を使用したり、調理を行ったりする利用のこと。それらを伴わず、純粋にキッチンエリアのみを使用する場合にはガレージのみの利用と同じ金額に設定しています。
恐らく共同出店が増えたことにより、調理は発生しないけれどスペースを広く使いたいというニーズが増加していることが要因と思われます。

Instagramについてですが、フォロワーの年代・性別については上半期から大きな変化は見られませんでした。引き続き、25〜34歳の女性がフォロワーのボリュームゾーンとなっています。

投稿の各種インサイトもご紹介します。赤枠で囲った写真が、広告を付けていないオーガニック投稿のトップ投稿です。1年を通して、おにぎりの山太郎の強さが目立ちました。いまや雑司ヶ谷で行列ができる人気店に成長した山太郎。ポンド出店経験者が自らの店舗を持って繁盛していく様子を間近で見られたのは、大変貴重な経験でした。
その他、10月末のポンドクラブの投稿も総じて良い反応を獲得できました。ポップアップラボは、リーチの割にいいね!に繋がらず、現に問い合わせも今のところ2〜3件程度に留まっています。一見面白そうに見えるものの、内容が伝わりにくかったのが原因かもしれません。8月に好評を博したエンニチバーも、告知投稿・レポート投稿ともに良い反応を得られました。
コミュニティの多層化

ここから最終パートに入っていきます。
冒頭で記したとおり、下半期はコミュニティの多層化が一つのキーワードだったように思います。現在のポンドコミュニティの広がりを簡単に図式化してみました。

当初は単発出店者とひがいけポンドの2者関係(=お金を払って場所を借りる)だけだったところが、2月スタートのCCCによって緩やかに関係者の裾野が広がっていきました。メンバーシップという密な関係性も醸成されつつ、単独出店者同士の繋がりを担保するポップアップラボの仕組みによって、ポンドコミュニティの地盤が固められていきます。11月に始めたポンドクラブはある意味でコミュニティの縁側のような役割を果たし、ポンドを陰ながら応援してくれる人たちに新たな関わり方を提示することになりました。
こう書くとそれぞれの層に所属する人が固定的に見えるかもしれませんが、実際の関わり方は流動的で立体的であり、各領域を横断する人が多数存在してます。ありがたいことに、すべてのコミュニティに所属している人もおり、彼ら"ポンドLOVER"の存在が施設の価値を下支えしてくれています。
これらコミュニティの多層化がもたらすものは、関わりの選択肢の増加です。いまのポンドには、単に出店をしたりお客さんとして訪れたりする以外の選択肢がたくさん存在しています。そしてこの関わりのグラデーションが、居心地の良さを生む大きな要因になっています。

多くの人が訪れる場において、「近づいても心地よい、離れても心地よい」ことは非常に重要です。一つの大きな卓を囲み、声の大きな人の話に耳を傾けなければならない飲み会は苦痛ですが、小テーブルを移動しながら気の合う人と話せたり、ちょっと奥まった場所で気になる人としっぽりできる飲み会はとても楽しい。そんなふうに、居心地というのは、自分の関わりたい人と関われる選択肢がどれだけ豊富にあるかにかかっています。
もう一つ、コミュニティの多層化の効用として、「この指止まれ」がしやすくなることが挙げられます。土が豊かならば、どんな種を植えても芽が出ることに似て、これだけ関係者の層が厚いと誰かしらが必ず反応をしてくれる。共同出店が増加していることがまさにそれを証明しています。コミュニティの多層化とは、すなわち土壌の豊潤化といえるかもしれません。とはいえ、土は生き物です。たえず肥料を入れて耕していかなければ、途端に荒廃してしまう。でも、以前より不安はありません。なぜなら、これまでは僕らだけが持っていた鍬や鋤を、いまは各コミュニティのメンバーも持っているからです。自分たちの土地を自分たちで耕せるような関係性を築けたことが、下半期最大の成果だったかもしれません。
ミドルウェアとしてのCCCの広がり

2月にひがいけポンドで産声をあげたCleanup&Coffee Clubは、この下半期、破竹の勢いで広がっていきました。夏に実施した派生イベントに加え、秋からは池袋の各地域拠点への暖簾分けが進みました。CCC参加者が登録しているLINEオープンチャットの人数は、いまや100人を超えています。千葉や埼玉といったエリアにも飛び火し、一大CCCブームが巻き起こっています。

ひがいけポンドというOSと、出店というアプリの中間で処理を行うミドルウェアとしてのCCCという構図が、他の地域でも立ち上がりつつあるのを感じます。先述した豊島区の助成事業への採択もあり、今後もさらなる発展が期待できそうです。
CCCには当初から学生や若手社会人が多く参加していましたが、いまはその傾向がさらに強くなっています。豊島区の助成事業では、CCC参加者の出店支援も行うことになっており、CCCを通して集った若者たちが、これからポンドでさまざまなアウトプットを行なっていく予定です。
CCCの概要については、主宰の高田将吾さんのnoteをご覧ください。
パーパスモデルによるナラティブの共有

パーパスモデルとは、パーパス(共通目標)を中心とした共創プロジェクトの設計図のこと。各ステークホルダーの目的・役割を整理し、どのように共創に関与しているのかが一見してわかるという優れモノです。9月のイベントでは、フェーズごとに4つのパーパスモデルを作成し、多層化したポンドコミュニティの様相を体系的に整理しました。ひがいけポンドのプロジェクトオーナーであるUR都市機構のメンバーも巻き込むことで、改めてプロジェクトの目線合わせを行うこともできました。
パーパスモデルは単体でも優れたツールですが、時系列で並べることにより、プロジェクトのナラティブ(物語)を極めて鮮明に可視化することができます。一見無味乾燥な図式も、時間軸が加わることで、パーパスという円形舞台で踊るアクターたちの欲望と志の物語に変わっていく。そして、ナラティブをあまねく共有することは、施設やコミュニティへの愛着を醸成する上で非常に重要です。
単にポンドの仕組みや取り組みを断片的に説明されても、感心はしても感動はしないかもしれません。なぜなら、それらは全て結果に過ぎないからです。例えるなら、初対面の人と話す場面で、相手の職業だけを尋ねるようなものです。現在就いている仕事というのは、これまでの結果でしかありません。今何をしているのかはなんとなくわかるけれど、それだけで心が動くことはあまりないと思います。ですが、その職業に就いた経緯や想いを知った途端、一気にその人が魅力的に見えてくることは多々あります。苦悩や葛藤、それらを乗り越えてたどり着いた境地、成功、それでも消えない苦悩…。物語があればこそ、人はそこに共感し、愛着を持つことができる。

ごくごく当たり前の話ではありますが、逆に言えばそれだけ本質的な話ともいえます。ひがいけポンドに話を戻すと、関係者の間で一定のナラティブが共有されることで、コミュニティの中心部の熱がさらに高まっていくことになります。そして、パーパスモデルという体系化されたツールは、その熱が伝播する範囲を格段に広げてくれる。
来年以降も、1年に一度の総まとめとして、パーパスモデルを使ったイベントを実施していきたいと思います。パーパスモデルの考案者である吉備友理恵さんの著書やnoteもぜひご覧ください。
URとのイベントづくりの変化

ひがいけポンドは、僕らの自主的な活動ではなく、UR都市機構(以降UR)をプロジェクトオーナーとする地域拠点プロジェクトです。このあたりの背景は、パーパスモデルイベントの記事をご一読ください。
URとの契約上、僕らは施設の運営に加えてUR主催のイベントを実施することになっています。たとえば下半期は、古本市・エンニチバー・映画祭・文化祭などがUR主催のイベントでした。
当初、UR主催イベントは主に地権者(≒年配者)を中心とする近隣住民と接点を持つことに主眼が置かれていました。なぜなら、エリアの再開発にあたり、地権者を含む近隣住民と良好な関係を築く必要があったからです。ここでいう近隣住民は、ほぼ年配者のことを指します。したがって、初期のイベント企画では、年配者を意識した企画になっているかが厳しく問われました。年配者と仲良くなりたいから年配者への"おもてなし"の策としてイベントを開催する。間違ってはいませんが、やや近視眼的な発想だと僕らは感じており、この捉え方の違いがURとの溝を生んでいました。
しかし、施設が急速に発展していったことや、地権者との面談が予想外にスムーズに進んだことも重なり、URの目線が少しずつ長期的なものに変化していきます。夏以降、「開発後も続く地域の関係性を作りたい」という意味合いの言葉が、しきりに彼らの口から語られるようになりました。

URの視座の変化に伴い、イベントの企画や現場でのUR職員の立ち位置も少しずつ変化が見られるようになりました。
当初はURと僕らの2者だけで企画立案・当日運営を行なっていたところを、6月の「ひがいけ映画祭」では、映画祭部というコミュニティをつくるところから始めました。URの抱える地域課題を出発点に、大学生を含む有志の映画祭部員が上映作品やそれに紐づく企画を考案。イベント当日も、映画祭部員が中心となってお客さんへの対応を行いました。映画祭部をきっかけにポンドの他のコミュニティにもどっぷり浸かってくれる人が現れ、URイベントが新たな関係性を育む契機になりました。

7月の古本市では、UR職員が一出店者として自身の古本を出品。8月のエンニチバーでは、UR職員が自らキッチンに入って飲食物を提供したり、軒先で抽選会を行うなど、開発者自身がイベントの機会を利用してカジュアルにまちに滲み出していく構図も生まれました。特にエンニチバーは、UR職員とポンドコミュニテイのコアメンバーが一堂に会し、今までにない一体感を感じられるイベントでした。

本当に自分たちがまちの人びとと交流したいのであれば、第三者に委託するのではなく開発者であるUR自身がまちに飛び出し、批判覚悟で住民たちと直接コミュニケーションを取るべきです。しかし、短期間で担当者が入れ替わってしまう組織構造を考えると、あまりコミュニケーションが属人的になっても、それはそれで業務に支障がある。だから、URという組織がまちの生態系の一部であることを、緩やかに受け入れてもらうことが大切なんだと思います。そういう意味で、この下半期に実施したイベントたちは、ポンドコミュニティの中にきちんとURを位置付け、彼らが生態系の一部であることを強く印象づける役割を果たしたといえるかもしれません。
10年前のアイツを想う

この下半期は、ポンド関係者の若年化が進みました。CCCや映画祭、酔いどれ荘などは、出入りしている人の大部分が20代です。特に23〜25歳くらいの学生〜若手社会人の世代が多い印象があります。僕は今年35歳になりましたが、ちょうど一回り〜10歳くらい歳の離れた彼らと接する中で、事あるごとに10年前の自分を思い出していました。
10年前の僕は、孤独の中にいました。そもそも大学に一人も友達がおらず、苦労して就職した会社も心を病んで1年たらずで退職。せっかくだから一花咲かせてやろう!と意気込んで役者の友人たちと小劇団を始めるも、演出や脚本もろくにできず、周りを振り回すだけで終わりました。バイトを転々とする生活でお金はほとんどなく、電気や水道を止められたことは一度や二度ではありません。懐に余裕がなくなったことで心にも余裕がなくなり、数少ない友人たちとも段々疎遠になっていきます。新しい友人をつくる機会も気力もない。経済資本もなければ社会関係資本もなく、25歳の僕は完全に人生のドン底にいました。
もしもあのとき、ひがいけポンドのような場所に出会っていたら。CCCのような活動に参加していたら。気の合う友達ができていたら。誰かに助けを求められていたら…。僕の人生は、今とは確実に違うものになっていたと思います。
ある意味で、僕はひがいけポンドを通して、10年前の自分が心の底から欲しかった場所を再現しているのかもしれません。だから、当時の自分と同じくらいの若者たちが楽しげに交わる様子を見ると、いつも胸が締め付けられるような気持ちになります。
君は独りじゃない、助けてくれる人が必ず周りにいるよ。人生を楽しもう、きっと結果は後からついてくる。10年前のアイツがかけて欲しかった言葉が、誰からともなく聞こえてくるような温かな場を、これからも育てていきたいと思います。
