教育とは、人の火種を育てること
昨日、塾のスタッフと
ある生徒について話していました。
やらなければいけないことは分かっている。
でも、気持ちが向かない。
面倒くさい。
やりたくない。
逃げたい。
変化を起こせない日々が続き、
私たち大人も試行錯誤しています。
そんな中で、
私がスタッフへ共有したことがあります。
「たった1ページでもいいから、
自分の意思で向き合う経験を育てたい」
「嫌だなぁ。
やりたくないなぁ。
でも、これなら出来そう。
やってみるか。」
そんな小さな一歩を、
自分で選べる心を育てたい。
そして最終的には、
“面倒くさいけど、
やるしかない”
と、
自分で自分を奮い立たせられる力へ。
そんな話をしていました。
するとスタッフから、
「別の課題を一旦やらせてみるのはどうか」
「違う景色を見せてから戻ってくるのはどうか」
そんな提案が出たのです。
ずっと同じ暗い場所に居続けると、
人の心も視野も固まってしまう。
でも、
“できた”
“楽しかった”
“認められた”
そんな体験が入ることで、
少しずつ感覚がひらくことがある。
私たちは、
この感覚をとても大切にしています。
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教育というと、
正しさ
方法論
課題
評価
管理
そんな話になりやすい。
もちろん、
それらも必要です。
でも、
人は「正しさ」だけでは動けない。
安心した時。
認められた時。
可能性を感じられた時。
許された時。
はじめて、
内側からエネルギーが動き始める。
だから私は、
生徒を目の前にした時、
「この子は、
本当は何を望んでいるのか」
を見ようと努めています。
認められたい。
挑戦したい。
褒められたい。
役に立ちたい。
自分を発揮したい。
そういう“欲”の中にこそ、
その人の生命力があると思っているからです。
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主体性とは、
ただ自分で決めることではなく、
“自分の本音と繋がっている状態”
だと、
私は思っています。
だから、
人を無理やり動かそうとはしません。
その子の中にある、
小さな火種を探しているのです。
「これならやってみたい」
「こんな自分になりたい」
「この人みたいになりたい」
「これ欲しい」
そんな感覚が生まれた時、
人は自然と動き始めます。
だから私は、
その子が
“未来を感じられる瞬間”
を大切にしています。
例えば、
ビジョンを見せること。
ロールモデルに出会うきっかけを作ること。
「こんな自分になりたい」
「こんな生き方もあるんだ」
そんな感覚に触れた時、
人の中にある火種が育つ。
人は、
イメージできない未来に、
エネルギーを注ぎ続けることは難しいから。
でも、
「あ、こうなりたいかも」
が見えた瞬間、
“やらなきゃ”
だったものが、
“近づきたい”
“叶えたい”
へ変わっていく。
そこから、
主体性が育ちはじめるのだと思います。
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教育とは、
人が自分を発揮できる場所
だと私は思っています。
共感される喜び。
受け入れられる喜び。
理解される喜び。
必要とされる喜び。
発揮できる喜び。
助けられる喜び。
そういうものは、
人との関わりの中でしか育たない。
学校へ行く価値とは、
単なる知識習得だけではなく、
“人と生きる喜び”
を体験できることなのではないでしょうか。
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どんな人にも、
光がある。
才能がある。
温かい心がある。
優しさがある。
強さがある。
それを信じているからこそ、
その人自身の光が、
自然と外側へひらいていくこと。
それが、
教育なのだと思っています。
そして私は、
そのためには、
大人自身が体現していることが何より大切だと思っています。
自分を使い切ること。
本音を生きること。
豊かに生きること。
子どもたちは、
言葉以上に、
大人の“在り方”を見ているから。
だからこそ私自身もまた、
自分の人生を丁寧に生きていきたいと思っています。
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