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日記|まばたきと点描_2025年4月

東京と青森を行き来する日々で感じた悦び、医療現場からはまだ遠い国浪生の焦燥感、さまざまな日常をお届けします。


04/01
8時半、まだ他人の目が気になって視線が泳ぐも、ほぼ無感情に路線を乗り継げた。雨、気温は6℃を下回り、寒空の水道橋にはビル風で翻転した傘が何度も見られた。ぼくも傘をただ垂直方向以外に差すよう、角度を変えてこまねいて例外なく、翻転。弘前や深浦にこんな風はなかった。外を歩きながらどうすれば壊れずに差し続けられるのか考えるのは、新鮮に思えた。雪道を歩きながら滑らないようメモリーを使っていた頃のように、頭が回転。予備校に着いたら、オリエンテーションを受けた。4,50人くらいの既卒生に囲まれて、孤独がやや解消されやっと安心できたが、これからなんだと気が引き締まる。
21時、都営大江戸線に仕事終わりのサラリーマンが並んで座っている。中には本を読む人もいてガルシア=マルケス『百年の孤独』の序盤を開く人が見えて、親近感を覚えた。金色のスピンがよく映えたそれは、黒のコートや鞄に浮かんで見える。
COFFEE COUNTY Tokyo Ethiopia KURUME Washed -Special Preparation 抽出。

04/02
8時半、霧雨ほどの街に傘をさす人と刺さない人が混じり合っていたので、選択の裂け目を見つけた。レインコートで歩いてみたいなと思っているが、そのような人を見受けないということは、迷惑をかけるというのだろうか。適切な距離感で生活すると、地下鉄のゼロ距離の不快感を意識してしまう。他者との距離が十分な地域に住みたい。
10時、中央・総武線の黄色、桜の白桃色、曇天の灰色、非常階段の赤と紺色、ビルのベージュが窓の外に見え、ラウンジでずしり座りながら、様々な距離にある色を見つけることができた。テストが終わった。予備校にたまたま居合わせた弘大の友人とカオマンガイを食べに。
15時、父が「元は後楽園っていうところだったか」と水道橋を説明したのを思い出して〈小石川後楽園〉へ。濡れた土の香り。枝垂れ桜は見頃を終え、他の桜が咲き始め、新緑の紅葉、雨音の池が心地よい。ぴちょん、と跳ね、波紋が広がり、川の流れが耳に触れて、全体の美しさが心を震わす。
COFFEE COUNTY Tokyo Ethiopia KURUME Washed -Special Preparation 抽出。

04/03
8時半、マンションを出てすぐ、小雨に当たった。昨日見た天気予報の降雨量で傘を持たない判断をしたが間違いで、ほとんどの人が傘を差して歩いていた。雪が当たれば頬が濡れる、といった具合に地元では傘を差さないで歩いていた量なので、困りはしなかった。それよりも差さない自分への視線が気になって恥ずかしい。だが、歩幅を大きくずんずんと先に進む。
10時、授業。久しぶりにノートを取る。タブレットに書き込む心地や、机に体重を乗せて疲れる感覚を覚える。
18時、春キャベツのロールキャベツを作ろうと、スーパーでいろいろ買った。玉ねぎのみじん切りは大粒で、コンソメは砕かず溶かそうとし、肝心の春キャベツは芯をくりぬき忘れ、つなぎのパン粉をケチったせいでべちゃついた肉団子のようなになってしまった。春キャベツは柔らかくて甘かった。
20時、イングマール・ベルイマンの『野いちご』を鑑賞。
COFFEE COUNTY Tokyo Ethiopia KURUME Washed -Special Preparation 抽出、PHILOCOFFEA RUDDER BLEND DARK 抽出。

04/05

04/06

04/07
朝、J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』(柴田元幸訳, 河出文庫)を読む。目の前の席に親子3人が並ぶ。男の子は、親に挟まれてじっと座っている。今日は入学式らしい。入学式前の新一年生が、男子は短パン、女子はスカートで歩く姿に未だ平成を思い出す。田舎から都会、平成から令和に変わったはずなのに、この格好だけは進歩せず、伝統を引き継いでいるといった具合。男の子は文化に翻訳された格好、対してぼくは真っ黒で伝統とかファッションとかよくわからない私服姿で、その景色を流しながら地下鉄と歩道を行く。予備校に着くと、自分の咽頭痛に気付かされて、やや耳が詰まったような感じがして不快感が続いた。鼻水、どこかで風邪をもらったのだろうか、とやや心配になる。
昼、背の高い友人とラーメン。水道橋には迷うほど飲食店の数があり、毎日違う店、メニューを頼んでも一年の献立が埋まらない気がする。
夜、大根の桂剥きに挑戦。包丁を慎重に操作しながら、2度途切れた皮を捨て、適当に切ったら豚バラ肉と合わせて食べた。食器を片付けた頃に伯母が帰宅した。
CAFÉ カルディ PANAMA GEISHA 抽出。

04/08
朝、三本の川を渡って、一本の地下鉄をくぐれば、もう水道橋。何度も見て重なる通学路のイメージが抽象化される。
昼、先週の金曜にやった懇親会の、同じグループだった学生が充電スペースにいたので、自分も充電しておいたタブレットを取りに行くついでに声をかけた。コンセントを抜くときに、さりげなく、より自然に話しかけたつもりがかえって驚かせてしまったらしく、あんまり話が続かなかった。それから二度の予習・復習の時間を終えたときになって、廊下の前方から彼が歩いてきた。笑って会釈すると、彼の方から話しかけられた。「1時間だって集中続かないよね」驚いたのはぼくだった。そして、集中できるアプリを勧めてくれて、さっそくそれをインストール。
夜、スーパーで買い物をした帰り道にネギが落ちていた。綺麗な道に突然落ちていたから驚いて、あ! ネギがない!と慌てる部屋がこの光のどこかにあるのだろうか、野良の生き物はネギを食べないで流し見するのだろうか、と考え込んだ。
COFFEE COUNTY Tokyo Ethiopia KURUME Washed -Special Preparation 抽出。

04/09
朝、清澄白河駅が終点の電車に乗ったことに気付かず本を読んでいたので、車掌に声をかけられて急いで誰もいない電車を出た。
昼、背の高い友人と連れ立って、またカオマンガイを食べる。鶏むね肉大盛りにして、9種の調味料のうち気分のソースを掛けて、レモンで締める。授業は夕方に終わった。
夜、中目黒にある、老夫婦二人で切り盛りする町中華でパーコーメンと大きな餃子を食べる。2018年、大学の同期で行った香港の飯を思い出す風味、同卓の東京の友人と二人して、美味しいね、と言って会話に耽る。静かに頭の中でふと、食べるってどういうことなんだろう、と問いが浮かぶ。ちょうど行きの電車で川上弘美と赤坂憲雄の対談記事を読んでいたから、食と性について考え込んでしまった。その後、2軒の蔦屋書店を巡る。赤坂憲雄『性食考』を見つけた。ついでに川上弘美の『大きな鳥にさらわれないよう』がないか探したりもしたが、閉店間際のしーんとした空気に耐えられず、時間切れ。国際ブッカー賞の最終選考に残ったとの記事が回ったのは、今朝のことだった。
CAFÉ カルディ BIRD FRIENDLY Dark Roast 抽出。

04/10
朝、道端にある枯れたネコジャラシを持ち帰ろうとする幼児がいて、それを見るぼくとそれを見ない母の姿が対象的で面白い。川沿いのベンチに深く腰掛け、300mlの缶を片手に天を仰ぐスーツ姿の男性がいて、それを見るぼくと空を見るとのギャップも面白い。桜の生えた土手であったから、酒であって欲しい。
夜、〈BOOK & BAR 余白〉には壁一面の本が並んでいる。カウンターにも文庫本が並び、その上には天井から吊るされた棚があって、店主が観たという映画のパンフレットが置かれていた。着席した側に文庫の列、黒の背表紙に故郷を感じた。太宰治『津軽』を手に取る。その一節、深浦町の描写から、「完成されている町は、また旅人に、わびしい感じを与えるとのだ。」を読むと、東京は旅人の場所ではないということを再認識させられ、この街で生きる貪欲さが欲しいと思った。弘前から友人が二人、Mさんと同期が現る。新年度がはじまり、学生時代のブリキ製の仮面がやや剥がれ、硬派な顔。
COFFEE COUNTY Tokyo Ethiopia KURUME Washed -Special Preparation 抽出。

04/11
朝、散った桜のカーテン、絨毯に足が止まる。地面に一番近い児童も同じようだ。朗らかなステップと蹴りで桜が舞う。手で掬って、風に流すのも乙だなぁ。
夕、〈KOMIYAMA TOKYO G〉で森山大道の写真展、柴田勝頼のリングでの姿を撮り下ろした写真作品を鑑賞。客がぼくの他にいなかったからか、傍からスゥッと音を立てず近づいたスタッフが解説。これ、1970年台の貴重なポスターなんですよ、キャンバスの布地にスクリーン印刷したもの、中の写真はコピー用紙のようにペラペラで……、とありがたいくらい詳しく喋っている。ここは本屋に併設されたギャラリーなので、高価な中古本やサイン入り写真本を並べて、手に取るように誘導してくださる。ギラつきもせず、少ない視線の交差で済んだからか、商売っ気の弱い方だなぁと思ったが、たぶんこちらの反応が薄かったからだ。鼻声のぼくは、こういうときに話すのが嫌いだ。耳の奥で自分の声がもう一つ響く感じ、自分の声が入ったスピーカーの前で話すような重奏に、反応が遅れて修正を効かせたくなる。
CAFÉ カルディ BIRD FRIENDLY Dark Roast 抽出。

04/12
朝、予備校に向かう。普段よりも早く家を出る。グループ指導に参加するため、空いた歩道と電車の中を闊歩してみる。気持ちの大きい男がひとり。
礼拝堂に初めて入ったが、公民館と一緒だ。子供、理屈からではなく一緒に参加してから教えるらしい。茶道と一緒だと案内人、師匠の作法から学ぶように、と。絶対に断らない。と言って、礼拝を終えた人と握手する。握手する。また握手する。
CAFÉ カルディ BIRD FRIENDLY Dark Roast 抽出、東京ジャーミイ トルココーヒー 500円、Acid Coffee Tokyo COLOMBIA LA ESPERANZA SUDAN RUME 1500円。

04/13
夜、〈TOHOシネマズ シャンテ〉で『教皇選挙』を鑑賞。公開からしばらく経つというのに、老若男女、会場を埋め尽くす観客の数にやや圧倒される。席に着いてひと段落しかけてすぐ、これ、私の傘ですか? と隣の若い黒髪の女性が話しかけてきて面食らった。ドリンクホルダーにかけてた傘が自分のものか気にするなんて、あぁ、傘を大事にされ…ない方なんだと思った。自分の傘と他者の傘と区別がつかない。客席の曖昧な境界に埋もれた傘が可哀想だ。その女性は始終乾いた喉を唸らせる人だった。臨場感ある音響に没入すると、生唾を呑み込む音が、劇中の主席枢機卿からのものかどうかが曖昧になる。彼は選挙を完遂せねばならない「なんとかする」人なのに、自身に票が集まり困って苛立ち、ため息や荒い鼻息が台詞以上に心情をよく伝えていたから、やや残念。終わってから客席を立つと、思い思いの感想が飛び交う。ちょっと隣の方に耳を傾けてみると、彼氏のような人に一言。「誰になっても地獄だったね」
COFFEE COUNTY Tokyo Ethiopia KURUME Washed -Special Preparation 抽出。

04/14
朝、ベッドに深く沈んで重たかった腰が、熱い珈琲で浮かび上がり、前に進む。水道橋の予備校へ。
昼、背の高い友人とイタリアン料理の〈GAZZO〉へ。1,200円のランチには、塩レモンがついたローストポークを選ぶ。隣の大学生たちと相席。なんとなく、話し方が若い、ってのがわかって、こういうの全然弘大にいたなぁと思って、ぼくは都会の学生と地元の学生との話しぶりの違いに気付くことがあまりなかった。今も友人と話す自分の話は、学生感があってつまらない。浅瀬を泳ぐような、当たり障りのない会話。
夜、強い潮風が川を遡上する。橋の上を歩くと、横風に煽られて頬の肉が片側に寄せられそうなほど押されるような感じ。薄っすらと塩気のある空気が鼻腔をざわつかせて、桜の散った沿道の冷たさに肌が震える。家に帰ると伯母はまだ帰っておらず、先に臥した。
COFFEE COUNTY Tokyo Ethiopia KURUME Washed -Special Preparation 抽出、CAFÉ ラドリオ ウィンナーコーヒー 650円。

04/15
朝、温かい珈琲を飲みながら朝ごはんを食べて、東京の複数あるチャンネルのうち、騒がし過ぎない番組を見るのが習慣になった。
夜、疲れ切った身体と心に潮風が吹く。スーパーで買い物をしていると、たまに見る「青森」の文字が親しみを込めて買わせようとするが手を止める。青森米の「青天の霹靂」、ねぶた漬け、りんご、ごぼう……。家に戻ると出来たごはんと、またテレビ。過去一週間の番組を視聴できる機能で、ハイエンドな番組がどこかにないかと調べるのが日課になって、やはり、NHKの企画力であったりデザインに惹かれ好くものが多く、ながら見してしまう。映像の世紀は良い。護衛のため死ぬ覚悟のシークレットサービス、アウシュビッツから生還した人々、ヒトラーの唯一的な私的映像、やや重たいテーマが続いたがこういうの。ここでしか出来ない「見たこともない」映像の再編、ナレーター以外の芸能人や観客のリアクションが今ではノイズだ。日本一や世界一や爆笑沙汰は、より秘密にすべきだ。
COFFEE COUNTY Tokyo Ethiopia KURUME Washed -Special Preparation 抽出。


本棚のような壁📍神保町駅

04/16
朝、脚の細い犬が歩く川沿いの歩道には、双子を載せた黒のベビーカーが走っている。あまりにも綺麗なM字の生え際が揃って、「MM」が浮かんで見える。やや眉間にシワを寄せて訝しげにあたりを見渡す様は、まるで用心の警護をするシークレットサービスのようだった。川から弱い風が吹く。葉桜の緑から一枚、明るい花びらが所在なさげに地面に向かう途中、通りかかったぼくの下唇をかすめる。
夕、電車の中で、ノースリーブの若い女性とストライプのジャケットの老父が並ぶとき、季節の移り目を観測する。なんならその老父は黒い手袋をしているから、冬と夏の境のようでもある。
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04/17
夢、背骨に穴が空いた。見えない箇所だから本当は腰椎、あるいは腸骨のでっぱりだったかもしれない。直径10mmの穴が空いたのは骨髄生検だと思っていたのに、一箇所だけだと思っていたのに何箇所も空けられ、釘を埋め込み、金属のプレートで一列に固められたこれは脊椎固定術だ。病室で見知らぬ人に話しかけられたが誰か思い出せず、それで目が覚めた。
18時、〈広島風お好み焼 もみじ屋 飯田橋本店〉で予備校生三人との食事会。予約したが別館に通され、嫌な静けさ。街灯の下を歩く。何度も何度もぼくを追い越すぼくの影。視界の隅に小さな影が走った。芝生の上を走る小鼠だった。先週から立てかけてあった小さな看板に「ネズミ駆除につき、薬品散布中」と書いてあって、その薬品の効果が薄いのか、散布を忘れてしまったのかなぁ、と思った。最近、野良の猫を見ない。こういうネズミがいないからなのか、誰も余ったスペースと食料を分けてくれないからなのか、というか衛生的に許さない環境なのか(ニュースで猫に餌をやっていた飲食店が衛生面で取り沙汰されていた)、どういうわけか全く見かけない。
珈琲 美美 中味ブレンド 抽出。

04/18
朝、あつくて二枚も服を着ているのが馬鹿馬鹿しい。しかし教室のなかはビルの間を縫った冷たい風がかよって涼しかった。
18時、本、小説だけのつもりが、漫画もカバーかけてくれる「研修」の店員、あぁ、漫画までも。会計に彼ひとり、ぼくの後ろに客の列が伸びて恥ずかしかった。
珈琲 美美 中味ブレンド 抽出。

04/19
午前、川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』を読んだ。
午後、清澄白河駅構内は、いい香りがした。清澄庭園に行くと、今日は真夏日らしく避暑がてら寄り道した老若男女、異邦人もろもろがよく歩いていた。暑そうな池で、亀もスッポンも泳いでいた。池の水の流れが弱い浅瀬には、オタマジャクシが泳いでいた。〈辰巳湯〉に寄る。あくび3回。深川めし。満腹。
21時、ニュースに「青森からの海産物 その日に」と、新幹線で運ぶ事業が始まったことを告げていた。物流の新しい経路。3時間のモノの移動が青森を引き寄せる。
珈琲 美美 中味ブレンド 抽出。

04/20
朝、伯母が忙しそうにしている。サンダルの音を響かせてカタッカタッ……。挨拶したのは、ごはんを食べ終えてから。伯母が買い物に出かけた。書き置きをして、予備校に向かう。
夜、新橋に行って、伯母とおでんを食べた。爽やかなジンソーダと、あごだし汁の巾着、蛸つみれ、大根、はんぺん、肴に梅水晶を食べる。店内は日曜なのにスーツ姿の若人たちで賑わっていて、ふたつ隣の席ではネイティブと頑張っている英会話、隣の席ではデート中の会話。明太子入りポテトサラダとがんもを食べながらずっと、何を話そうか考えていた。直前まで内見をしていたから続きの話……いや、折角なら伯母の昔話を聞きたい。父と暮らしていた時期の話も聞きたい。もう少しの居候や東京での暮らしのヒントがあるかもしれないと思って、津軽弁の質問を投げる。帰り際、花壇に咲いたアネモネの青が目に入った。飲み込まれそうなくらい真っ黒いスポット。アネモネは、殺された美少年の血から芽生えたとか、その悲しみに流した涙が花になった、というギリシャ神話にちなむ。風にあたる場所でよく生えることから「風の娘」と名付けられた。
珈琲 美美 中味ブレンド 抽出。

04/21
朝、晴れた水道橋は長袖一枚で出かけるには冷たい空気。サンダルで移動する人の数が増えて、薄手のコートの人がまばらになる。
昼、背の高い友人とうどんを食べた。強いコシの麺に少量の醤油がかかったシンプルな冷たいうどん。お好みでネギとショウガを加え、茄子の天ぷらにかしわ天、卓上のタレをかけて食べた。外は暑かった。冷たい風がなければ汗が噴いている頃だったろう。帰り際の川で、島のように浮かんだ岩の上で甲羅を干す亀が見えた。気持ちよさそう。
18時、ついさっきこの電車に乗った気がした。あっという間に日が暮れたらしい。安部公房『カンガルー・ノート』は、医者がかいわれ大根を吟味し始めたあたりを読んでいた。
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04/22
朝、駅構内にシャボン玉。蛍光灯の光をキラキラ反射させたドレスを着た女児の右手に、子ども向けおもちゃのなんだかよくわからない形の先端から泡が飛んでいた。たまたま出てしまったのかわからないが、子どもはあまりはしゃいでいない。母親のような人がそっと諌める。不思議な空間だった。数十のシャボン玉が風に乗って、心がうずいていた。しばらくして音のしない破裂がして、やわらかな匂いがした。駅構内は有機的な匂い、安くさい香水の匂い、地元で嗅いだ土の匂い、いろんな匂いが集まる。都市の印象に一滴分のシャボン玉が加わった。
昼、背の高い友人と若鶏と茄子のみぞれ定食を食べる。
夕、神保町にある珈琲が飲みたい。ノルマの勉強量を達成したら疲れた頭にカフェインと糖分、静かな空間と音楽を与えてやろうと決心していた。台湾から上陸したという〈Pharos Coffee Jimbocho〉に行く。ぼくと同年代ほどの男性に一杯注文した。
珈琲 美美 中味ブレンド 抽出、Pharos Coffee Jimbocho COSTA RICA Mirasú Rum Barrel Raisin Honey 900円。

04/23
朝、細い雨の東京。彬子女王のオールナイトニッポンを聴きながら登校する。安心する言葉遣いと適温のユーモア。歩道をゆっくり進んでいると、片手運転の自転車が合羽をはためかせて向かってきた。危ないな、と思って端に寄る。横切る一瞬、自転車の背に貼りつくように小さな子が座っているのが、視界の隅に映った。雨粒で光るその子の左手が伸び、運転する大人の左手とそっとつながっていた。
昼、背の高い友人とカレーを食べた。ネパール店らしい店名とガネーシャの看板に誘われて入ると、店の半分はスパイスの香り、残り半分は阪神タイガース一色。「阪神ファン出没注意」のステッカーが、ターメリック色の壁にぺたりと貼られていた。
夕、スーパーの棚でそら豆ばかりが目に入る。そら豆のパン、そら豆の揚げ物。いまが旬なんだろうか。
Pharos Coffee Jimbocho ETHIOPIA Yirgacheffe Nenke Washed 抽出、豆香房 水道橋店 コスタリカ カンテリージャ 無料。

04/24
朝、通学路の高架橋下に、昨日の同じ時間にもいたホームレスらしい老婆がいた。紙紐で結ばれた雑誌の山に座り、自分と同じぐらい大きなキャリーケースの壁に囲まれて、通行人の視線と何度もすれ違っていた。気の毒に思えたが、ここを無視できるほど感情が死んでいないことに気づく。青森ではこれほど明け透けなホームレスを見かけない。だから、ぼくの中でまだ珍しいものの一つに数える存在が目に飛び込むと、驚く。そして気づく。同じようなホームレスがいないことに。暮らしの種類が豊富で、着る服も家具も何もかもを、少しでも違う選択、経験の先で形にすると、似たものがどこにもない。普通な人、普通のホームレスなんかも、抽象化した像に落ち着かせて考えない方がずっと楽なのを知っているが、複雑な実像を前にすると頭の中の抽象物が揺らぐ。
昼、背の高い友人と博多ラーメンを食べた。今朝のもんもんを思い出したが、食べている。リルケが書いた『マルテの手記』にも根源的な矛盾(息子の死を嘆き悲しむ母親が、三日三晩泣き続けた末に空腹を覚え、食事を取る)シーンがあったのを思い出した。
豆香房 ブラジル 樹上完熟豆 抽出。

04/25
朝、昨日の老婆はいなくなっていた。代わりにクロスバイク一台。
昼、背の高い友人とカフェバーに来た。看板料理のエルバグラタンという、東京ではここでしか出していない「熱々ホワイトソースとチーズ、スライストマトの入ったグラタンの中に、ミートソーススパゲッティが隠れている」ものである。友人はオムハヤシを浮かない顔で食べていた。実家の老犬のことが気掛かりのようだ。
夜、渋谷のラブホ通りをすり抜けてクラフトビールの店〈Mikkeller Tokyo〉があって、ミニマルな内装に確かなIPAなど。メープルスイートナッツによく合う青々したビールを呑む。真向かいのビルに入って、自分でレコードを選んでかけてくれるバー〈RECORD BAR analog〉では、Clairoの「Nomad」をかけてみる。店内に響く、ぼくが選んだ音楽。すこし酔った。お腹が空いて六本木にある油そば屋に向かおうと、青山をすりぬけると沢山の墓所が確かにあって、「人間(じんかん)到る処青山(せいざん)有り」のいう青山。李白の詩の「志青山に在り」から派生したこの一節が好きだ。
豆香房 ブラジル 樹上完熟豆 抽出。

04/26
10時、伯母宅が大掃除のため外に出る。浅草線に乗って南東に向かう。kanekoayanoのアルバム「石の糸」を聴きながら。2回乗り間違えた。弘前で知り合った写真家の宮本あずささんが、ここ自由が丘のタリーズで展示をされていると聞いて観に来た。珈琲を飲みながらのんびり過ごして、〈世田谷美術館〉横尾忠則企画展まで聞こえた会話を記録した。
「AIが、俺のADHDを凌駕して、知識に負けるの嫌やねんな」、「めっちゃ適温」「わかるわー」、「はいじゃなくて追いかけてぇ」、「え……え…………(しー……しー……)……え……(しー……)ててぇーぁあい!……にひ」
20時、どんな小径を歩いても誰かが歩いている。頭も身体も惚けて舞茸天うどんを食べた。電車の中で『カンガルー・ノート』を読み終えた。隣の美青年(骨は男、輪郭は女めいて、時々怪し笑う)が、古本の『二十歳の原点』を読んでいた。作者も知らなかったので調べると、学生時代に書かれた日記らしい。最後の日付に旅の詩、作者は自殺する。若いのに、危険で甘美な文学を読むなんて……すげぇな、この人。
タリーズコーヒー 水出しコーヒー Grande 545円。

04/27
昼、自己嫌悪の波がまた来た。もうこうなるとどんな自分も好きじゃない。うつの黒い波が打ち寄せ、頽廃した漁具の群れのような砂浜。エアコンの室外機の羽音が自分を攻撃する恐怖心を増幅させて、出来なかった自分の修正をますます阻む。そういえば、急いで予備校に来たせいでルーティーンが壊れていた。ごはんを食いそびれて空腹になっていたことを、波が来てしばらく忘れていた。
夕、神保町のガレージセールでGRの写真集が安く売られていて、坊主の若い店員(3人も)に1000円札を渡した。帰路で雀を見た。ちょんちょん跳ねる雀はいつ見ても丸っこくてかわいらしい。柵の上からあたりを見下ろす鳩も、凛とした佇まいと色調がいい。輪郭ならどの鳥をとっても理想的な曲線を描いているし、津軽の鳩笛のように陶器にして閉じ込めたいくらい、鳥らしい。きっと雀の陶器を作っても、まじまじと見ない。けど、外で見る雀はゆっくり眺めたい。住宅の変化と農薬の進化で、雀を見る機会が減っているらしいから、子どものようにはしゃぐ様子も彼らが立ち話をしているだけの時間も、全てがエンターテイメントだ。
豆香房 ブラジル 樹上完熟豆 抽出。

04/28
19時、大学時代に知り合った風変わりな友人とご飯に出かけた。あいにくの雨で新宿は壁一面、地面が濡れていた。金属の光沢は乱反射し、アスファルトの上が油膜のあるせせらぎで虹色に動いて見えた。傘を刺してやってきた彼は、一度熊本から弘前まで観光に来ていた男だ。東京で働いたと聞いて、早速連絡をして、彼の近況とぼくの近況を話したのち、酔った勢いでカッコつけたことを言い合った。彼は心にワンピースのルフィのような主人公格を宿している。いうまでもなく、ルフィを翻訳して生きているのが彼なのだ。だから、彼の前ではなんでも話せた。感動したこと、悲しかったこと、悔しくて勝ちたと思った色んなこと。お互い、新生活に順応するために時間を割いていたら、いつの間にか大学時代の「熱」を忘れていたらしかった。取り戻したように輝き出した彼は、屈託のない小型犬のような笑顔で見送られ、改札を後にした。

04/29
朝、ソファとベッドを往復するだけの機械のようになっていた。貧血の身体は膝から腰へ、張り付いた布が引き剥がされるように動く。自分の動きが、自分のものではないようだった。誰かの巨大な手が予定表を奪い取り、代わりに曖昧な空白を置いた。夢の中の自由と似た錯覚。
夕、ひとつだけあった予定が他人の都合で消えた。不可抗力。ぽっかり空いた時間に、電脳空間の絵画と動画を眺めながら、後頭部のうっ血と視界の二重化に気づく。
夜、窓の灯りを見た。ヒッチコックの描いた『裏窓』のような展開を期待したが、どの光も秘密を抱えたまま、点になって遠ざかっている。覗き込むような望遠鏡も望遠レンズもないからここでお終い。洗濯物を取り込み、チキンライスを食べ、コーンポタージュを飲む。その一連の動作が、今日の輪郭をかろうじて縁取っていた。

04/30
朝、腫れたまぶたの下に沈んだ眼球。左頬の古いにきびをなぞると、微かな熱を感じた。からだが、借りもののようにぎこちない。「岩木山」と記された白い小袋を提げた老いた男が駅の構内を横切ったとき、かつての風景が脳裏に灯って、すぐ消えた。
昼、うどん屋の前で背の高い友人と立ち尽くす。空はどこまでも青く、白い熱を浴びせる。人気の店の札には「めちゃめちゃ待ちます」とあった。店内に入って、ようやっと届いた冷たい麺を噛み締めながら、喉の通過を確認する。帰り道で二軒の弁当屋を見つけた。「次はここにしよう」と提案する。暑さで溶けたくない。
夜、神保町の喫茶〈味の珈琲屋 さぼうる〉。灯りは橙色に沈み、ページの海に潜る。ガルシア=マルケス『百年の孤独』が映画のようにありありと情景を映し出した。奇妙だが読みやすい文体、架空の村の顛末を追う。遠くの席ではタロット男が誰かの未来を指でなぞっていた。「繁盛してるね」「さぼうるさんのおかげですよぉ」との会話のあと風が吹き、ページをひとつ、めくった。
豆香房 ブラジル 樹上完熟豆 抽出、味の珈琲屋 さぼうる アイスコーヒー 650円。


今月の本・映画

リルケ/著, 大山定一/訳. マルテの手記. 新潮文庫, 1953
イングマール・ベルイマン. 野いちご. 1957

著者近影 📍六本木駅

次月分は、近く公開。

プロフィール
米谷隆佑 | Yoneya Ryusuke

国浪生. バリスタ. 98年生. 弘前大学医学部卒.
影響を受けた人物: 日記は武田百合子, 作家性は安部公房, 詩性はヘルマンヘッセ, 哲学は鷲田清一.
カメラ: RICOH GRⅢ, iPhone 16e.

この記事は、Threadsで毎日投稿している日記をまとめ、加筆修正したものです。
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