見出し画像

7月27日(月)21:00


この記事は有料ですが、
一歩を踏み出すきっかけになればと思い
全文無料で読めるようにしました。

中身が良かったと感じたら、
購入していただけたら嬉しいです。



売り切れの通知が届いた瞬間、まず来たのは
安堵ではなく、緊張でした。


「初版 限定3部」


このたった3部という数字が、あの日の私には
とても大きく見えていました。


スペース先行販売はあったのですが、
それ以外で実際に売れるかどうかより先に、
売れなかったときのことばかり考えていたと
思います。


パソコンの画面を更新しては、


ちょっと待つ、


また更新。


そのあいだも心臓の音が耳の奥で鳴っている
ような感覚がありました。
誰かに背中を押されたわけでもなく、自分で
この日程を決めて、自分で公開ボタンを押しました。


それなのに、押した瞬間から、まるで誰かに
試されているような気持ちになっていました。


私のXのフォロワーは、180人です。
多いとは言えない数字です。この数字を
見るたびに、


「これだけの人数で、本当に届くんだろうか」


という不安が、いつも足元にまとわりついて
いました。うつと5000日向き合ってきたなかで、
何かを世の中に出すというのは、いつも同じ
くらいの怖さを連れてきます。


それでも、出さなければ何も始まらない。
そのこともまた、5000日のなかで
学んできたことでした。


普段は、うつや生きづらさをテーマに、
なるべく明るく元気なトーンでSNSに
向き合うようにしています。


でも、あの日だけは、その明るさの奥で、
ずっと胃のあたりが重たいままでした。


普段は、B型作業所の仕事として、
平日を中心に動画制作の作業をしています。

テーマも進め方も、自分である程度
決められる環境です。


あの週も、公開日前まではいつも通り
作業所の仕事をこなしながら、
頭の片隅ではずっと販売のことを
考えていました。


目の前の作業をしながら、心はどこか
別の場所にある。そんな日が続いたまま、
公開の日を迎えたのを覚えています。


公開する数日前から、販売ページを何度も
見直していました。文章を直しては戻し、
価格の表記を確認しては閉じる。


何度確認しても不安は消えませんでした。
以前の私は、不安を紛らわせるために
衝動的に買い物をして、それが借金という
形で積み重なっていったことがあります。


今回は、買う側ではなく、出す側として
同じ不安と向き合っていました。


形は違っても、落ち着かない気持ちの重さ
そのものは、あの頃とあまり変わって
いなかったのかもしれません。


違うのは、あのときは不安から逃げるために
何かをしていて、今回は不安を抱えたまま、
それでも公開のボタンを押したということです。


逃げずに、そのまま向き合う。


それだけでも、以前とは違うやり方を選べて
いるのだと思います。


でも、蓋を開けてみると、初版はすぐに
完売しました。


まるで競争のように、次々と購入の通知が
届いていきました。あの感覚は、今でも
うまく言葉にできません。


通知が来るたびに、心臓が跳ねるのが
わかりました。誰かが買ってくれるたびに、
画面の向こうに本当に人がいるんだと、
いちいち確かめるような気持ちになっていました。


数字ではなく、一人ひとりの顔が見えない
相手なのに、たしかにそこに人がいる。
そのことに、何度も驚いていました。


3部という数字を、こんなにも早く
使い切ってしまうとは思っていませんでした。


想像していたのは、ぽつぽつと数日かけて
売れていく光景で、あんなふうに畳みかける
ように売れていくとは、正直まったく予想して
いませんでした。


通知が二つ、三つと立て続けに届いたときは、
思わずPCの前で手が止まりました。
まるで、誰かと誰かが競い合うように、次々と
手を挙げてくれているような感覚でした。


一人で画面を見つめながら、
声にならない声で


「ありがとうございます」


と何度もつぶやいていたと思います。


そのなかでも、特に忘れられない
瞬間があります。


すでにレビューを書いてくださっていた方が、
あらためて購入してくださったり、チップを
送ってくださったりしたことです。


読む前から応援してくださっていた人が、
読んだあとにもう一度手を差し伸べてくれる。
その事実だけで、しばらく画面の前で固まって
しまうくらい、感動していました。


何かを作って公開するというのは、
送り出したら終わりだと思っていました。


でも、そうではありませんでした。
渡した先で、もう一度こちらに戻ってくる
ものがある。そのことを、あの瞬間に初めて
実感として理解した気がします。


応援というものが、一度きりの行為ではなく、
くり返し向けてもらえるものなのだと
知りました。


その二重の応援を前にして、私は自分が
どれだけの言葉を返せているだろうかと、
少し不安にもなりました。

感謝の言葉だけでは足りない気がして、
結局、うまく言葉にできないまま、何度も
画面を見返していました。

お礼の言葉だけを返して、それ以上の言葉が
続かない自分に、少しもどかしさも
感じていました。


結果として、渾身作は全部で11部売れました。


初版が即完売し、第2版に進みましたが、
そこで動きが止まりました。11部という数字は、
たしかに嬉しいものでした。

ゼロから始まって、11人の方が


「読みたい」


と思ってくださった。

うつと5000日向き合ってきたなかで、
たった11部でも、ゼロから1が生まれた
瞬間があったこと。その事実は消えません。

以前、買い物依存症で積読と借金を抱え
ていた頃の自分からしたら、何かを


「買ってもらう側」


に立てているということ自体、想像もして
いなかった景色です。あの頃は、お金を使う
理由をいつも自分の外側に探していました。


今回は逆に、お金を払ってでも読みたいと
思ってもらえるものを、自分の内側から
出せたことになります。

あの頃の私に、今のこの状況を見せたら、
きっと信じないと思います。


借金を抱えて、積読を抱えて、自分をどうにも
扱いかねていたあの時期の私にとって、誰かが
お金を払って自分の言葉を読んでくれるという
未来は、想像の外にありました。


同じお金という言葉のなかに、
まったく違う意味が入れ替わっていることに、
あとから気づきました。


noteでの収入は、今の私にとって、
まだ主な収入の柱にはなっていません。

B型作業所での仕事が中心にあって、
note発信はそこに少しずつ
積み上げている段階です。

だからこそ、今回の11部という結果は、
生活を大きく変えるような金額ではありません。
それでも、これから積み上げていく道の途中に、
たしかに一つの足場ができたような感覚があります。




それでも、正直に書きます。


初版のあの勢いが続くと、どこかで期待して
しまっていたんだと思います。第2版の
ところで止まったとき、嬉しさの隣に、
静かな落ち込みがやってきました。


「ここで終わりなのか」


という感覚と、


「11部も売れたのに」


という感覚が、同じ時間のなかで両方とも
本当でした。どちらかを選んで、もう一方を
見なかったことにする、ということが
できませんでした。


今も、この気持ちを綺麗に整理できたわけでは
ありません。伸びが止まった通知欄を、何度も
同じ気持ちのまま眺めています。


止まってもいい、
止まっても続けていい。


そう思いながら進めたはずなのに、
いざ第2版のところで実際に止まって
みると、思っていたより静かに応える
ものがありました。


頭でわかっていることと、実際に止まった
ときの気持ちは、別のものなのだと知りました。
数字が動かない数時間のあいだ、通知欄を何度も
確認しては、自分の焦りに気づいて、また閉じる。


そのくり返しをしています。


普段のSNSでは、一日の多くの時間を使って
発信や交流を続けています。あの明るさは、
演じているものではなく、私の一部でも
あります。


それでも、第2版が止まったこの数日は、
外に見せているトーンと、実際の内側の
気持ちのあいだに、少し距離があるのを
感じています。


明るく振る舞うことと、本当に落ち込んで
いないことは、必ずしも同じではないのだと、
あらためて思い知らされています。


この販売の日にたどり着くまでに、8回の
スペースを重ねていました。

渾身のnoteを出す、と決めていました。けれど、
8回のうち、告知らしい告知をしたのは、
実質的には2回だけです。


あとから振り返ると、そのことが、
この結果につながっているような
気がしています。


1回目から5回目までは、ほとんど雑談でした。


何を話していたのか、自分でも
うまく思い出せないくらい、
他愛のない内容でした。


渾身作のことも、うつのことも、副業のことも、
ほとんど話していません。ただPCの前に座って、
誰かがいれば話し、話が途切れれば黙る。
そのくり返しでした。


一人で話すことができるのか、こんな私が
話していてもそこに人が来てくれるのか。
1回目のスペースを開く前は、不安しか
ありませんでした。


1回目は、パクチーラーメンを食べる
スペースでした。


きっかけは、当時いたX界隈で流行って
いた遊びです。


「美味しくない」


と言われているパクチーラーメンを実際に
試してみる、というものでした。


私も挑戦してみることにしました。


ただ、実際に放送する段になると、
開始1時間ほど前からかなり緊張していました。

PCのスタートボタンを押すか押さないかで
長いこと悩み、夜9時、震える手でようやく
スタートボタンを押しました。

あの時点でわかっていたのは、スペースの
始め方だけでした。始めたあと何をどう
すればいいのか、まったくわかって
いませんでした。


実際に食べてみると、私にとってはとても
美味しいのと、初回のスペースだったにも
かかわらず、思っていたより多くの方が
来てくれました。


そのなかの一人の方が、
まだパクチーラーメンが4袋残っていると
教えてくださいました。せっかくなので、
その4袋にも付き合うことにしました。


こうして、パクチーラーメンのスペースが
始まりました。


結果として、同じような雑談の遊びを、5回も
繰り返していたことになります。傍から見れば、
中身のない時間に見えるかもしれません。


それでも、この繰り返しのなかで、少しずつ
聞いてくれる人との距離が縮まっていったのは
確かです。毎回来てくれる人の顔ぶれが、
ゆっくり固定されていきました。


「今日は何入れるんですか?」


と返してくれる人が増えていきました。


何かを売るための時間ではなく、ただ一緒に
いる時間として、あの5回はあったのだと思います。


5回という数字は、決して多くはありません。
それでも、あの雑談のくり返しがなければ、
6回目の一言が誰にも届かなかったはずです。


来られた方は次回のトッピングが何か興味が
あっただけです。テーマを決めていたわけでも、
狙っていたわけでもありません。


むしろ、狙いのなさこそが、あの5回の空気を
作っていたのだと思います。何を話すか決めずに
PCをつなぐという行為自体、以前の自分には
できなかったことです。


今回は、その場の流れに任せてみる、
という選び方をしていました。


6回目は、7時間の耐久スペースでした。


誰も来なくて、4時間近く二人で話し続けて
ました。PCの向こうに誰もいないとわかって
いながら話し続ける時間は、
正直、心細いものでした。

それでも切らずに続けたのは、途中で切って
しまったら、次に開くのがもっと怖くなる気が
していたからです。

でも当時は、それでもスペースを開けないより、
開けたほうがいい。それだけを支えに
続けていました。


誰も来ない4時間は、画面に表示される
「リスナー0人」という数字を、
何度も確認してしまう自分がいました。

それでもなんとか声を出し続けていた
ところがあります。


そして深夜12時ごろ


「まだやってたのですか」


と一人来てくれて、もう一人も来てくれて
計4人で話してました。


その時間を飛ばさなかったことが、
今の自分には少しだけ意味を持って
見えています。


中身はほとんど雑談です。渾身作の告知を
差し込んだのは、そのなかでも終わりのほう
でした。


長い時間のなかで、告知に使ったのは
本当にわずかな一言だけです。


「今度、こういうのを出します」


このくらいの軽さでした。
詳しい内容は話していません。
多くを語らないようにしていました。

ずっと雑談をしてきた流れの
延長線上に、その一言だけをそっと置く。
そんな感覚でした。


PCの前でその一言を言う直前、
少しだけ声が震えたのを覚えています。
初めて自分の作ったものを差し込む瞬間でした。


7時間という時間の長さも、必要だったの
かもしれません。

それだけの時間を一緒に過ごしたあとだから
こそ、あの一言を差し込む勇気が持てた
のだと思います。


そして、誰かが


「だ、そうです」


と一言返して、そのまま雑談に
戻っていったと思います。あのとき、
内心では少し拍子抜けしていました。


もっと何か反応があるものだと思っていた
からです。でも、時間が経つにつれて、
あの反応の薄さこそが、ちょうどよかったの
だと感じるようになりました。


振り返ると、この温度差こそが良かった
のだと思っています。


「買ってください」


と迫られるより、


「そういえばそんな話もあったな」


というくらいの軽さのほうが、記憶に
残りやすかったと感じています。押し込むの
ではなく、置いておく。そんな距離感だった
のかもしれません。


このタイミングまで、告知らしい告知は
一度もしていません。


そもそも、何を作っているかを詳しく話す
こと自体、少し怖かったのだと思います。
形になる前のものを言葉にしてしまうと、
途中で壊れてしまいそうな気がしていました。


だから、多くを語らないことは、読む人の
ためだけでなく、自分自身を守るための
選択でもあったのかもしれません。


うつのなかで何かを作るとき、途中で言葉に
しすぎると、そのまま手放してしまいそうに
なる瞬間があります。


だから、最後まで抱えたまま、そっと差し
出す方法を選んでいたのだと思います。


告知をしたあと、7回目と8回目のスペース
では、少し違う時間の使い方をしました。
雑談を交えたインタビューのような形と、


「ゆる副業」


という考え方を話す時間を多くとりました。
この2回は、渾身作のテーマにも自然に
近づいていく回になっていました。


私にとってのゆる副業とは、みんなほど
頑張れないけれど、それでも止まりもしない
副業のあり方です。


派手な戦略や、毎日の大量発信を前提にした
副業論とは、違う話をしたいと思って
いました。うつを抱えながらでも、無理の
ない範囲で続けられる副業の形があること。


それを、雑談の延長として伝えていきました。
何かを教える、というよりは、隣で同じ
速度で歩いている人がいる、という伝え方に
近かったと思います。


速く進めなくても、止まっていても、
また少し動き出せばいい。そういう時間の
使い方を、7回目と8回目のスペースの
なかで、少しずつ言葉にしていきました。


実際の私自身の生活も、そのゆる副業の
考え方に近い形をしています。B型作業所の
仕事は平日を中心に、一日あたり
1時間から3時間ほど。


体調によっては休む日もあります。それでも、
皆勤を目指す気持ちだけは持ち続けています。


毎日フルスピードで走り続けることは
できなくても、走れる日には走り、走れない
日は休んで、また次の日に少しだけ動く。


そのくり返しを、ゆる副業という言葉に
込めて話していました。

派手な結果を一気に出すことより、
続けられる形を保つことのほうが、今の
自分にとっては大事なのだと、話しながら
自分でも確認していたように思います。


インタビュー形式のスペースでは、自分の
言葉で語るよりも、質問に答える形のほうが、
かえって本音に近いことを話せた
気がしています。


買い物依存症で借金を作っていたこと、
精神障害2級を持ちながらADHDと診断され、
結果、思考がバラバラに動いていること、
頭の中で考えるのが苦手なことが解りました。


B型作業所という今できる場所を土台にして、
少しずつ発信を積み重ねてきたこと。普段は
文章のなかでしか書かないようなことも、
声にして話す時間になりました。


声にして話すと、文章にするときとは違う
角度から自分の経験を見つめ直すことに
なります。話しながら、自分でも初めて
気づくような言葉が出てくることもありました。

買い物依存症のことを話すときは、いつも
少し身構えてしまいます。恥ずかしさが
完全になくなったわけではありません。


それでも、インタビュー形式で聞かれると、
身構える前に言葉が出ていく感覚があり、
結果として、いつもより素直な
言い方になっていました。

そう考えると、7回目と8回目のスペースで
話していた時間は、声にして隠さず話す
という行為そのものと、どこか
つながっている感覚があります。


形を変えながらも、そのことだけは続いて
いるのだと思います。


実際、8回のスペースを振り返ってみても、
宣伝らしい宣伝をしていた時間は、
それほど多くありませんでした。


大半は、パクチーラーメンの
ような、他愛ない話です。


それでも、この雑談の時間があったからこそ、
渾身作の告知をしたときに、


「あの人が作っていたやつだ」


と、すでに認知してもらえている状態を
作れていました。何を売るかより先に、
誰が話しているかを知ってもらう時間
だったのだと思います。


そうして迎えた販売当日、初版はすぐに
完売しました。

競争のように売れていったあの数分間と、
レビューをくれていた方がもう一度手を
伸ばしてくれた瞬間は、

8回分の雑談の積み重ねの上に、ようやく
立っていた出来事だったのだと思います。


180人というフォロワー数だけを見れば、
心もとない数字かもしれません。それでも、
雑談を重ねた5回と、耐久7時間の6回目と、
ゆる副業を語った7回目、8回目。

その積み重ねのなかに、初版を買ってくれた
人たちが確かにいました。

そして、第2版のところで止まっている今も、
私はまだ次にどう動けばいいのか、
はっきりとはわかっていません。


11部売れたことは、事実として残っています。
同時に、その先に続かなかったことも、事実
として残っています。どちらか一方だけを
選んで、綺麗な話にすることはできません。


嬉しさと落ち込みは、順番に来るものだと
思っていましたが、実際は同じ日のなかに、
同時に居座っていました。


パクチーラーメンの話をしていた4時間、
7時間の終わりにこぼした一言と、11部と
いう数字と、止まった第2版。そのすべてが、
同じひとつの流れのなかにあります。


どれか一つだけを取り出して、


「これが結論です」


と言うことはできそうにありません。


まだ、この続きがどうなるのかは
わかりません。ただ、少なくとも、雑談から
始めて、雑談のまま告知して、
雑談のまま終わっていく。


そのくらいのやり方のほうが、今の自分には
合っていたのだと思います。




7月27日(月)21:00。
初めてスペースを開いた日。


副業として見ると、最初の1回目は
意味のない行為だったかもしれません。
それでも私にとっては、自分を変える
きっかけになった日です。


「自分を変えるきっかけ」なんて、
たぶんそこら中に転がっています。
でも、それを拾うのはしんどいです。


今回、私と同じような境遇の方が
少しでも

「自分を変えるきっかけ」

を拾いやすくなればと思って、
この記事を無料で公開しました。


この記事が誰かにとっての次を踏み出す一歩
になりますように。





ここまで読んで、この文章を残してよかったと
思っていただけたら、購入やチップという形で
応援してもらえたら嬉しいです。

ここから先は

0字

¥ 500

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が参加している募集

うつと向き合いながら、在宅で記事を書いています。もし気になったらチップを頂けると、その一部が活動の下支えに回っていきます。読んでくださったこと自体が、すでに大きな支えです。無理のない範囲で、力を貸してもらえたら嬉しいです。