《ベルアント・ユダラ》【19話】風を切るシングルハンマー [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
「きた!おじさーん!!こっちこっち!!」
大型輸送車がゆっくりとバンナムに入って来る。
中央広場へと誘導され、
サイドブレーキが引かれた。
圧縮が抜ける音が響く。
エンジンが停止し、ドアが開く。
「バンナムは遠いな。」
ワイザーは輸送車から降りると、
腰を回し背伸びをした。
「ありがとう。疲れたでしょ。うちに案内するよ。そこで少し休んで。」
「まだ誰も来てないのか。」
「約束の時間は30分後だから。気にしないで。」
水色屋根のベルアントの家に歩き出す。
バンナムに降り注ぐ夕日が、
背後から二人の影を伸ばす。
「久しぶりの再会はどうだったんだ。」
「そりゃもう、大盛り上がりだ。おかげで二日酔いだったよ。」
「仲間達は変わらず元気だったか。」
「うん。新しい人もちらほらいたよ。元気そうで安心した。」
「そうだ、ビリーには会ったか?」
「もちろんあったよ!少し痩せたけど、元気そうだった。後で覗きに来てくれると思うよ。おじさんがいることはあえて言ってない。サプライズだ。」
「がははっっ。お互いに歳をとった。気付かないかもしれないぞ。」
「その時はビリーおじさんの肩を叩いて声をかけてあげて。おじさん、ここだ。着いたよ。入って。」
「ここが、お前が育った家か。古いが、コンクリートで頑丈に作ってあるな。」
「もちろん。育て親のジールが自分で作った家だからね。ここに靴を脱いで。」
「すまないな。少し休ませてもらおう。ここは、葉巻のような香りがするな。ジールさんの趣味か。」
「そうだね。香木を焼くのと、葉巻は、ジーが大好きだった。7年経ってもまだ匂いが染み付いてる。好きなとこに座って。飲み物を買ってある。自由に飲んで。」
「このあちこちにある大量の本も、ジールさんの趣味なのか。こいつは凄い。」
「これは、俺の本だよ。今はね、ここはバンナムの図書館にしているんだ。ここに来て自由に本を読んでくつろげるように解放してる。」
「なんだと。お前、この本を全て読んだのか。」
「あー、一応、読んだよ。参考にならない事も沢山あるし、全て丸暗記したわけじゃないから、そんなに大したことないよ。」
「何となくデニスがお前の事をあーだこーだ言う理由が分かる気がするな。」
ベルアントはバンナムにワイザーがいるのが、
奇妙で可笑しくてずっと頬が緩んだ。
ジーに紹介したかった。
ソファーに座ったワイザーの姿に、
記憶の中のジールが重なる。
「おじさん、広場を見に行ってくるよ。30分程したらおじさんも来て。」
「おう。わかった。」
靴を履き、夕日に向かって走り出す。
中央広場までの一本道がオレンジに染まった。
全てが揃っていく。
バラバラだったパズルが、
集まっていく感覚がした。
足取りは軽かった。
バンナムの未舗装の路地が、
手拍子するように彼を運んでいく。
「デニス。君がいたからっ、全てが、繋がったんだ。君は、ひとりじゃないっ。君がこの景色を作ってくれたんだっ。」
ベルアントは立ち止まった。
こんなにも全力で走ったのはいつぶりだろう。
息が上がってしまって、
膝に手を付いた。
「みんな!!っ、ありがとう!!おまたせっ!!」
大型輸送車の周囲に集まった職人達。
それを見に来た笑顔のお母さん達。
バンナムの多くの人達が、
中央広場に集まっていた。
「ジュニア来たか!積み込み始めるぞ!!」
走行クレーンが足を伸ばし、
地盤を力強く掴む。
操縦席に座るダンカーの一声に、
納品が始まった。
「よーしっ!納品の時間だ!!」
ベルアントの声を聞いて、
皆がそれを笑顔で見ていた。
「大きいのから積もう!!リーさんの工場が作ってくれた蓄電池3つを吊りあげよう!!」
量子生成装置の消費電力に耐えるための巨大な蓄電池を積んだトラックが、クレーンの傍に停まる。
取り付けられたアイボルトにフックがかけられる。
「ダンカーさん!前方に積んで!」
ダンカーは重さおよそ1tの蓄電池を吊り上げる。
7万回の充電でもほぼ消耗しない、特許技術の蓄電池だ。
性格と相反する慎重な操作で、
ベルアントの誘導する荷台に下ろされる。
「よーし!いい感じだ!残りもゆっくりいこう!これが積み終わったら、発電機のローターを積みます!」
発電機の内部で回転を続ける巨大なローターを3基積んだトラックがスタンバイする。
ブラッドの工場は、
複雑で精密な加工を得意とする。
ベルアントの発電機のローターは、
常に稼働し続ける。
それに耐えられるのは、このローターだけだ。
「ブラッドさん!完璧なローターをありがとう!」
蓄電池を積み終えたダンカーが、
寄せられたトラックにフックを下ろす。
「ジュニア!こんなデカくて精密なものをブラッドさんに作らせたのか!!ははっっ!手が震える!!」
「ダンカーさん!落としたらブラッドさんに蹴りあげられるよ!!ゆっくりでいい!落とさないで!!」
中央広場に声が飛び交う。
到着したワイザーは、
腕組みをしてそれを見ていた。
「何だこの賑やかさは。パレードか?なんでこいつらはこんなに笑ってるんだ。」
次々に手際よく積まれていく完成品に、
目を奪われた。
「こんなにも素晴らしい技術があるのか。この街は、もっと人々に知ってもらうべきだ。」
熱くなる目頭は、
忘れかけてた何かを思い起こさせた気がした。
「あんた、見かけない顔だな。ジュニアの連れかぁ?」
聞き取りにくい妙な口調に、
その相手の顔を確認した。
「お前、歯をどこにやったんだ。だらしないやつめ。」
「歯はだいぶ前から無くなっちまった。おめぇ、どこかで見た顔だな。」
ワイザーは鼻で笑い一蹴した。
「穴に隠れたと思ったら、今は穴を掘ってるらしいじゃねぇか、ビリー。」
ビリーは、それを聞いて固まった。
積み込みのかけ声が響く。
「お前ぇ!!ワイザーか!!ああーー!!ワイザーじゃねぇか!!」
肩を何度も叩かれ、
ワイザーは眉間に皺を寄せた。
「落ち着け!うるせぇ!」
ビリーの襟を後ろから掴み、
強く持ち上げて耳に吹き込む。
「あはははっ、ワイザー!!アクセス端末が嵐の日に水没しちまったんだ!!お前と一生会えなくなったと思った!!ジュニアが連れてきた!!なんてことだ!!あははは!!」
ビリーは大粒の涙を流しながら、
ワイザーにしがみつくように抱きついた。
「離れろ!!熱苦しいやつだなっ。」
ワイザーはビリーを引き剥がし、押さえつけた。
「どれだけ心配したと思ってるんだ。馬鹿が。」
「すまねぇ。バンナムに来て端末まで無くなって、無我夢中で仕事をしていたら、いつの間にか、ここから離れられなくなっちまった。」
ワイザーはビリーを改めて見た。
若い頃の面影はなくなっていた。
痩せこけ、服には小さな穴がいくつも開き、
伸びた髪からフケを落とし、
靴からは親指が顔をのぞかせていた。
「ここに来てよかったな。いいところじゃねぇか。」
「がははっ。バンナムは悪くねぇぜ。俺にとっては、最高の場所なんだ。」
「見ればわかる。来月にボナハートに来る時は、新しい服を着て来い。一杯やろう。」
「それもいいなぁ。久しぶりにやろうぜ。こんなことになるなんてなぁ。若ぇ頃を思い出してむず痒くなっちまう。」
「そうだな。」
「見ろワイザー、あれが、バンナムのジュニアだ。」
2人が眺める先には、
滴る汗を拭いながら、
大声を出している若者がいた。
「最後だ!!ベアリングを吊り上げてくれ!!」
バンナードメタルのトラックの荷台から、
発電機に使われるクロムモリブデン鋼の特注ベアリングがゆっくりと吊り上げられる。
「俺の最高傑作だ!!ジュニア!!大事に使ってくれよ!!」
「もちろんだよ!ダンカーさん!!こいつはどこを探しても見つからない最高のベアリングだ!!ここに下ろしてくれ!!」
ベルアントは声が掠れていた。
焼けていたオレンジは、
徐々に群青を強めていく。
そっと下ろされた積荷から、
吊り紐を外した。
「終わった!!みんなありがとう!!」
中央広場は大きな拍手に包まれた。
荷台から飛び降りたベルアントに、
駆け寄ったエミリが飲み物を渡す。
「お疲れ様、ジュニちゃん。」
「ありがとう、エミー。」
一気に流し込むジンジャエールは、
乾いた喉にピリピリと刺激を与えながら、
消耗した糖分を補うように染み渡った。
「みんな!!請求書を持ってきて!!今渡さないと、二度と受け取らないよ!!」
それを聞いた代表達が続々と集まっていく。
「ジュニア、お前のプロジェクトの成功を祈る。」
「リーさん。あなたのおかげだ。ありがとう。」
固い握手、力強いハグを交わす。
「ジュニア、また何かあったら、連絡してこい。」
「ブラッドさん。いつまでもお元気で。」
順番に請求書を受け取りながら、
別れの言葉を交わしていく。
固い握手、そして、力強いハグ。
汗を拭う仕草を何度もしていたベルアントは、
気付けば顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「ジュニア、手伝えることがあれば言ってくれ。」
「ジュニア、ちゃんと払ってくれよ。」
「ジュニア、お前は俺達の希望だ。頑張れ。」
手に握られる請求書がどんどん増えていく。
その全てに書かれていた金額が、“0”だった。
「やり過ぎだ。みんな、よしてくれ。っっ、ちゃんと、請求してくれよ。」
止まらなくなった涙に遂に抵抗をやめた。
請求書を握りしめ、その腕で顔を覆う。
その時背中に強い衝撃が走った。
「何泣いてんだ!!シャキッとしろ!!みんなで話し合って決めたんだ。お前は、それだけの事をバンナムにしてきたんだ。胸を張れ!!」
ダンカーの大木のような腕が、
ベルアントの肩に強く乗せられた。
請求書は残り一枚になった。
カイトがベルアントの前に立つ。
「バンナムの翼。お前に感謝する。」
その請求書を頭を下げて受け取った。
顔を上げて大声を張り上げる。
「みんな、ありがとう!!この恩は忘れない!!」
エミリはベルアントの手を掴んだ。
「ジュニちゃん。もう帰ってしまうのね。絶対また来て。あなたのこと、皆、応援してるからね。」
「まかせてよエミー。何とかやって見せる。」
ワイザーが荷台から声をかけた。
「荷締めができたぞ。いつでも出られる。声をかけてくれ。」
「そうだ、みんな!この荷台にいるのは、ワイザーおじさんだ。ニールで車屋を営んでる。ビリーおじさんの古くからの友人なんだ。」
「皆さん、この子を大切にしてくれて感謝します。私は、バンナムに初めて来た。失礼だが、こんなにいい場所だと思わなかった。素晴らしいものを見せてもらった。感謝する。」
ワイザーは荷台から頭を下げた。
皆が手を挙げた。
「ワイザーさん、ジュニアをよろしくお願いします。」
カイトはベルアントの頭を撫でた。
「よーしっ!おじさん!出発しよう!!」
ベルアントは広場の脇に停めたバイクに向かう。
ヘルメットを被りニッコリと笑った。
車体を起こしキックレバーを起こす。
「ビリーおじさん!ボナハートで会おう!!」
ビリーは3本の歯を見せながら笑顔で手を振る。
キックレバーに足をかけた。
レバーに全体重をかけ勢いよく踏み込まれる。
爆発音のような点火とともに、
重低音が広場に響き渡る。
「みんな!!また会おう!!本当にありがとう!!」
輸送車がエンジンを始動させる。
バンナムの住人達は手を振った。
「ジュニア!!待ってるぞ!!いつでも帰ってこい!!」
「みんな!!行くよ!!またね!!」
大きく手を振ると、スロットルを握った。
ローランドrd550のエンジンが唸る。
重低音を撒き散らしながら進んでいく。
その後を輸送車が付いていく。
大きなマフラーの音が消えるまで、
皆がそれを見守っていた。
「ジュニア、頑張れよ。」
カイトは空に呟いた____。
鬱蒼とした森を掻き分ける一本道を、
小さなヘッドライトが一直線に照らす。
輸送車のヘッドライトが彼の後ろ姿を照らし続けた。
「バンナムの翼か。とんでもないやつだ。」
ベルアントは更にアクセルを開ける。
バックステップを踏み直し、股を絞り、
セパレートハンドルに体重をかける。
「デニス、全て揃ったぞ。今そっちに行く。」
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【19】
風を切るシングルハンマー
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