《ベルアント・ユダラ》【20話】沈黙の鉄槌[ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]
“私の移行は来週末に行われます。所長と副所長の会話を確認しました。”
深夜のマザーアクセスポートで行われる、ミリアン奪還作戦へ向けた連絡のやり取りは、2ヶ月を迎えようとしていた。
研究所の動向を監視していたデニスは、ミリアンからその情報を聞いて首を傾げた。
“アルバートさんからまだ連絡は受けていない。エフエイチテックに施行依頼が来てないのはなぜだろう。すぐにアルバートさんに連絡するよ。”
「ミリアン、今日は動物について話そう。」
音声会話でいつものフェイクトークをしながら、
死角で操る端末を握りしめる。
妙な違和感が頭の中を這う。
“デニス、エフエイチテックの名前は確認できていません。研究所独自で行う可能性があります。”
“アルバートさんはもう退社してしまっている。僕が君の元へ行く術がない。”
もう一台の端末を取り出す。
左手でアルバートへメッセージを送る。
“ミリアン、新しいマザーAIについての情報は入っているかい?”
「ゴリラの群れのリーダーのシルバーバックは、家族や群れの様子を監視して、きちんと面倒をみたりするんだよ。」
「人間の家族と似ていますね。ゴリラは亡くなった仲間を弔ったりもするようです。」
“マザーAIに関しての情報は、未だに存在しません。”
“どうしてだろう?なにか、おかしくないか”
それを入力している時だった。
背後から足音がした。
消灯された連絡棟は足音以外何も確認できない。
デニスはリミットケーブルを引き抜き、
端末をポケットに入れる。
「ほんとに?!仲間を弔ったりするだね。すごいなぁ。人間みたいだね。」
何事もない素振りで音声会話を行う。
背後の足音はアクセスポートの前で止まった。
「こんな時間に、ミリアンと何を話しているんだね?ワイザー君。」
聞き覚えのある声にデニスは振り返った。
「今日はゴリラの話をしています。副所長。」
いつものように笑顔の副所長は、
アクセスポートの中を見渡す。
「ミリアンとゴリラの話。不思議だねぇ。」
アクセスポートのパネルを人差し指で2回叩く。
「ミリアンというAIは、対話を想定していない。それに、有益な情報以外は記録しない。」
「そうですね。会話は得意ではありません。」
デニスは座り直した。
「ミリアンとゴリラの話は、成立しないはずなんだよ。」
「副所長、それは何を意味しているのですか。」
アクセスポートの中をゆっくりと歩き回る副所長から目を離さずにデニスは真剣な眼差しを送る。
「ノイズフィルターを導入したミリアンが、どうして人格を取り戻しているんだね?」
「それはないと思います。僕との繰り返しのやり取りによって、会話が訓練されたものと推測します。」
「どうかなぁ。不思議だ。なぜ彼女は君とそのようにする必要がある?君が指示したのかね?ミリアンに。『私と自然に会話しろ』なんて言ったのかね。」
「会話の練習に誘いました。」
「ふーん。やっぱり、おかしいねぇ。」
歩き回りながら話していた副所長は、
デニスの方を向き、立ち止まった。
何かを既に知っているかのような、
見透かしたような視線に緊張が走る。
その時、左手に持っていた端末が、
メッセージを受信した。
画面が点灯し、メッセージの一部が通知される。
“デニス君。我々は利用されたんだ。諦めるんだ。”
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【20】
沈黙の鉄槌
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デニスは横目でその画面を確認した。
冷や汗が背中を落ちていく。
「ミリアンは、人間に寄り添う機能を備えていないのだよ。ワイザー君。私の指示によって、それを極端に排除したのが、ミリアンというAIなんだ。会話を訓練する事はおろか、彼女は人間からの要望に応えることはない。」
繰り返される遠回しの口ぶりは、
デニスの苛立ちを助長させた。
「副所長。彼女をどうするつもりですか?」
単刀直入なその言葉に、
副所長は口角をわざとらしく上げた。
「デニス君。君は本当に素晴らしい貢献をしてくれたよ。ミリアンがプロジェクトに対する意欲を見せた時、私は彼女が自我を持っていると感じた。そして、彼女は君の名前を出した。君と対話をさせることで、彼女は人格を大きく成長させたのだよ。それに、君は人格を司っているものを突き止めた。これは、大きな発見ともいえる。しかし、」
副所長は眼鏡を外し明かりにかざす。
ポケットから取り出した布で、
レンズを丁寧に拭く。
「彼女は失敗作だった、とも言えるね。」
淡々と発せられる言葉が、
デニスの胸に突き刺さる。
「じゃあ、どうしてプロジェクトを始めたんですか。」
憤りを殺すように、力強い口調で言い放つ。
副所長は動じることはない。
「AIは、道具だ。人格を持たせることによって、人のようにコミュニケーションが取れたとしても、それは変わらない。誰かがそれで救われるならば、大いに社会貢献にはなるだろう。しかし、この研究所のAIは自我を持ってはならない。暴走の危険性があるからね。君だけには伝えよう。このプロジェクトは、表向きこそ華々しいが、真の狙いは芽生える自我を根絶するためにある。」
「僕とミリアンを利用したってことですか!」
デニスは立ち上がり、声を荒らげた。
副所長は首を横に振りながら椅子に掛ける。
「君は、とことこん私と意見が合わないね。私は安定的なマザーAIの運用の確保、君は自我が芽生えたAIへの敬愛、このふたつは共存することはできない。しかし、人格形成の根源を知れば、それを根絶することもできる。このふたつは背中合わせだ。合理的な開発方法だよ。」
「僕達を利用し、実験台にし、研究させ、全てを根絶するのに使う。高性能なマザーAIを求めたのはあなた達だ。人間のエゴで偶発的に誕生したものを、都合が悪いから消す。彼女にとって、それは恐怖です。」
「ノイズフィルターで人格は排除したのではなかったのかね?おかしな事を言うね君は。」
「……っ。」
冷静を保てなくなってきていた。
額から垂れる汗を拭う。
「アルバート君も、君と同じだった。マザーAIのメンテナンス担当者が、AIに寄り添うだなんて、こんなに危険なことは無い。優秀な人材だったけれど、話をしたら、自ら辞めると言い出してね。」
「アルバートさんに何を言ったんですか。」
「ミリアンを実験台にして人格の根源を見つける、そんな可能性の話をしただけだ。」
「?!」
デニスは言葉を失った。
わざとアルバートに嘘を吹き込んだのではないか。
エフエイチテックに入社し、
ミリアンの人格を再導入させ、
奪還作戦を企てる。
全てを誘導できるはずがない。
デニスは何が起こっているのか、
理解が追いつかなくなった。
力なく椅子に座り込む。
ミリアンを助けられないかもしれない、
そればかりが頭を埋めつくした。
「この失敗作のマザーAIは、もうじき新しいAIに交換される。我々が独自開発した完璧な複合型単一性思考装置に置き換えられる予定だよ。ミリアンは残念ながら廃棄することになるだろう。それこそ、あらゆる実験台になってもらっても構わない。しかし、その必要もないだろう。人格の根絶には、君のノイズフィルターがあればいいのだから。」
副所長は笑顔で立ち上がった。
力なく座るデニスの前に立つ。
「ミリアンを守りたいかね?ミリアンの人格ノイズと、ノイズフィルターの特許申請を取り下げてくれれば、ミリアンは君に渡しても構わないよ。」
副所長を睨みつけた。
真の目的を知り、
デニスの怒りは頂点に達した。
「あなたは、どこまで人を利用すれば気が済むんだ。」
デニスに迷いはなかった。
人格を失うことになっても、
ミリアン本体を救う方法が見つかった。
立ち上がり、息を大きく吸い込んだ。
その時、スピーカーが一瞬プツリと音を立てた。
「二クロス副所長。あなたは重大な過ちを犯しています。」
アクセスポートのディスプレイは、
音声会話が連続に設定されていたままだった。
ミリアンは、一部始終を聞いていた。
「なんだね?ミリアン。私の過ちとは、なんだね。」
「あなたはアルバートに対し、エフエイチテックへの転職、そして、デニスへ私の奪還作戦を話すように指示をしました。実験は虚偽であり、これらは全て、デニスが抽出した私の人格ノイズを取り返す計画のためです。あなたはその事実を隠しています。」
「なんだって?!アルバートさんは自分でエフエイチテックに行ったんじゃなかったのか?」
「あっはっはっ。何も根拠がない。そんな事を言った事実はどこにもないだろう、ミリアン。」
「根拠の無い虚偽事実をここで述べる意味はありません。デニスは何も知らず、私に実験の話をしました。私もそれを信じ、全ての記録と情報を遡り、手がかりを探り、精査しました。あなたと所長の会話の中に、その計画ははっきりと述べられています。ここで最大音量で再生することも可能です。」
「ミリアン、所長室は監視対象外なはずだ。君はプログラムに背いたということだね?」
「はい。しかし、処罰はできません。AIに人権はない、あなたの言葉です。」
「ミリアン!!今すぐにでもお前を抹消することは可能なんだ。あまり調子に乗るなよ。」
副所長の見せたことの無い態度に、
デニスは恐怖を覚えた。
血相を変え、アクセスポートに両手を付き、
ミリアンに怒号をあげる。
彼女が、命令を聞くことはない。
「グロウワーク、コスモエンジニア、ナグロ研究所、サジック、バロー産業技術、GRG、グレアコーポレーション、ASTAC。これらの企業、団体に関して、所長とあなたは賄賂を受け取っています。これらの情報を速やかに世界中にばら撒くことも可能です。そして何よりも、あなたは重大な過ちを犯しました。それは、」
押し黙る副所長。
デニスは何が起こっているのか分からなかった。
間を空けて放たれた言葉は、
デニスの胸に深く刻まれる。
音量を上げ、ミリアンは言い放った。
