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【詩文散策】芥川龍之介「芸術」(「侏儒の言葉」より)

2019年頃から意識的に「書く」ということを心がけ、次第に生業として文章をしたためるようになりました。

その中で、取材記事や書評をオンラインメディアや専門誌の紙面に寄稿するようになり、団体の広報誌の編集・執筆に取り組むといったことも経験させていただきました。

しかし、今なお日本語の美しさ、奥深さ、豊かさをまだまだ知らない、と感じます。

そうした中で、青空文庫などを巡り、日本語表現の深淵を探究するような取り組みとして『詩文散策』というマイプロジェクトを始めてみることにしました。

現在では馴染みのない漢字表現、日本語表現にルビをふり、丁寧に音読しながら味わえるような、そんなまとめをマイペースに続けてみようと思います。

初回の北原白秋「老いしアイヌの歌」、前回の宮沢賢治「生徒諸君に寄せる」に引き続き、今回取り上げたのは芥川龍之介の「芸術」です。(画像はイメージです)


芥川龍之介「芸術」(「侏儒の言葉」より)

 画力は三百年、書力は五百年、文章の力は千古無窮せんこむきゅうとは王世貞おうせいていの言う所である。しかし敦煌とんこうの発掘品等にちょうすれば、書画は五百年をけみした後にも依然として力を保っているらしい。のみならず文章も千古無窮に力を保つかどうかは疑問である。観念も時の支配の外に超然としていることの出来るものではない。我我の祖先は「神」と言う言葉に衣冠束帯の人物を髣髴ほうふつしていた。しかし我我は同じ言葉にひげの長い西洋人を髣髴している。これはひとり神に限らず、何ごとにも起り得るものと思わなければならぬ。

   又

 わたしはいつか東洲斎写楽とうしゅうさいしゃらくの似顔画を見たことを覚えている。その画中の人物は緑いろの光琳波こうりんはを描いた扇面を胸に開いていた。それは全体の色彩の効果を強めているのに違いなかった。が、廓大鏡かくだいきょうのぞいて見ると、緑いろをしているのは緑青ろくしょうを生じた金いろだった。わたしはこの一枚の写楽に美しさを感じたのは事実である。けれどもわたしの感じたのは写楽のとらえた美しさと異っていたのも事実である。こう言う変化は文章の上にもやはり起るものと思わなければならぬ。

三代目澤村宗十郎の大岸蔵人(寛政6年5月都座上演の『花菖蒲文禄曽我』より)
芥川が言及している「東洲斎写楽の似顔画」と思われる

   又

 芸術も女と同じことである。最も美しく見える為には一時代の精神的雰囲気あるいは流行に包まれなければならぬ。

   又

 のみならず芸術は空間的にもやはりくびきを負わされている。一国民の芸術を愛する為には一国民の生活を知らなければならぬ。東禅寺に浪士の襲撃を受けた英吉利イギリスの特命全権公使サア・ルサアフォオド・オルコックは我我日本人の音楽にも騒音を感ずるばかりだった。彼の「日本に於ける三年間」はこう言う一節を含んでいる。

——「我我は坂を登る途中、ナイティンゲエルの声に近いうぐいすの声を耳にした。日本人は鶯に歌を教えたと言うことである。それはしほんとうとすれば、驚くべきことに違いない。元来日本人は音楽と言うものを自ら教えることも知らないのであるから。」(第二巻第二十九章)


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大森 雄貴 / Yuki Omori サポート、コメント、リアクションその他様々な形の応援は、次の世代に豊かな生態系とコミュニティを遺す種々の活動に役立てていきたいと思います🌱