舞い踊れ!第三話:終わらない 見合いの夢の 儚さよ
「……本日はお足元の悪い中、わざわざ参蔵屋までお越しいただき、誠にありがとうございました。どうかお気をつけてお帰りくださいませ」
大番頭である光五郎の掠れた声が、虚しく応接間に響き渡る。
逃げるように小走りで帰っていく五十人目の男の背中を見送りながら、光五郎は激しい胃痛に襲われ、その場にがっくりとへたり込んだ。傍らに控えていた有能な手代の清吉が、急いで白湯と胃薬を差し出す。
「お疲れ様でございます、大番頭。……これで、見繕った五十人、見事に全滅でございますね……」
「ああ……私の胃の腑も、とうに全滅だ……」
江戸一の切れ者の婿を探すべく、光五郎が血眼になって方々の伝手を頼り、ようやく帳面に書き出した「連続お見合い」。しかし、五日間ぶっ通しで行われたその結果は、見るも無惨な惨憺たるものであった。
却下の理由は、およそ三つの型に分かれていた。
一つ目の型は、参蔵屋の莫大な資産にばかり目がくらみ、自らの商いの行く末を全く語れない愚か者である。
『いやぁ、参蔵屋さんの財力があれば、江戸の米を買い占めることもできましょう! え? 私自身の才覚ですか? ははは、番頭さんたちにお任せしますよ!』
などと鼻の下を伸ばす始末。これには光五郎が(他人の褌で相撲を取る気か! 商才ゼロ! 身上書からやり直してこい!)と即座に心の中でバツ印をつけ、塩を撒いて追い返した。
二つ目の型は、藤の顔の傷の噂を聞きつけ、「傷物をもらってやるのだから」と偉そうに振る舞ったり、同情するふりをして見下したりする傲慢な男たちである。
『お嬢様のお顔の事情は存じております。ですがご安心を。この私が婿に入った暁には、奥の部屋に大切に囲って、人目には触れさせませぬゆえ』
と、恩着せがましく語った男もいた。
これには、御簾(みす)の裏で同席していた大旦那・大五郎が烈火の如く激怒した。
「貴様ぁっ! うちの大事な娘を日陰者扱いするとは何事だ! 帰れっ! 二度と参蔵屋の敷居を跨ぐな!!」
と咆哮を上げ、文字通り男の目の前で茶の膳をひっくり返して叩き出したのである。
そして一番厄介で、光五郎の心を最もすり減らしたのが、三つ目の型だった。
見事な経歴を持ち、身なりも立派で、言葉巧みに「お嬢様を一生大切にいたします」と甘い言葉を並べ立てる男たち。光五郎も(おおっ、この男ならばあるいはお嬢様を任せられるやもしれん……!)と期待を胸に膨らませる。
だが、いざ藤が「……嬉しいお言葉ですこと。私のような者でも、本当に釣り合うとお思いですか?」と、口元を隠していた豪奢な扇をそっと下ろし、痛々しい水疱瘡の傷跡を晒した瞬間――。
あれほど滑らかに愛を語っていた彼らの頬は決まってヒクッと引きつり、見事なまでに目線が泳ぐのだ。あからさまに態度を濁し、「あ、いや、その……」と言葉を詰まらせる男たち。
「……素晴らしい経歴をお持ちのようですが、残念ながら当家の商いとは『ご縁』がなかったということで」
藤は冷ややかな、しかしどこか諦観の混じった涼しい顔でパチンと扇を閉じ、そんな「建前だけの男たち」を次々と容赦なく切り捨てていったのである。
「はぁ……頼みの綱だった、新進気鋭と噂の『大塚屋』の若旦那も、結局お見えになりませんでしたし……」
光五郎は深く息を吐き出した。先日、八兵衛に素行調査を命じた際、「大塚屋なんて、あんまりパッとしない馬借だったッスよ!」という気の抜けた報告を受けていたのだ。
(……馬借の大将程度の者、参蔵屋の敷居の高さに恐れをなして逃げ出したに違いない。まあよい、来ないなら来ないでそれまでの男だ)
胃の腑を押さえて白目を剥いている大番頭を見て、藤はふふっ、と扇の陰で優しく微笑んだ。
「大番頭、本当にお疲れ様でした。私のために、随分と骨を折ってくださったわね」
「お、お嬢様……申し訳ございません。私の目が節穴ゆえ、お嬢様にふさわしい男をただの一人も見つけられず……っ」
「いいのよ。むしろ、これで有象無象が綺麗に片付いたというものだわ。あの扇を下ろした時の殿方たちの顔、滑稽なほど皆同じでしたもの」
藤は微塵も傷ついた様子を見せず、そう事もなげに言うと、懐からずっしりと重い紙包みを取り出し、光五郎の前にそっと差し出した。
「連日、厄介な相手ばかりで心労が絶えなかったでしょう? これは私からのほんの気持ちよ。少しお休みを取って、江戸の町で羽でも伸ばしてらっしゃいな」
「お、お嬢様……! 勿体無きお心遣い、この光五郎、一生お仕えいたしますぅぅっ!」
光五郎が紙包みを押し頂いて感涙にむせんでいると、背後の襖がバンッと豪快に開いた。
「おおっ! なんだ光五郎、藤から小遣いをもらったのか! それならちょうどいい、今夜、俺と一緒に吉原へでも行くか!」
「お、大旦那様!?」
満面の笑みで現れた大旦那・大五郎からのまさかの誘いに、光五郎は一瞬迷って顔をしかめ、慌てて首と両手をブンブンと横に振った。
「い、いえいえ! 滅相もございません! 参蔵屋の大番頭ともあろう者が、羽を伸ばすとはいえ吉原のような色街で遊ぶなど、とんでもないことでございます! 絶対に行きません!」
「お、そうか? 相変わらず真面目な奴め。お前もたまには息を抜かねえと、胃に穴が空くぞ? まあいい、じゃあ俺は一人で行ってくるわ! がっはっは!」
言うが早いか、大五郎は鼻歌交じりのウキウキとした足取りで、さっさと吉原へと出かけていってしまった。
「あ、ああ……大旦那様、あんなに嬉しそうに行かれてしまって……。まったく、お嬢様の一生を左右する婿探しの最中だというのに、あのお遊び好きだけはどうにかならんものか」
一人残された光五郎は、呆れ果てて深々とため息をつくと、手元にある紙包みを見つめながら、こほんと一つ咳払いをして居住まいを正した。
「……吉原で羽を伸ばすなど、この光五郎の性に合いません。せっかくお嬢様からいただいたお休みと軍資金、無駄な遊びに使うわけにはいかない」
彼は真面目一辺倒な顔つきで、一人力強く頷いた。
「そうです、それならば……浅草にでも出向いて、近頃江戸で流行っているという『漫才』や『講談』でも見て、しっかりと教養を深めてまいりましょう。婿探しに行き詰まった今、文化の最先端に触れることで、何か新たな商いの糸口や、真の切れ者を見抜くための種が見つかるやもしれませんしな!」
参蔵屋の大番頭としての矜持を胸に、光五郎は固い決意を抱いて顔を上げた。
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父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。