第2章 覚悟──ピンサロに消えた同級生|ハタチの女子大生、ソープ嬢のワタシ
📚 これまでのおはなし
付き添いだった──ピンサロの面接の。
同級生のその子は、色白というよりも、あんまり不健康そうだった。
そもそも、語学のクラスが一緒くらいしか共通点の無い彼女が、わざわざ私を選んだのはどうしてなんだろう。
お互い──学校の友達は少なかった、ということだけは同じだったにしても。
都内の親戚の家に下宿しているという彼女と、学校の最寄駅で待ち合わせ、午後の中途半端な時間に、空いている下りの快速電車に私たちは並んで座った。
「お父さんの仕事が上手くいかなくなっちゃって、色々自分でしないといけなくなったから」
彼女は、透きとおった影絵のように笑った。
言葉少なに説明されたけど、詳しい事情まではわからない。
──だって、ねえ、どうして私だったの?
耳年増の私は、これから彼女が面接に行く先のピンクサロン──ピンサロがどんな場所なのかは知っていた。
でも、その電車の中でググるまで、ピンサロの時給の相場感みたいなものはまるで知らなかった。
暗がりで、おしぼりで拭いただけのおちんちんをお口でイかせる時給は、私の塾講のそれより安いくらいだ。
どうして彼女はピンサロを選んだんだろう──頭の中には大きな「?」がいくつも浮かんだけれど、そんなことを口には出さなかった。
だって、彼女とはそもそも、そんなことをざっくばらんに話せるような距離感ではなかったから。
郊外のターミナル駅の改札を出て、私たちは言葉少なに、というよりほとんど黙ったまま並んで歩いた。
そのビルは、思っていたより駅に近く、別に怪しげな界隈にあるわけでもない。外観もごく普通で、駅前のどこにでもありそうな建物だった。
ただ、道路に出された、派手ではないのに場違いなほど大きい看板だけが、妙に目を引いた。
──アルバイトサロン。
正直、何のことだかよくわからない。
「一時間とかそのくらいみたいだから──」
彼女は、スマホの画面を見ながら早口で言った。
「──このへんでご飯でも食べて帰らない?」
私はその駅前や駅ビルでなんとなく時間を潰した。
でも、一時間経っても、二時間経っても、彼女からの連絡はなかった。
電話は繋がらなかった。私は彼女の電話番号しか知らなかったから、連絡はできなかった。
東京都下は、気温はもちろん、肌に触れる何かの温度が低いように感じられる場所だった。
私は、しかたなくひとりで上りの電車に乗って帰った。
結局、彼女はどうして私を付き添わせたんだろうか。
──彼女からの連絡は、その日も、次の日も無かった。
やがて彼女は、学校になかなか姿を見せなくなった。
たまに見かけると、地味でパッとしなかった彼女のキャラが、ちぐはぐな様子に変わっていた。
ファッションにも雰囲気にも合っていない、サイズ感の微妙なブランドバッグを抱え、いつもはすっぴんだったのに、上手かもしれないけれど濃すぎるメイクをし、ネイルをした爪で煙草を吸うようになっていた。
教室でも学食でも、一緒に歩いているのは、「あんな子たち、学校にいたっけ?」みたいな感じの、なんだか毛色の違う女の子たちだった。
そして、完全に彼女を見かけなくなるまで、そんなに時間は経っていなかったと思う。
何か──何かが彼女の身の上に起こったことはわかる。でも、私もまだまだ子供だったから、あの日、自分のことを放置した彼女のことを、心配するようなことはしなかった。
今ならいろいろ想像できる。
面接だけのはずだったのに、体験入店をさせられたのかもしれない。
──あの日、そのまま接客したということだ。
そこで、彼女の中の柔らかい何かを、決定的に損なわれてしまったのかもしれない。
もちろんそんなのは、私の自分勝手な想像だけれど。
そうして私の目の前には、抗えない流れに呑まれ、キャバ嬢やピンサロ嬢となって女子大生ではいられなくなった子たちの輪郭だけがあった。
キャバクラやピンサロで働いた同級生たちは、いつの間にか姿を消してしまった。誰が、あの子たちを覚えているだろう。
──だから私は、消えない。
冬の午後。ひとりで過ごす部屋は、なんだか寒くて手持ち無沙汰だった。
実家で母親とバトルしてきてから、無為に何日かを過ごしてしまった。学校と、バイト。それ以外は何もしていない。今日はバイトも入っていなかった。
──たとえソープ嬢でもAV女優でも、私は消えない。
中途半端に残して、すっかり冷めた紅茶を飲み干す。
見回しても振り向いても、そこには誰もいなかった。私は、なんだか居たたまれなくなって、用もなく、当てもなく、玄関を出た。
通りに沿って歩く。サンクスギビングが終わり、これから12月、クリスマスだ。そろそろ飾りつけが始まっている商店街を、わけもなくうろうろした。
駅前のガールズバーにも求人のポスターがあった。この時給とシフトで、学費なんてもちろん無理だ。
とりあえず今は、考えずにいられる。でも、新年と新年度はもうすぐやってくる。
──ソープか、
煙草を吸う習慣があったら、ここで火をつけたり、煙を吐き出すところなんだろう。
──AVなんだろうな。
フルタイムで働かず、ちゃんと学校に通えて、学費も生活費も稼げる選択肢を、私はそれ以外に見つけられなかった。
──お金をもらって抱かれるのって、どんな気分なんだろう。
これまで何度かあった、無理やり気味にされたセックスを思い出してみた。
そこにお金が介在していたら、何もかも平和に終わるんだろうか。
──とてもじゃないけど無理だ。
最初から言い訳がなければ、ビジネスとしてのセックスは成り立たないはずだ。
この場合、お金は文字通りの免罪符なんだろう。
あるとき私は道を歩きながら、すれ違う男性がアリなのか、ナシなのか、順番に考えてみたことがある。
お金払ってくれるなら──ただそれだけで、ハードルが圧倒的に下がることがわかった。
もちろんそんな「ユリイカ」は、うれしくもなんともなかったけれど。
もちろん中には、お金を積まれても嫌、というレベルの人もいる。
そして、お金でセックスするということは、そういう人とセックスするということだと気がつくまでに、そうそう時間はかからなかった。
つまり、私は選択肢を失った世界で、そういう地平に立っていた。
そんなふうに私は、頭でっかちの訳知り顔で、何もかもわかっているかのように決めつけていた。
──あのころ、私はどれだけ追い詰められていたんだろう。
だって、誰かの前で裸になるどころか、セックスするなんてことを、深く考えてる余裕なんてどこにもなかったんだから。
まだ学校にはそれなりに通わなければいけない。欠けている単位も少しあり、決して余裕があるわけではなかった。
学費と生活費、一年200万では全然足りない。夏休みには塾で夏期講習があり、月20万くらいは稼いでいたけれど、それが毎月続くわけではなかった。
──ソープ嬢か、AV女優。
それは、行きづまった私が、ネットや紙の情報誌を調べ、必要な収入や時間の融通を、自分なりに合理的に判断して導いた結論だった。
時給の高い塾講は、無給労働の時間も長い。
夜にキャバクラ専業? 平日、いつ眠るんだろう。
もっと時給が高い銀座や六本木のラウンジは、私なんかお呼びじゃない。
無性に口寂しくなった私は、ポケットを探した。こういうときに限って、のど飴の一つも入っていない。仕方なく、全然必要のないリップグロスを塗り直す。
求人サイトで応募するのは便利だけれど──特典も色々ある──でも、その店のことにしても、仕事のことにしても、なんだか見えてこないような気がした。
最初からなんとなく、応募するなら吉原だろうと思っている自分に笑えた。
だって、川崎じゃないよね──別に意味も根拠もないのだけれど。
自分の目と足で、店構えを見に行くまでの度胸はない。でも、Googleマップでストリートビューを開いた。
ギラギラした感じを想像していたソープランドが並ぶ通りは、朝なのか昼間なのか、静かで人気がなくて、看板の照明も無いからか、余計にひっそりとして見えた。
いくつかのお店のWebサイトを覗いてみた。どれも全部わざとじゃないかと思うくらい、絶妙に古くて、ダサくて、無駄にキラキラしている。
そして、「高級店」と呼ばれるジャンルのお店にも、私と同じ歳の子はいくらでもいた。
メイクで盛って、ヌーブラで盛って、そしてPhotoshopもマシマシのバチバチになっている彼女たちは、誰もが美女だけれど、なんだか不自然だ。
Gカップ、将来の夢は「お嫁さん」──もうここだけで、勝てる要素がひとつもない。
「リアル20歳の現役女子大生──」ここはドロー。
「──の美少女」ダメだ、私はそんなキャラじゃない。
──どこの店にも「私」は居なかった。
私は多分、ソープ嬢になっても「黒い羊」なんだろう。
ただ、20歳という年齢と、現役女子大生に商品力があるのはわかった。将来の夢はお嫁さん──言うだけなら私にも言える。
Gカップと美少女、これはどうしようもない。Dカップのサヨナラおっぱいで、骨太で、脱いだらマイリー・サイラスに似ています──おっぱいや美醜は多様性の範囲にしても、その他でも私には売れる要素がなさすぎる。
でも、20歳現役女子大生は、そうじゃない年齢と属性の人には無いオリジナリティーだよね。
──うん、大丈夫!
開き直った私は、無駄にポジティブだった。
とにかく、大学を自力で卒業しないと、私の未来はない。
前期の学費だけじゃない、一年分全部。そして、卒業までの毎月の生活費。ラフな計算だけれど、ざっと数えて300万円で少し足りないくらいだ。
もちろん実家に、というか母親に、スライディング土下座でもすれば今からでも全然間に合う。
──でも、そんなことなんてしない。
「どうせあんた──この先、男で失敗するのよ」
そんなことを言ってよこす人を、母親だなんて思わない。
──ソープランド、か。
自分なりに真剣に考えて、シミュレートして、たどり着いたひとつの結論のはずなのに、どう考えても実感がわかなかった。それでも、それが私の現実だった。
──電話してみよう。
求人の受付はフリーダイヤルだった。
「──フリーダイヤルでお繋ぎします」
ポジティブになっていたはずの私は、ここにきて覚悟を決められず、通話を切ってしまった。
赤いボタンをタップした指先が、微かに震えているのを感じる。
──私は、どこにも繋がっていない。
それを選んだのは私自身だ。今逃げても、最後までは逃げられない。息を止め、手のひらをギュッと握りしめ、私は小さくうなずいた。
──ここから先は、もう後戻りできない。(第3章につゞく)
📚 私はこうして、この物語にたどり着きました。
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