あの二人、また──2027モデル|シロクマ文芸部 お題「熱帯夜」
小牧幸助さんの──
#シロクマ文芸部 お題で書きはじめるnote企画|「熱帯夜」
──に参加しています。
今回は「1,500文字で短編小説を書く」という自分なりの課題を設定し、会話劇として仕立てました。
七月の札幌。音楽に思いを馳せる男。暑さという現実にくじけそうな女──そんな二人の話です。
「『熱帯夜』だよ、細野晴臣の」
「SHISHAMOじゃなくて?」
「細野さん、YMOの」
「またイチローの昭和歌謡トークが始まるの?」
「細野さんは昭和歌謡じゃないだろ」
「もうなんでもいいから、何?」
「ほらここ、なんて言ってるかわかる? 『思い馳せる──』のあと」
一郎は、レコードプレーヤーのアームを器用に扱い、狙った場所にまた針を落とした。
「急に早口になっててわかんないよ。思いっきり字余りじゃん」
「じゃあさ、この曲はずっと東京、上海、ミネソタ──アメリカね、って世界の地名が入ってるの。そう思ってもう一度聞いてよ」
「全然わかんない。はーい先生、正解はなんですかー?」
「──トリニダッド」
「それどこ?」
「カリブ海の島国。トリニダード・トバゴ」
「わかんない。カーボ・ヴェルデよりわかんない」
「大西洋じゃないよ」
「それで? トリニダードなトバゴなの? それともその逆」
「トリニダード島と、トバゴ島」
「って、そのまんまかよ」
「いや、とにかく、『トロピカル三部作』の一枚目のさ、『トロピカル・ダンディー』ってアルバムに収録されてるんだ。
どこか遠くの南の島から、世界中に思いを馳せるって曲」
「『熱帯夜』なんで暑苦しいタイトルつけなくてもいいのに」
「でも南の島だとさ、過ごしやすいんじゃない?」
「ってかさ、それ、私もこっちに来る前に思ってたんだけど」
「まあ、札幌だって昔はね。エアコンとかいらなかったし」
「昔の話はもういいって、扇風機ひとりじめするな!」
一郎が抱えるようにしていたサーキュレーターを、咲良は壁に向けて置き直した。
電球色の間接照明に照らされた部屋は、雰囲気こそいいけれど、どうにも暑い。
「もう無理! 私、お金出すから、エアコン買おうよ」
「今から頼んでもお盆とか過ぎちゃいそうじゃない? そしたら、また凌ぎやすくなるよ」
「それ去年も言ったやつー」
「でも東京より全然マシだろ。向こうは酷暑日とか言い出してるんだし」
「でも『熱帯夜』にエアコン無しって、健康で文化的な最低限度の生活だと思えないんだけど」
「違うよ。『熱帯夜』っていうのは夜になっても気温が25℃以上の日のことで、今年の札幌は──」
「あのね、私が言ってるのはそういうことじゃないの。もう、帰ってきてから何枚Tシャツ着替えたと思ってんのよ」
咲良は立ち上がり、一郎の目の前でためらわずにTシャツを脱ぎすてると、カーテンレールに吊ったピンチハンガーから別の一枚を取り、頭から被った。
「来年は──エアコン買う?」
「それ去年も言ったやつー」
「いや、だから今度はちゃんと考えるって。でも、どうせ買うなら2027モデル出てからの方がいいよ」
「それ本気で考えてくれるの? いつもそうやって口ばっかりなんだから」
「でもさ──」
「今度はなにー」
「──サクラちゃんも、全然考えてくれないじゃん」
「だから去年も言ったー」
「言ったよ、去年も。今年は結婚する? 籍入れる? って」
「あー……」
「考えてる?」
咲良は、テーブルの上のびしょびしょになったグラスを手に取り、氷が溶けてすっかり薄くなったルイボスティーを飲みほした。
「あのさ、もうちょっと待ったらサクラも2027モデルになるかもよ」
「いや、サクラちゃん1998モデルだし……」
「人を型落ちみたいにいうな!」
「うわ、ごめん、ってちょっと痛い!」
──開けはなした窓から、風に乗ってエゾセンニュウの声が聞こえてくる。
📚 咲良と一郎は、ここにいます。(マガジン)
📚 ヤマダの描く物語を読んでみたい方へ──現在再掲中のクロニクルの冒頭です。
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